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第6話
『明日空いてる?』
『ごめんバイトあって』
『明後日は?』
『少しの間試験勉強で遊べないんだ、ごめん晶』
『わかった!試験勉強無理しない程度にがんばれ!』
「ありがとう、と…」
文字を打って、再びベッドに転がる。あの日以来晶には会っていない。お金は返さなきゃならないからいつかは会わなきゃなんだけど、今は彼と会う気は起こらなかった。
確かに俺はベータにしては小柄で、でもそれなりに普通体系のはず。もし貧相だと思われているなら翔のようばアルファと付き合えばいいし、太っていて醜いから気に入らないならオメガと話せばいい。そもそも俺のことが気に入らないなら関わらなければいい話だ。なぜ晶は俺と付き合うのか。…こんな奴とでも付き合える俺はすごい、と思われたい?いや、晶はそんな人物じゃないとここ数ヶ月付き合っていて知っていた。
以前ヒロさんと会ったとき、晶はベータたらしと言っていた。それとなにか関係があるのだろうか。たとえば、俺のことが好きだから誰にも会わせない、とか…。
「いや、ないない」
俺のどこに好かれる要素があるというのだろう。自分で言うのもあれだけど、俺はベータにしては小柄で…と、また同じ思考に戻って行く。
ため息をついて、暇をつぶすために携帯を取り出した。俺、晶がいないと遊ぶ時間ことすらないんだなと若干落ち込み…こんなことではいけない!と優をブロックしてから使っていなかったマッチングアプリを開いた。すると一件の通知が来ていたことに気づく。
『初めまして。プロフィール見させていただきました。僕もベータでお互い気の合う部分があるなと思いメッセージさせていただきました。予定を合わせて会いませんか』
この時俺は晶の謎行動に頭を悩ませていて疲れていたんだ。だからよく知りもしない、まともにメッセージをしたことのない相手と会おうと言ってしまったんだと思う。
相手はサチと言い、会社員をしているらしい。明日の夕方飲みに行こうと言われ、優のことがあったのに俺は警戒もせず返信してしまった。
次の日、俺は晶に勉強で会えないと言ってしまったのにマッチングアプリの相手とは会うという罪悪感に苛まれながら待ち合わせの公園に立った。どうしたって晶のことを考えてしまう。晶とばかり遊んでいるからだめなんだ。今回の相手ともしだめだったとしても友達にはなれないかと聞いてみよう。もしそれもだめそうならアプリでほかの人に声をかけてみて…。
時計をちらりと見る。相手は少し遅れているようで、待ち合わせ時間から二十分ほど経っていた。どうしたんだろう、そう思ってアプリを開いた時だった。
「!?」
携帯を持っていた手を捻りあげられた。痛みで携帯を落とし、何事かと振り返れば―優がいた。
目を見開き名前を小さく呼べば、ぐいぐいと引きずられてコンビニの裏手に連れてこられる。そのまま壁に押し付けられ、顔を近づけられた。
「ひさしぶり、悠太」
「な、なんで、サチさんは…」
「バカな悠太。あれは俺だよ。あんなことがあったってのにまだマッチングアプリなんか続けてさ…ほんとバカだよね」
騙されたんだ。すぐに気づき、暴れる。しかし優の力は強く動けなかった。そうだ、優はアルファだったんだ。
「お前を逃がしたせいで俺はあいつらのグループから外されちゃってさ…アルファの、特に優れたものが選ばれるグループだったんだよ。それを、お前が逃げたせいで!!」
怒声を浴びせられ俺はひっと悲鳴をあげ縮み上がった。必死でもがいて逃げようとするけど、全く通じてない。こんな時に自分がベータであることを思い知らされるなんて思いもしなかった。
優は怒鳴って少しすっきりしたのか、しかし興奮冷めやらぬギラギラした目で俺を睨めつける。
「それでね…俺はどうにか戻れませんかって懇願したんだ。そしたらお前をもう一度捕まえて薬の効果を調べてくれば戻してやらないこともないって」
それから優は語る。何度も街を見張ってようやく俺を見つけた、と。なのに俺の近くにはいつもアルファがいて近づけなかった。家を尾行することすらできないまま日にちが過ぎ、グループからそろそろ期限だと言われ焦り、一縷の望みをかけてアプリでサチになりすまし俺に近づいた。
「バカなお前はそれに気づきもせずここに来た。ほんとうに愛おしくて…バカなやつだ」
何度バカと罵られただろう。でも自分でもそう思う。俺はバカだ。晶が警戒して俺と一緒にいてくれたのに、俺はそれを自分から遠ざけてのこのここうして優の手の内に収まってしまった。これじゃ、晶が守ってくれた意味がない。ごめん、晶。
俺は最後の力を振り絞って優の腕にまた噛みつく。軽く唸った優だが、今回は突き飛ばしたリせず俺の頬を殴ってきた。口の中で血の味がした。
「今度は逃がさねぇ…」
「っ、誰か!」
コンビニの裏手じゃ、誰も来ないかもしれない。それでも俺は必死に叫んだ。誰か助けてください、と。再び優の腕が振り上げられ、また殴られる…と身を固くした瞬間。
「そうだ、これ…」
優が腕を下ろし、ポケットから小さな小瓶を取り出した。優はそれのキャップを開け口に含むと、俺の顎を掴み、俺の唇に自身の唇を合わせてきた。キスというにはあまりに乱暴なそれ。口移しで中身が俺の口に流し込まれる。飲んでやるものか、と嚥下しそうになる喉をこらえていると、優が鼻を片手で塞いできた。息が、苦しくなる。気が遠くなりそうになった時、こくんと喉が小さく動いてしまう。そのまま中身はすべて俺に注がれ、優が口を離した時には俺は口の中の物すべてを飲み込んでしまっていた。甘ったるい味に思わず眉を顰めゲホゲホと咳を繰り返していると、優が高らかに笑い声をあげた。
「飲んだ、飲んだな!」
「げほ…なに、これ」
「この間話した媚薬さ…お前も知っているだろう」
「はっ…」
慌てて口の中に手を突っ込み吐き出そうとする。でも吸収率がいいのか、すでに胃の中からなにも出てこなかった。
「さぁ来い!お前の乱れた姿を録画してやらないとな…」
「や、やだ!誰か!!」
「黙れよ!」
優の間の手がまた、俺に伸びてくる。本気でまずい、誰か助けて…!
「あの、何してるんすか」
その時。声を、かけられた。驚いた優が振り返る。俺は壁に押し付けられ咄嗟に口元を塞がれてしまい、もごもごと口を動かすしかなかった。視線だけ動かせば、コンビニの制服を着た背の高い男性がそこに立っている。どうやら俺と優の騒ぎを聞きつけてきてくれたらしかった。優は俺をじろりと睨みつけ、何も言うなよと目だけで釘を刺す。
「な、なにって…ちょっとした痴話喧嘩ですよ。気にしないで」
「んー!!」
「黙ってろって」
「ん、んぅ…っ」
「そうすか…」
さらに強く塞がれ、息が苦しくなる。このままではいけない、相手が丸め込まれてしまう。そう感じた俺は火事場の馬鹿力で優を思いっきり突き飛ばすと、駆け出し、声をかけてくれた相手に縋り付いた。
「すみません、すみませんっ、助けてくださいっ」
「えっ、あの」
「お前!人を巻き込むのはねぇだろ…ほら、戻って来いって」
優はまだ痴話喧嘩を押し通すつもりなのか、両手を広げて俺の方に近づいてくる。
「あの人、えっと、やばい人で!薬とか飲まされてそれであの」
言葉がうまく出てこない。支離滅裂なままなんとか伝えようとすると、相手があれ?と声を出した。
「伊藤ちゃん?」
呼ばれなれないその名前に改めて相手を見れば、数週間前に会った翔だった。翔は俺の顔を覗き込むと、どしたんと聞いてくれる。俺はいくらか安堵し、けれども状況は悪いからと再度状況を説明する。
「そこにいるやつに、その、犯されそうで…、っ助けてください!」
「あ?なにそれ、どゆこと」
翔が顔を顰めて俺の後ろにいる優を睨む。睨まれた本人はというと怖気づいたかのようにじりじりと後ずさる。しかし優は逃げることはせず、そいつを渡せと翔に言ってきた。この期に及んでまだ俺を諦めきれないらしい。
「いやレイプ犯に渡すわけねぇだろ。警察突き出してやるからこっち来いよ」
「それじゃダメなんだ、それじゃ…俺はあのグループにいなきゃならないんだ。俺はトップに君臨する男なんだ…」
なにかをぼそぼそと呟き続ける優。俺はそんな彼に異常性を感じ、翔の服を思わず掴んだ。そして次の瞬間、優が翔になぐりかかってきた。
「あぶなっ」
「よっと」
俺が危ないと叫ぼうとした時には翔はひょいと俺を支えたまま優を避けていた。優は勢いよく俺たちの後ろにぐしゃりと倒れこみ、動かなくなった。どうやら結構な勢いで飛び込んできたため反動でどこかを痛めて動けなくなってしまったようだった。
そのまま翔は優の腕を後ろ手に捻りあげ、手に持っていたメジャーで括りあげた。そして警察が呼ばれ、俺があれだけ抵抗しても無意味だったのに優はあっさり連行されて行った。
その後晶が来てくれた。翔が呼んでくれたらしく、バックヤードで恐怖から浅い呼吸を繰り返していた俺を晶はすぐに抱きしめてくれる。その抱擁に安堵した俺は最初に助けてくれた時のように泣いてしまった。
「悠…悠…大丈夫だよ、もう大丈夫だから」
優しく背中を撫でられると、さらに声が大きくなる。本当に、怖かった。
「さ、あがって」
「お邪魔します」
晶が俺の背を押して部屋に入れてくれる。この部屋に来るのは二度目だった。
「お茶入れるな。あったかいのでいい?」
「あ、うん…ありがとう」
きっと焦って出てきてくれたのだろう、部屋着が散乱しており、部屋は暖房が付きっぱなしで暖かかった。部屋着はいつも畳んで置く、部屋を出るときはちゃんと暖房を切る、という几帳面な晶にはありえない光景がそこには広がっている。
俺はソファーに座らせてもらい、晶が来るのを待った。少しすると晶が両手にマグカップを持ってリビングにやってきた。はい、とカップを渡され礼を言う。お茶を口に含めば、外で冷め切った体が温まるのを感じた。
「聞いて、いい?」
恐る恐るといった風に晶が尋ねてくる。俺が頷くと、晶は何があったのとと言った。だから俺は、アプリでサチという男性と会う予定だったこと、実際はそれは優が成り済ました姿だったこと、アルファのグループから外された優が憤って俺に薬を飲ませたこと…すべてを話した。晶は相変わらず口を挟まず聞いてくれて、最後に俺がため息を吐き出すとそっと手を握ることだけをしてくれる。
「ほんとに俺バカで、晶がまさか自分を守ってくれているなんておもってなかった…ごめん」
「いや…俺こそ、事情話さなくてごめん。怖がらせるかなって思って、言い出せなかった」
「ううん、俺が、晶を疑ったのが悪いから」
「疑った…?」
晶が首を傾げる。
「うん、俺、晶がなんで俺と一緒にいてくれているのかわからなくて…。俺が貧相なベータだから一緒にいてくれているのかなとか考えたりして…」
「そんなことない!俺が悠と一緒にいるのは…」
言い淀む晶。わかっている、晶は俺を守ってくれるために一緒にいてくれたんだ。
「優も捕まったし、もういいんだよ晶。俺と一緒にいてくれなくてもだいじょ、」
一緒にいてくれなくても大丈夫、そう言おうとして――晶に抱きしめられ、それ以上の言葉を紡ぐことが出来なくなってしまった。
どうしてこのタイミングで抱きしめられているのだろう、と冷静に考えてしまう。もう何度も晶に抱きしめられたせいだ。
俺に縋り付くように抱きしめていた晶はそっと顔を上げると、俺にキスをしてきた。体が離れる瞬間肩をびくつかせる。
「なん、で」
「なぁ、悠。俺じゃダメ?」
俺じゃ、ダメ?なにが?
晶の本心が見えなくて固まったままでいると晶はまた言葉を紡ぐ。
「俺、悠のこと好きだよ」
「なに、言って。だって晶は…」
だって晶はアルファで、オメガと結ばれる運命で。
俺が言わんとすることがわかったのか、晶はヒロちゃん言ってなかったけ、俺はベータたらしだって、と言う。
「俺、オメガが苦手なんだ。付き合いとしてはオメガとも友達になることはあるけど…恋愛対象はベータ男性だよ」
目を合わせてそういわれるも、自分が好かれる理由がわからずぽかんと口を開けてしまう。晶は小さくため息をついて、自分の持っていたカップと俺のカップを取るとテーブルの上に置き、俺の体ごと自分の方に向けさせた。
「会ったとき言ったよね。悠は他とは違うって」
「でも、それは物珍しいって意味じゃ」
「それもあった。でもそれ以上に悠に惹かれてたんだ。…悠と何度か会うたびにどんどん好きになっていったんだ。確かに悠を守るために会っていたことはもちろんそうだよ。でも、でもね、悠のことが好きだから会っていたかったんだよ」
徐々に頬が赤くなる。そんなに晶に好かれていたなんて。それに自分の鈍感さにも恥ずかしくなる。こんなに好きだと思われていたのに晶はどうして俺と一緒にいるんだろうなんて疑って…俺、バカ過ぎない?
晶は俺の頬が赤くなるのをじっと見て確認すると、やっと通じたと呟いた。
「悠は、俺のことどう思ってるの」
「…」
「悠?」
「好き、だよ」
そう、好きだ。俺は晶のことが好きだ。自分の知らない人と会う晶に嫉妬してしまうくらいには、晶のことが好きになっていた。俺は晶にとってなんなのだろうと悩んでしまうくらい、好きなんだ。自覚すると今まで考えていたことがバカみたいに視界が晴れた。
「好き…俺は、晶のことが好き」
「よ、かったぁ」
がくっと晶が首を項垂れさせる。
「ここで好きじゃない、何の感情もない、なんて言われたら泣いちゃうところだった」
「な、悩ませてごめん。ちゃんと好きだよ」
「うん、うん…ありがとう」
晶は膝に置かれた俺の両手を握ると、そのままギュギュっと優しく握りしめてきた。さらに頬が赤くなる。というか体がぽかぽかしてくる。両想いってこんなに体まで温かくなるものなんだな、なんて思っていると晶が悠、どうしたのと聞いてきた。俺は首を振ってなんでもないと言う。
「ただ、両想いってこんなに心が温まるものなんだって思って…」
「うん、そうだね…」
確かに高校の時には恋人がいたこともある。でもみな一様に”やっぱりオメガがいい”と去って行ってしまうのだ。だから両想いらしい両想いになったことがなく、こうして晶ときちんと両想いになれるのは嬉しかった。
にしてもさっきから体が熱い。というか、なんか下半身がむずむずする。好きだって言われたからって急にそんな性欲に直結するものかな、と心の中で首をかしげる。でもそれは晶にもバレてしまっていた。
「悠、顔赤い。ほんとに大丈夫…?」
「なんか、熱い…」
「…もしかして」
晶が俺をぎゅっと抱きしめ、するりと背中を撫でてきた途端俺はあられもない声を上げた。な、なにこれ?!
俺が目を白黒させていると晶がさっきの薬だ、と呟いた。
「薬…?」
「あのくそ野郎に飲まされた薬だよ。これ、強制発情剤だ…」
”ベータでも後ろが濡れてオメガみたいに乱れてしまう薬”…そうだ、俺はそれを飲まされたんだった。こんなに効果があるなんて。実感してしまうと下半身の違和感がどんどん強まるのを感じた。
―挿れて欲しい
そんな感情で脳内が埋め尽くされていく。
俺はそれが酷くいやらしいものに感じて、嫌になって晶から離れようとした。でも晶は離すどころか俺をさらに強く抱きしめてくる。
「…、悠、それは多分誰かに抱いてもらわないとつらいよ」
「だ、抱いてもらうって」
そう言ったって、この場にいるのは晶だけで。でも自分たちは今さっき丁度両想いになったばっかりで、だって、そんな…。
俺が小さく首を振ると、晶が俺の首元に鼻先を埋めいい匂いと言う。
「まって、あきら」
「だめだ、悠。悠が欲しい」
晶はアルファらしく俺を抱きしめたまま持ち上げると、あの時寝かされていた寝室に入って行った。そしてそのまま俺をベッドに寝かせると覆いかぶさってきた。俺はだめ、と力の入らない手で晶を押す。彼はその手を取り、手のひらに口づける。
「大丈夫、悠太。大好きだよ」
晶が俺の服に手をかける。
そうして俺は、番になれない俺たちは一晩をベッドの上で過ごすことになる。
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