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第3話 心の機微

「本当に? 迷惑じゃない?」 「もちろんです!! 迷惑だなんてとんでもない!」 「そうか、良かった。それでは、これからは君の大切な人の話を私も一緒に聞かせて貰ってもいいだろうか」 「あ……」 そ、そうだった。 アルロード様のご希望を思い出してハッとする。 待って、オレ、アルロード様本人にアルロード様がどんなに素晴らしいかを力説するわけ? この麗しいお顔を見ながら? どんな無理ゲーだよ。 アルロード様をがっかりさせるワケにはいかないからニコニコしてるけど、内心めっちゃ困った。しかも目の端でドルフがニヤニヤしてるのが見えて地味にムカつく。 なんとかオレは、勇気を出して聞いてみることにした。 「あ、あの……どうしてアルロード様は、『あのお方』の話を聞きたいんですか?」 理由さえ分かれば、他の手段をご提案できるかも知れない。そう思っての質問だった。 するとアルロード様は困ったように頬笑んで、そっと顔を寄せてくる。 「~~~~っっっっ!!!???」 「恥ずかしいから内緒にしてくれるかな?」 急激に体温が上がって、全身から汗が噴き出す。顔から火を噴きそう。 内緒にする!!!! しますからちょっと離れて!!! そんな言葉なんて、喉がきゅっと締まったオレが発せるはずもない。 「もちろん内緒にするよな。なぁ、ルキノ」  ドルフの助け船に、オレは高速で首を縦に振った。ホッとしたように微笑んで、アルロード様はさらに声をひそめる。 「良かった。……実は、母上に泣かれてしまってね、ほとほと困っているんだ」 「へ?」 本当に困ったような顔をするアルロード様の様子に、さすがにオレも背中がシャキッと伸びた。 「どういうことですか?」 「お、正気に戻った」 ちゃちゃを入れてくるドルフはいったん無視して、オレはアルロード様にしっかりと身体を向ける。アルロード様に目を合わせたら、彼の美しい翡翠色の瞳が驚いたように少し見開かれた。 そして、ふ、と目元を緩ませて安心したように口を開いてくれる。 「私は君が話していたような、特別に大切な人のことを深く思う、とか……そういう人の心の機微が分からなくてね。家族を大切に思うとかそういう気持ちはもちろんあるのだけれど、誰かを恋うというような気持ちはまだ経験したことがないんだ」 「……!」 「心の成長が遅いのかも知れないね」 寂しそうに微笑むアルロード様の姿に、胸がきゅうと締め付けられるような気持ちになった。 このところアルロード様が悩んでいたのは、もしかしてこのことだったんだろうか。 そう思い至って可哀相になる。誰にも言えずに、ずっと悩んでいたのかも知れない。 「ありがたいことに、そういった意味でのお誘いをうけることは多いけれど、自分がその気持ちを返せないのに、軽率に思いを受け入れることもできなくて……申し訳なく思いながら断っていたんだけど、さすがに断るのは毎回胸が痛むし」 「でしょうね……」 アルロード様は告白を断るとき、申し訳なさそうで悲しそうだった。 いつもこんな気持ちを抱えていたんだろう。 「私に婚約者でもいればこれ以上誰かを悲しませることもないと思って、両親に婚約者を選んで欲しいと頼んでみたんだが、泣かれてしまった」 「あー……」 オレの口から納得のため息が漏れた。 オレ達の親の代なら公爵家という高位貴族であれば婚約者がいた筈だ。でも今となっては婚約者を設けない家も多い。 他でもないアルロード様のご両親が、大恋愛の末元々の婚約を解消して結ばれた恋人達で、その話が当時世間を騒がせ演劇にまでなったことで大衆に受け入れられてからは、子供の頃から婚約を結ぶこと自体が減ったらしい。 公爵家の作戦勝ちといったところだろうが、オレ的には婚約を解消された方が不憫でならなくて、正直言ってアルロード様のご両親には複雑な感情を持っている。 逆に、だからこそその子供であるアルロード様の清廉潔白な態度が余計に尊く思えてしまうのかも知れない。 「知っているだろう? うちの両親は恋愛結婚で今でもそれは仲が良いんだ。私にも、自らが愛した人と結婚して欲しいと望んでいてね」 「なるほど……」 「でも、そう言われてもそう簡単に誰かに恋をできるわけではないだろう? まずは、誰かを熱烈に想っている人の話を聞いてみたら、愛や恋がどんな心理か分かるかも知れないと思って……」 そこで言葉を切ったアルロード様は、オレの手をとって真剣な目をしてまっすぐに見つめてきた。 「……その、本当に困っているんだ。どうか君の話を聞かせて欲しい」 「……」 オレは真剣に考えた。ここまで赤裸々に自身の心情をさらけ出してくれたんだ、もちろんアルロード様の望みを叶えてあげたい。 オレが少々困ろうが、恥ずかしさで悶絶しようが、それでアルロード様のお役に立てるなら本望だ。 だけど。 「オレもアルロード様のご希望を叶えたいのはやまやまですけど……オレでは、お役に立てないと思います」 悩んだ末、正直にそうお答えしたら、アルロード様は一瞬だけ息をのんだあと、穏やかな口調でこう聞いてくれた。 「理由を聞いてもいいかな?」

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