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第5話 気をつけてくださいませね

「そうでしょうか……」 「あのお方があんな風にお願いするだなんて余程のことよ。同じ男性だからこそお声がけを頂いたのでしょうから、しっかりとお役目を果たしてちょうだいね。陰ながら応援しているわ」 「アンリエッタ様……! オレ、頑張ります!」 アンリエッタ様の激励に、オレは胸が熱くなる思いだった。 絶対にやり遂げよう! そう誓うオレに、新たな声がかかる。 「けれど貴方もオメガでしょう?」 アンリエッタ様の後ろから出てきたのはオレと同じオメガ性を持つユーリア様だ。 「くれぐれもその……気をつけてくださいませね」 心配そうな顔でそんな事を言ってくれる。いつもは控えめで滅多にアンリエッタ様の後ろから出てこないのに、わざわざ出てきて忠告してくれるなんて、優しい人だ。 オレなんて平々凡々な顔で、しかも騎士科在籍で日々鍛えてるからそこそこ筋肉だってある。ぱっと見オメガだなんて分かんない見た目だってのに、ユーリア様はいつだってこうして同じオメガとしてオレを気遣ってくれるんだ。 今回もきっと、三ヶ月に一度訪れる発情期……ヒートを心配してくれているんだろう。 もちろんオレのヒートにアルロード様を巻き込むわけにはいかない。そこだけはきっちり気をつけるつもりだ。 「はい! もちろんです! 予定の一週間前から絶対に近づかないようにしますので」 「良かった。互いに望まない『事故』は不幸しか生みませんもの。お互いに気をつけて日々を過ごしましょう」 「はい!」 「あー……いざって時は俺がコイツ担いで安全なとこに運びますんでご心配なく」 「まぁ。ふふ、頼もしい」 ユーリア様の言葉に元気よく返事をしていたら、なぜかドルフがそんな風に請け負った。 運ぶってなんだよ荷物みたいに、って一瞬思ったけど、ユーリア様が楽しそうに笑うから、それでいい気がしてくる。 実際、アルロード様の前でヒートになんてならないつもりだけど、いざという時はぶっちゃけベータであるドルフが頼りなのは間違いないわけで。 なんだかんだ言いながら頼ってしまっているんだな、と気がついた。 「ありがとう……」 「うわ、キモ」 素直にお礼を言ったのにキモがられた。しかも若干のけぞってる。 「酷いなお前」 「いや、いつになく素直だから」 「仲良しなのですね。頼もしいナイトがいるようですから、大丈夫ですわね」 かなり見当はずれなセリフを残し、ユーリア様達は去っていった。 その後ろ姿を呆然と見送ったオレ達は、顔を見合わせて思わず吹き出す。 「ナイトだってさ」 「まぁ騎士科だから間違っちゃいないが、話の流れ的に気持ち悪いな。ほら見ろよ、この鳥肌」 「うわぁ。でもオレも」 「ははは、すげぇな。どうせナイトって言われるなら、美しいお嬢さんを守るナイトでありてぇけどな」 「そりゃそーだ」 きっと誰だってそう思うだろう。オレみたいなぱっと見ごく普通の男に見えるオメガなんかより、麗しい令嬢を守りたいと思うに違いない。 ドルフの率直な物言いは、聞く人が聞けばオメガであるオレに配慮が足りないと思われるかも知れないんだけど、オレにとってはこの飾らない言葉が気楽で嬉しいんだ。 バカな事を言い合いながら、オレとドルフは教室へと急ぐ。 ドルフは楽しい事も不満な事も、バカな事も悩んでる事も、なんでも言い合える貴重な友だ。 オレが第二次性徴で突然オメガになっちゃって、騎士科だったせいもあって周囲が一斉に微妙な反応した時も、コイツだけはなーんも変わらなかった。あの時のドルフの言葉、今でも鮮明に覚えてる。 「俺ベータだったし関係ねぇな。お前も、そのヒート? っての? その時に気をつければいいんじゃね?」 そう軽く言ってくれた時、オレがどれほど救われたか。 ドルフのオレへの態度があまりにいつも通りだったから、次第に他のヤツらのよそよそしさも消えて、今では前みたいに普通に接してくれるようになったんだと思う。 そう考えるとドルフには感謝してもしたりないくらいだ。 「? どした?」 オレが見上げたもんだから、ドルフが不思議そうに尋ねてくれる。 「いや、なんでもねぇ」 オレはニカッと笑って見せた。だからこそコイツとは、バカな事言い合いながら、一生いい友達でいれたらいいって思ってるんだ。 まぁオレがどっか貴族に嫁入りするような事になれば、そういうわけにもいかないんだろうけどさ。 *** 翌日。 黙々と学食を食ってたら、ドルフに笑われてしまった。 「いつもはこっちがうるさいって言いたくなるくらい『あのお方』のことをしゃべりまくってる癖に、今日はやけに大人しいな」 「だって……もしかしたら今日もおいでになるかもって思うと緊張しちゃって」 「でもあっちはお前が『あのお方』の事を全力で推し語ってるとこを聞きたいわけだろ? お前がそんな覇気のないことでどうすんだよ」 「まぁ、そうなんだけど、緊張するモンはするんだよ」 「楽しめばいいじゃねぇかよ。お前がだ~い好きなあの顔を間近で拝めるんだ。御の字だろ」 「ちょ、顔だけ好きみたいに言うなよ!」 思わず反論が口を突いて出る。

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