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第8話 夜会のひと夜
翌日からも、アルロード様は本当に毎日のようにオレの前に現われた。
オレとドルフが学食で食事をしていると現われて、昼食を共にしてくれる。
学園の中ですれ違う度に、騎士科の授業で一緒になるたびに、親しげに話しかけてくれる。
あまりにも頻繁に顔を合わせるようになってくると、さすがにオレも慣れてきて、アルロード様と話す時もほどよい緊張くらいですむようになってきた。
雑談もできるようになったし、記憶が飛ぶようなことも少ない。時には冗談だって言えるようになってきたんだけど。
それでも、まさか夜会なんていう社交の場でまで声をかけてくれるなんて思わなかった。
「やあルキノ、ひとりでいるなんて珍しいね。今日はドルフはいないのかい?」
親しげに声をかけられて振り返れば、天井のシャンデリアよりもキラキラ眩い笑顔がオレを見ている。
「アルロード様……!」
夜会のアルロード様、ひときわ美しい……!!!
タキシードめっちゃ似合う!
身体にぴったりと合う光沢のあるシルバーのタキシードはエレガントだし、ダブルのベストも格好良い。緩く纏められた輝く黄金の髪は、学園で見るよりも艶やかで、前髪を上げているからかいつもよりもずっと大人っぽい。
なのに、笑いかけてくれる表情はどこかちょっと幼さもあって、このギャップがまた堪らないんですけど!!!!!
「ルキノ?」
はっ!!!!
見蕩れすぎて我を忘れてしまった。冷静になれ、オレ!!!
「えっと、ドルフは平民なので、社交の場には入れなくて」
「ああ、そうだった。分かっているはずなのについつい忘れてしまうな」
それは多分、ドルフが平民とは思えないほど言動が堂々としているからだろう。高位貴族の前だろうが、あいつはまったく動じないから。
「じゃあルキノはちょっと寂しいね」
「へ? ああ、いや、夜会の時は色んな人とオレの大切な『あのお方』の情報交換の場なんで、それなりに楽しくやってますよ?」
「……」
あ、ぽかんとした顔をされてしまった。
アルロード様はいつも老若男女問わず色んな人達から次から次に声をかけられてるし、隙あらばダンスを申し込まれて踊ってるし、高位貴族らしくしっかり社交の場としての振る舞いをしているわけで。
オレ達みたいにとりあえず夜会の場にいて、気の合う人とただ駄弁ってるなんて想像もつかないんだろうなぁ。
「アルロード様は夜会の時って社交にダンスに忙しいですもんね。オレ達下位貴族は結構二極化してまして」
「二極化……?」
「はい。積極的に社交に加わって、人脈を作ったり嫁ぎ先を見つけたりする派の人と、オレみたいにとりあえず参加してるけど気が合う人と楽しくおしゃべりして美味しいもの食べて帰るだけ派の人がいるんです」
「……!」
アルロード様がびっくりした顔をするから、思わず笑いが漏れる。彼の周囲に集まるのはもちろん人脈や嫁ぎ先を狙うやる気に溢れた人達だから、オレ達みたいなやる気の無いタイプがいる事自体、驚きなんだろう。
「オレは父から何もするな、くれぐれも悪目立ちするなと厳命されてますんで、いつもこんな感じです」
オレが苦笑して見せると、アルロード様は怪訝な顔で首を傾げた。
「君の御父君はなぜそんな事を? せっかく夜会に来ているのにあえて人脈を作らない意味が分からない」
「さぁ。オレはオメガだから、って口癖みたいに言われますけどね」
「君はオメガなのか……!」
「あ、やっぱり気づいてなかったんですね。オレはこの通りベータにしか見えないと思うんですけど、一応オメガなんですよね。とはいえ香りもうっすいし抑制剤もよく効くんで、気づかない人も多いんですけど」
「しかし、君は騎士科だろう。オメガなら危険なんじゃ」
それで、ああ、と思い当たった。
オレが騎士科だったから、アルロード様は気軽にオレに話しかけたんだな。
次男とはいえ公爵家の子息で顔良し頭良し性格良しで騎士としての才能にも恵まれまくって将来性まで二重マルなんだから、女性やオメガに狙われまくってるって言うのに、オメガであるオレにこんなに屈託なく接してくれるの、ちょっと不思議だったんだよね。
「すまない、オメガだと分かったら騎士科から転科するものだとばかり思っていた」
「そういう人が多いみたいですね。でも実際は本人や親の判断に任されてるんです。オレはこの通りどっからどう見てもベータっぽいでしょ。オメガらしい繊細な美貌とかもないし、爵位もたいしたことないから普通の結婚は望めない。だから、護衛もできるってとこをウリにするらしいです」
「は!?」
急にアルロード様の表情が険しくなった。
うわ、アルロード様のこんな厳しい表情、初めて見た。
「なんだその理由は。君の御父君は本気でそんな事を言っているのか!」
初めて聞くアルロード様の険のある声に、オレは慌てた。
「本気みたいですけど。でもオレも身体動かす方が好きだし友達もいっぱいいるし、騎士科にいられるならそのほうがいいから」
きっと結婚したら今みたいに自由になんてできない。
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