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第1話 今日も『あの方』は最高だった

「今日もほんっとうに!!! さいっこうに!!! かっこよかったんだって!!!」  その日もオレは、騎士科の学食で親友のドルフを相手に絶好調に推し語りをしていた。 「ハイハイ、良かったね」  めちゃくちゃおざなりに返されて、オレはちょっとだけ唇を尖らせる。  なんでドルフはこんなに淡泊でいられるんだろう。あんなに強くて優しくて麗しくて時に儚げで……見る度に胸がきゅうんとなってしまう『あの方』を間近で見る事ができる、幸運な学生時代をおくれているというのに。  オレの最愛の『推し』は騎士科Sクラスの中でも群を抜いて強い、アルロード様だ。 金髪碧眼、王子様のようにキリッと麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体に健康的な小麦色の肌、もちろん高身長でスッと伸びた背筋が美しい。 ひと目でアルファって分かる容姿に相応しく文武両道で、剣技は他の追随を許さないし、学業の成績も十位から落ちた事がない。しかもヴァッサレア公爵家の次男なんだから、出自さえも完璧。 騎士道精神に満ちあふれた高潔な振る舞いは感動しかないし、物腰柔らかで女性は勿論オレ達下位貴族や平民にだって親切だ。 アルロード様はアルファの中でも圧倒的に上位のアルファだった。 もちろんモテモテにモテているわけで毎日のように告白されているけれど、いつだってアルロード様は優しげな笑みを浮かべ丁重に断っている。恋人も婚約者もいなければ、常に一緒にいるような友人も思い当たらない。 誰にも靡かない孤高の人。 そんなところもまた魅力的で、オレのようにただただアルロード様の幸せを願い、陰ながら応援する……いわゆる『推し活』する人も後を絶たない。 オレはそんな同志であるお嬢さん方や男友達に混ざって、日々アルロード様の素晴らしさを存分に語っていた。お互いからもたらされるほんの僅かな情報を共有し、キャッキャウフフと笑い合いながら大好きな人の素敵なところを語り合うのはめちゃくちゃ楽しい。 それだけ魅力的な人なのだ。 でも、そんな推し仲間にいつでも会えるわけじゃないからさ。日々の滾る思いのはけ口はもっぱら親友であるドルフだ。アカデミーに入ってからこっち、アルロード様にすっかり心酔したオレの推し語りを聞き慣れているドルフは、いつも適当に相槌を打ってくる。 「で? 今日は何があったわけ?」  それでも一応聞いてくれる気はあるらしい。いつものように先を促された。 「えっと今日さ、合同模擬試験あったじゃん? あのあとBクラスのやつらがさぁ、二対一でも全然敵わないから、ちょっとムカついたんだろうね、後ろから四人がかりであの方に挑んだんだけど」 あの方、というのはもちろんアルロード様の事だ。 軽々しくお名前を口にして嫌な思いをさせることがないように……という、推しを愛でる者達で作ったルールに準拠している。 「四人がかり? マジかよ。騎士科のくせに卑怯極まりないな」 「だよな!? だからオレもムカついてさ、つい危ない! って叫んじゃったんだけど。ところがそこがさすがあの方なワケよ」 「ほう」 「振り返りざまにヤツらの剣を次々に弾き飛ばしてさ、一瞬で勝負がつくんだよ。もう痺れたよね」 「ハイハイ、良かったねぇ」  ドルフは鼻で笑うけど、オレにとっては本当に幸せなことだったんだ。だって。 「ほんと最高だった。ありがとう、って微笑んでくれたし」 「お、珍しい。会話が成立したのか」 「会話だなんておこがましい。多分オレの顔も覚えてないと思うよ」 「そんなものか」 「そんなもんだよ。その後は美人さんから呼び止められて告白されてたし、あの方ほどの人になると次々にいろんなことがあるから、オレの顔なんて覚えてられないでしょ」 「へー、美人の告白かぁ。羨ましい」 ドルフにとっちゃアルロード様はどうでもいいみたいで、むしろ貴族女性の方に興味をひかれているらしい。 「多分あの女性、上位貴族じゃないかなぁ。すごく上品で顔は勿論所作まで綺麗な女性だったよ。見てたオレまで見蕩れるくらい」 「ふーん。それでも、いつもどおり断ったんだろ? もったいない」 「そりゃまぁ。でもさぁ、断る時は本当に申し訳なさそうで、ちょっと悲しそうだったんだ。微笑んでるし、丁寧な言葉と態度なのは変わらないんだけど……」 あの時のアルロード様の表情を思い出して、胸がツキンと痛んだ。 僅かに伏せられた瞳に、陰がさした気がしたんだ。憂いのある表情まで魅力的で、オレは自分の数少ない取り柄のひとつ、視力の良さを心からありがたく思った。 「今日だけじゃなくてさ、このところ少しだけ元気ない気がするんだよね。なんだか憂い顔が増えてるっていうか」 そう、些細な変化に気づいたのはもうひと月ほど前だろうか。時々だけれど、確かになんだか思い悩むような表情をするときがあるんだ。 「そっかぁ? いつも通りじゃね?」 「いや、ほんとにほんの一瞬でさ、すぐに穏やかないつもの表情に戻るんだけど……なんか悩みがあるのかなって心配で」 「でもお前が心配したってしょうがねぇだろ。どんだけ好きだろうが、『あのお方』とやらに声ひとつかけられないチキンなんだから。悩むだけムダムダ」

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