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第4話 腹を決めた
「はい……。あの、アルロード様が知りたいのは恋愛的な気持ちですよね?」
「もちろん」
「じゃあやっぱり違うな。オレの気持ちって、とにかくその……『あのお方』の事が大好きで、健やかで幸せであればいいって思ってるんです。それこそ、誰かと結婚して幸せに笑ってくれていたら全力で祝福できると思います」
「……」
「恋って、『その人と自分が』幸せになりたいものでしょう? 他の誰かと幸せになってるのは祝福できないものなんじゃないですか?」
「……そう、かもしれない」
きっと自分の両親のことを考えたんだろう、アルロード様は頷いてくれた。
「きっとオレの話はあまり参考にならないと思います。むしろ、告白してきてくれる方に話を聞くとか……真剣に向き合ってみた方がいいのかも」
「それは、付き合ってみるという意味?」
コク、と頷いたらアルロード様はしばらく真剣な顔で悩んだ後、オレを見て困ったように笑った。
「さすがにそれはちょっと怖いね」
「そうですか……」
「相手にも失礼だと思うし、やっぱりもうちょっとちゃんと自分の気持ちが成長してから、そのフェーズに進みたい」
誠実なアルロード様らしい決断に、オレは感動した。
「申し訳ないけれど、熱量のある感情に慣れるためにも、まずは君の話をきかせてもらうわけにはいかないだろうか」
そこまで言われてしまっては、オレに断れる筈もない。
オレは唇を引き結んでゴクリと唾を呑んでから、腹を決めた。
「分かりました。いつでもどうぞ」
オレが聞かせられるのは、貴方に対しての熱い思いしかないし、ちゃんと話せるか不安でしかないですが、それでもよければ。
そんな言葉は呑み込んで。
目の端でドルフが笑いをかみ殺しているのが見える。でも反対されたわけじゃないから、ドルフも同意してくれたものだと見なしておこう。
「ありがとう」
アルロード様が本当に嬉しそうに笑ってくれたから、なんかもう、自分の不安や恥ずかしさなんてどうでもいいような気がしてきた。
オレが話すことによって、アルロード様が少しでも自分の悩みと向き合えるならそれでいいじゃないか。そう思ったオレだった。
***
「いやー面白かった。お前、最高だな」
学食を出てアルロード様と別れた途端、ドルフが爆笑する。
「しょうがないじゃん。あのお方に頼まれた以上、断るなんてできないだろ……!」
「しっかし本人前にして推し語りって、そんなオモロイことある?」
「うるさいな」
おいていくくらいの急ぎ足で歩いてるってのに、身長差ゆえの一歩のデカさがものをいうのか、ドルフが余裕でついてくるのが悔しい。
ひときわ足を速めて廊下を曲がった時だった。
「……!」
目の前に、数人のレディが立ちはだかる。
「アンリエッタ様……」
「ごきげんよう」
いつ見ても高貴で美しい、コーラルブレ公爵家の三女、アンリエッタ様だ。いつも数人の取り巻きを連れていてちょっとツリ目がちだからか、一見高慢な感じに見えるけど、実は懐が深い優しい人だったりする。
「ちょっとお話があるの。少しだけお時間よろしいかしら、もちろん授業に差し支えがないよう、手短に」
「は、はい!」
「今日はとても興味深いお話を聞かせて貰ったわ。あのお方がお悩みを打ち明けるだなんて、よほど困っていらしたのね」
切なげにため息をつくアンリエッタ様。
あ、やっぱり周囲に聞こえてたか。アルロード様のお声ってすごく綺麗で通るから、意外と遠くまで聞こえるんだよね。まぁ、オレたちが耳をそばだててるせいもあるとは思うけど。
何を隠そうアンリエッタ様は、アルロード様を遠くから見守る面々の元締めみたいなお方なのだ。
明確に『見守る会』なんてものはない。それぞれがそれぞれの思いを持ってアルロード様を見守っているわけだが、そんな穏やかでゆるい推し活ができているのも、公爵家の令嬢であるアンリエッタ様が穏やかな性質であったればこそ。
正直、アンリエッタ様くらい素敵な女性がアルロード様の隣に立ってくださると嬉しい、そう思っている人は俺だけじゃないと思う。
ヴァッサレア公爵家の次男アルロード様とアンリエッタ様。家格から見てもその美しさや立ち居振る舞いの洗練具合から見てもめちゃくちゃお似合いだが、いかんせんアンリエッタ様は卒業と同時に隣国への腰入れが決まっているんだよね。
本当に残念だ。
けれど、自分の将来が決まってしまっているからだろうか。
アンリエッタ様は、アルロード様にご自身が思うがままに生きて欲しいと思っていらっしゃるのかも知れない。彼に害なす者は許さないが、オレたちみたいにただただアルロード様を遠くからお慕いしている輩にはとても寛大なのだ。
本当にたまにだけど、夜会で一緒になった時には一緒に楽しく推し語りしてくれたりもするから、オレはアンリエッタ様も大好きだ。
「それにしても大変なお役目を賜ったものね」
「はい……あのお方が困っていらっしゃると思ったら断れなくて」
「断るだなんてとんでもないわ!」
「で、ですよね。でも、ご本人を前にだなんて、オレ、うまく話せるか分からなくて。失礼だったり気持ち悪いことだったり、言っちゃわないか不安で」
「きっと自然体でいいのよ。きっとあのお方もそれを望んでいるわ」
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