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第1話
俺が生まれた日、国1番の占い師が俺の元を訪れて言ったという。
─この子は世界を暗闇から解き放つだろう─
世界を救うかのような言葉。
両親はその言葉に大変驚いて、占い師が来たことを聞きつけ集まっていた村の人たちは『小さな辺境の村から英雄が出る』とも取れるその予言に湧いた。
喜びはすぐさま村中を駆け巡って、その日の夜は占い師を迎えての宴が開かれた。
だから予言の後に続いた言葉を聞いたのも、その言葉に涙を流したのも、俺の両親だけだった。
「───何を見ている?」
眼下に広がる街と、その向こうに延々と広がる砂漠の中にある一筋の列になった人影を見つめていた俺の後ろから低い声が聞こえた。
振り向けば見知った男の姿をすぐに捉えることが出来た。
嫌でも目を引くスラリと伸びた背と、鍛錬により付いた筋肉が程よく浮かび、薄らと日に焼けた肌。彫りの深い顔と真っ直ぐの鼻梁。長いまつ毛に縁取られた中に埋められた灰色の瞳は、狼のような男らしさと鋭い印象を男に与えた。
美しく艶のあった長い黒髪は、「お前の髪を見る度に吐き気がする」と俺が言った日から短く切られ、今は男の耳さえもはっきりと見えるほどの長さしか無い。
シュルシュルと上質な絹の織物の音を立てながら近付いてきた男は、俺の腰に腕を回し後ろから抱き込むように体を重ねると俺の顔の横に自身の顔を持ってきた。
そして俺の視線の先にあったものに気付いたのか「あぁ。」と小さく納得するような声を上げる。
「宰相の一族か。お前が血を見て暴れ回るのはもううんざりだからな。家族は追放で留めてやった。」
男は「どうだ?」と微かに吐息を漏らして微笑む。だが、俺の好意だけを得んがために国政の舵取りを誤り続けるこの男に、苦言を呈した宰相の英断が無惨に打ち破られたことを思うと、俺は自分の存在が悔やまれて仕方が無い。
街の一等地に建てられた宰相の屋敷の前に今も掲げられているだろうその首に、俺が涙を流すことは許されないのだ。
「ところで宰相の娘がお前の元に行っていたそうだな。………何を話していた…?」
男の手が俺の頬を撫でる。
灰色の瞳が少し険しく細められて、まるで尋問するように、獲物を狩る獣のように、鋭さが増した。
男は俺が他の者と接することを好まず、男の琴線に触れれば、例外無く首を落とされた。
最初に死んだのは俺の侍女となった女だった。
その次は医官。
そして第1王子の母親である正妃とその側仕え。
俺の食事に毒を盛ろうとした侍女に、それを指示した正妃と官吏の家紋。
俺の境遇を不憫に思い寄り添ってくれた、平民出身の側妃。
男に内緒で市井の流行りものを買ってきてくれた護衛騎士まで──…。
「秘密ですよ」
と…、前日まで笑いかけてくれていた唇は、すっかり青黒く変色して、拭うこともされなかったらしい血が付着していた─…。
「なんでっ…ここまでするんだよ!」
取り押さえる周囲を押し切って朝議の場で暴言を叫びながら暴れ回る俺を見て初めて、男は自らを振り返り、今後は行動を改めると口にした。
「今お前に触れるその者達は、手首を切り落とすだけに留めよう。」
俺の怒りが頂点に達すれば、こうしてまた俺を取り押さえるという名目で、男の意に反し俺に触れる者が増えると思ったようだ。
これが、一時でも名君と言われた男の出す答えなのか、と、俺だけでなくその場に居合わせた全ての者が絶望したことだろう。
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