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第30話

先に起きたのは俺だったけど、晶に抱きしめられていて俺は身動きが取れず結局晶が起きるまでぼーっと壁を見つめる羽目になった。 「おはよう」 ようやく晶が起きる頃に声をかければ、また泣かれてしまう。 「なんでそんな泣くの」 何度も服の裾で涙を拭いてあげるのに、晶の涙は止まらない。思わず笑いながらそう問いかければ、晶は鼻水をすすりながら答える。 「悠太と離れていたのが、辛くて。ごめん。ごめんな悠太」 寝転がったままの俺を、晶が壊れ物を取り扱うかのように抱きしめる。 …こんなに謝ってくれる、大事にしてくれる晶にー別れ話をしようと思っているなんて、なんて残酷なんだろう、俺は。 「ああもう、ほら、起きて。朝ごはん食べる?てか、食材ある?」 俺は抱きしめられたまま起き上がると、晶の腕を解きながら聞いた。 「なんもない…あ、冷凍しているパンならある」 「じゃあそれ、食べよっか」 リビングに移動し、勝手知ったる我が家なので、冷凍庫から食パン2枚といちごジャムとバター、スライスチーズを取り出した。いちごジャムが晶で、バターとスライスチーズが俺だ。 冷蔵庫もちらりと覗いたが、本当になにもなかった。もしかしたら雪が晶のために何か料理してくれたのかもしれないと淡い希望を抱いたが、パンの袋を捨てるときにゴミ箱に大量にコンビニ弁当のゴミがあったため、多分食材が悪くなって捨ててなにもないだけだなと判断する。 無言でパンを焼き、ジャムたちと共に持って行く。晶はありがとうと言って受け取るとこれまた無言で食べ始めた。 「…」 「……」 いつもより重い沈黙。口を切ったのは、起きた時と同じく俺だった。 「雪くんと、したんだよね」 「ぶっ」 「ちょ、きたない…」 晶が吹き出したパンくずが俺の皿に乗る。俺はテーブルに置かれたティッシュを使って自分の皿を拭いた。汚いと言われた本人は俺を睨(ね)め付けてくる。 「悠が朝からそんな話するからだろ」 「事実でしょ。…雪くんが発情しながらきたあの日、晶から雪の降り積もった匂いがしたよ。あんなに濃厚なの、セックスしてないとつかない匂いだ」 「匂い、って、なんで」 毎週水曜日に会ってたことも知ってる。そう言えば、晶は愕然とした顔をした。 「悠、は、ベータで」 「そうだよ、俺はベータだ。いや…ベータだった、かな」 俺は先にパンを食べ終わると、これまでの経緯を大まかに話した。匂いがわかるようになったこと、それのせいで晶が雪とあっていることに気づいていたこと、オメガに分化しつつあることが原因であること。 話している最中、晶は神妙な顔をして黙っていた。多分、俺がオメガになりつつあることに思うことがあるのだろう。それはそうだ、晶はオメガが苦手なのだから。 この話をしようと思ったのは匠に晶のことを聞いてもらったからだ。心の何処かで晶に拒絶されるのが怖い、二度と晶の元に戻れないのが怖い…そんな思いを抱えていたのに、匠に話したあとは、ああなんだ、案外どうってことないなと気づかされたのだ。晶ならきっと、俺の事情をわかった上で離れるのを許してくれる。そう、思えたのだ。記憶の中の晶はいつだって優しいのだから。 そう、だからこの後の話は当たり前だけどー別れ話だ。 「そんなこと、あるんだな…初めて知った」 話終わるのと晶が食事を終えるのは同時だった。 「うん、らしいよ。だからさ、俺、一週間以内には出て行くからさ」 「…?」  晶が、不思議そうな顔をする。だって、これ以上ここにられる理由はない。俺は晶の嫌いなまだ完全じゃなくてもオメガになりつつあるし、何より…雪を抱いてしまった晶を、愛する自信が俺にはなかった。 「なんでそんな話になるんだ?」 「だって、雪くんとしたんでしょ?それに俺はオメガになりつつあるし、いつか完全なオメガになる日もくるかもしれない。俺がここにいられない、わかるでしょ?」 「いや、いや…待って、なんでオメガになったらここにいられないんだ?」 「だからそれだけじゃないって。晶は雪くんを抱いてー」 「…怒って、るんだな。本当にごめん、それについては心から謝罪する。もう雪には会わないって今度こそ約束する。発情期になっても雪をもう受け入れる事はない。昨日雪が家にいたのは、というか発情期自体は3日程度で終わっててさ。その後の4日間は雪が家に居場所がないから帰りたくないっていうから匿っていただけなんだ。本当だ、セックスは…その、したけど、でも心は悠太にある感じで」 「いや、あの……」 「雪にはもう家にくるなって連絡するからさ。だから出て行くなんて言わないでくれ」 なんか、話が噛み合わないな。 そもそも論、オメガになった俺を愛する理由はない訳で。なのに晶は俺が怒って家を出て行くのだと信じて疑わない。そうじゃないのに。いや、それも理由の1つなんだけど。 「本当にごめん。だから…」 「ごめんって言われても…俺はオメガに…」 「分化するからなんだよ。それが俺と悠が別れる理由になるのか?」 今度は俺が不思議な顔をする番だった。だって、付き合うとき言われたのだ。『俺はオメガが苦手』だって。だから俺は悠が好きなのだ、と。ベータであっても愛してくれる晶にそのとき心の底からホッとして惚れたというのに、どうしてそれが晶と俺が別れる理由になるのだ、と彼は聞いてくる。 じゃあ、じゃああの言葉はなんだったの?晶は、オメガも愛せるというの?じゃあ、それだったら、晶と雪はお似合いということに…。 俺はずきりと頭が痛むのを感じ、ゆっくり首を振った。 「ごめん、この話やめよ…頭痛くなってきた。寝室行く…」 「悠っ」 部屋に戻ろうとする俺の手を、晶が掴む。 「悠は、俺と離れたいのか?」 「離れたいのかって……」 まぁ、結果的にはそういうことになるのだろう。俺は痛む頭を抱えたまま、離して、と言い掴まれた手を振りほどこうとした。 「離れたいんだ…そうなんだ」 「晶…なに」 「そんなの、許せない」 「え」  聞いたことない晶の暗い声に、何事かと振り返る。すぐそこに晶の顔があって、両手で頰を包み込まれキスをされた。呼吸もできないほど強く抱き込まれキスはどんどん深くなる。 「ふっ…あ、あき、」 「そうやって悠は、悠太は、俺の名前だけを呼んでればいい」 「何言って…ん…っ!」 よくわからない晶の発言を聞き返そうとしてまたキスをされる。舌が絡まり、弱い上顎を舐められ、腰に手を回される。その瞬間、雪の喘ぎ声を思い出して俺は晶を押し返した。吐き気がして、咄嗟に口を塞ぐ。 「そんなに、俺がイヤ?」 「ち、が…」 でも事実はそうなのだろう。晶といるとどうしても雪のことを思い出してしまうのだ。雪を抱いたその手で俺に触れるのかと、気分が悪くなる。 俺が黙っていると晶はそれを肯定だと受け取ったらしく俺を横抱きにした。びっくりして慌てて晶の首に手を回す。どこに連れていかれるのかと思えば、寝室だった。休ませてくれるんだ。そう思ったのもつかの間、晶は俺をベッドに放り投げると自身の上の服を脱ぎ去った。 ーまさか。 ベッドの上で後ずさると、晶が俺の足を掴んで元の位置に引きずり戻す。そして、俺に覆いかぶさる。 「ひっ」 「悠太が、俺から離れないって言うまで俺も、離さないから」 「いや、嫌だ、あきら」  頭(かぶり)を振って拒否する。でも、晶は無表情に言う。 「悠太、シようか」

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