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第3話

数か月後、俺はマッチングアプリで知り合った男性と会うことになる。 友達にはその後あのような合コンには一切参加しないことを告げた。それならばどこで出会うか…悩んだ結果、俺はゲイ専用のマッチングアプリを使うことにする。 マッチングアプリは恐れていたほど怖くはなく、自分の第一次性と第二次性、タチかネコかを入力すれば簡単に使うことができた。 アルファとの出会いなんて求めていない。ただ、少し幸せになりたいだけ。 そんな気持ちでいたら、相手からアプローチが来た。名前はYuu、なんとアルファだった。本名は金城優で、自分も最近になってアプリを使い始めたのだと教えてくれた。名前の通り優しい彼は俺がベータ性で男性と付き合うのが難しいと感じていることを、俺の心を解きながら聞いてくれた。 そうして初めて会う日がとんとん拍子に決まった。 場所は近くに繁華街のある駅の近くで、時間は夜だった。優はかなり忙しく働いているらしく、夜しか時間の都合が空かないのだとか。確かに返信も夜遅いことが多く、俺はそれに普通に納得してしまった。 そうして会う日。真冬になりつつある午後七時ごろ、寒さに耐えるように手を擦りながら駅に着けば優と思(おぼ)しき背格好の男性がベンチに座っていた。声をかければ、優だと言う。 「は、初めまして!」 「うん、初めまして悠太くん」 いつもチャットで話していたせいか初めてという気はしない。そう言うと、優は確かにと笑いながら答えた。 「さて、ご飯食べに行こう」 「はい」 「敬語じゃなくていいからね」 「あ、ありがとう」 優はいつも通り本当に優しく、初手から手を繋ぐなんて愚行を犯すことすらなかった。段階を踏んでいきたいんだ、と自分が話していたことを思い出す。それをちゃんと守ってくれるらしいことが嬉しかった。 夜ごはんは少しいいとこのディナーを食べた。半分払うと言ったのに、優はいつのまにか支払いを終えてしまっていて俺は手持ち無沙汰になってしまう。なんてスマートなんだ、と俺はつい感動してしまった。 帰る時も彼は優しくて、軽く俺の頭をぽんぽんと撫でて帰って行った。これが大人の余裕ってものなのだろうか…。優は俺より十歳も年上なのだ。 それから数回、彼と逢瀬を重ねた。そのたびに俺は優に惹かれていって、徐々に好きになっていった。大人な彼はいつも俺より一枚上手で、からかわれることもあったがその行為すら楽しむことが出来た。初めてのマッチングアプリでこんなにうまくいっていいのだろうか。そう思っていた頃だった。 優から今日は飲み屋に行こうとお誘いがあった。場所は初日に会ったあの繁華街の近くで、どうやら美味しい店を友達から教えてもらったらしい。俺はすぐに行きたいと返事を返す。優もすぐにじゃあ予約するなと返答があり、三日後に会うことになった。 三日後、繁華街にある店の前で待っていると、優が来た。 「あ、ゆう―」 声をかけようとして、留まる。優が男を数人後ろに侍らせていたからだ。男たちは俺を見るなりニマニマと厭な笑みを浮かべる。 「お、ベータの割に意外とかわいいじゃん」 「オメガみたいにきれいなのは中々無理だって」 「まぁそりゃそーか」 「初物なん?」 「まだなーんにも教えてないよ」 優が卑下た顔で後ろの男に言う。警戒し一歩後ずさると、おっと、と優に腕を掴まれた。 「は…、離して」 「何言ってんの。俺今まで優しくしてあげてたよね?次は君が俺に優しくする番だと思わない?」 「なに、いって」 言ってる意味が分からず、とにかく逃げようと腕をぶんぶんと振り回す。しかし同様アルファの力は強く振り払えないでいた。すると後ろにいた男が俺の傍に来て肩を叩く。 「俺らさ、薬の研究してんの。ベータがオメガみたいに後ろぐっちゃぐちゃになる薬。ね、試してみたいと思わない?」 「絶対気持ちいーからさ。怖らなくていいんだよ」 「や、やだ!」 まずい、この人たちやばい人たちだ…!俺は必死になって誰か!と叫んだ。でも気づけば男たちに囲まれていて、誰も気づいてくれなかった。いや、気づいていても助けようとはしないのか。どちらにしても現状が危険なことに変わりない。 俺は勇気を振り絞って―優の腕に嚙みついた。瞬間、優が怒声を上げて俺を突き飛ばした。俺は這いずって立ち上がるとその場から逃げ出した。 後ろを何度も確認しながら走る。男たちは俺を追いかけてきていた。 高校時代アルファと並ぶことはなくともかなり足の速かった俺はそいつらからすぐに距離を取ることができ、裏路地に紛れ込んだ。大きなゴミ箱の隣に腰を下ろし手で口を押さえて息を整えようとしたが、恐怖からか震えてなかなか息が戻らない。顔の周りに白い息が何度も投げ出される。 「だれか、だれか…」 寒さのせいではない震える手で携帯をいじり、助けを呼ぼうとして…誰も、いないことに気づいた。 大学の友達は上辺ばかりで、地元から遠く離れたこの土地に気心知れた友達などいない。親だって、頼るわけにはいかない。 自分は、一人だ。 それならもう捕まってしまってもよかったんじゃないかと思い始めた時、かばんの奥底にしまわれたあのコースターを思い出した。取り出してみると時間が経っているためか文字が滲んでいた。だがしっかりと書かれた文字は未だ読み取ることができ、俺は一呼吸おいてその番号に電話をかけた。 数コールの後、若干苛立ったような声ではい、と声がした。 「あ、の」 「あ?誰。この番号なんで知ってんの?」 「っ、」 言葉がうまく出てこない。このままでは切られてしまう。しかし、おい、いたか!という声が表通りから聞こえてきた。自分を探している男かもしれない、と思うとますます声が出なくなってしまう。それに不審がってか、相手は何、切るよ、と俺に言ってくる。俺は、勇気を出して暗闇の中、震える唇で俺です、と声を出した。 数秒後、悠?と晶が名前を呼んでくれた。今ので気づいてくれたことに目が潤む。しかしそれもつかの間、電話越しに知らない人が晶?どうしたの?と声をかけたのが聞こえた。誰か、いるんだ。 「電話して、ごめんなさい…」 すぐに自分が邪魔ものであったことに気づき、電話したことを謝って電話を切ろうとする。 「待って待って、切らないで」 慌てたように晶が声を出す。ドアの開閉音の後、どうしたのとあの時と変わらず優しい声で晶が話しかけてくれた。ぱくぱく、と何度か口を開け閉めし、深呼吸をして、今さっきあったことを説明する。晶は黙って聞いてくれて、俺が話し終わると今どこ?と尋ねてきた。 「わかん、ない。○×の繁華街の裏路地…」 「近いな…行くから待ってて」 「え、でも、誰かいるんじゃ」 「悠の方が大事」 こんな状況なのに、心が温かくなって嬉しくなる。彼に電話をかけてよかったと思えた。 晶に電話はこのままかけたままでいて、と言われ見えもしないのに頷く。 ざわざわと表通りがざわめき立つ。さっきの奴らに見つかったら自分はどうなるのだろうと考えてしまいそうになる度、タイミングよく晶が他愛ない話を振ってくれる。まるで目の前で俺の状況を見ているかのようだった。 どれくらいたっただろうか。電話越しに見つけた、と聞こえ腕を引っ張られ立たされた。あの男たちだと思った俺は触らないで!と叫び振り払おうとする。しかし立たされた後されたのは抱擁で、俺はすぐに優ではなく晶だと認識した。 「はぁ、はぁ…」 息は荒く、体は熱い。ここまで走ってきてくれたんだと思うと段々と目に涙が浮かぶのを感じた。晶はそっと俺から体を離し、俺の体を確認してくる。 「大丈夫?なんもされてない?」 「されてない…その前に逃げたから」 「そっか、よかった…」 「電話して、ごめん」 同じ内容で謝る俺に、謝らないでと晶が言う。だから俺は、来てくれてありがとうと涙を流しながら言った。 晶はここに来るまでに辺に群れている男はいなかったと言う。もしかしたら見つからない俺に辟易して帰ったのかもしれない。 そして本当なら自分の家に帰るはずだったのだが、俺が震えている様を見て晶がうちに来た方がいいと言ってくれた。優しい晶は落ち着くまでいていい、と。 晶の家は確かに繫華街から近く、この距離ならあそこに来るのは簡単だなと思った。でも見つけるのは容易ではなかったはずだ。晶には本当に感謝しかない。後でもう一度お礼を言おう。 晶のアパートまで来ると、もう一安心だと感じたためかふらつき道路にどさっと倒れこんでしまう。 「悠っ?」 驚いた晶が俺を助け起こす。俺が大丈夫、気が抜けただけと説明をすると、晶が片膝をついて乗って、と背中を差し出してきた。その行動にすぐに首を振る。 「だ、大丈夫…歩ける」 「このアパート、古いからエレベーターねぇの。俺五階住みでしんどいだろうから、ほら。それにまた倒れたらって思うと心配で死にそう」 そう言われてしまうと、乗らない方が悪い気がしてくる。俺は恐る恐る晶の大きな背に乗った。晶はふらつくことなく立ち上がると、そのまま階段を上って行く。俺はというとその揺れと背中の温かさに安堵感を覚え、徐々に眠くなっていった。

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