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第2話

かつてのこの男の有能さは、辺境の村に居た俺の耳にも届いていた。 男は妾腹の第4王子でありながら他国との戦争で勝利を上げ、新たな交易路の建設に尽力する、国民からの人気が高い存在だった。更に鉱石の採掘が盛んな我が国の産業を後押しするような政策をいくつも打ち出し、国に活力を生んだ。 俺もかつては国のため、そして男のため、いつかは宮殿で働きたいと学問に励んでいた。 俺が生まれた日に村を訪れたという占い師は『俺が正しく道を歩めるように』と祝福を授けてくれていた。 神官の真似事のようであったため、村の外でこの占い師の行為を口にすることは禁じられていたが、効果は確かにあったということなのか、俺はいくつもの才能に恵まれ、小さな村の中ではたちまち才児と持て囃された。 俺だけが遠く離れた町で教育を受けられることに長いこと不満を言っていた兄弟姉妹も、いつしか俺を『誇りだ』と言って、時には俺に読み書きを教わりに来てくれた。 しかし村は貧しく、働きざかりの俺を失っては立ち行かなくなるほど生活は困窮していた。そのため俺は成長してからも村に留まり続けた。 せっかく身に付けた学問も授かった祝福も、小さなこの村では採掘に使う鉱具を改良することや新たな加工法を編み出すことでしか役には立たなかった。 それでも俺たちの村から出た絋具やその他の技術は周辺の村で小さな産業革命を起こしたようで、隣村の鉱山では捨てられるだけだったクズ石が1級の宝飾品に化けたらしい。 そしてそれが首都で人気を博す頃、王宮には宝飾品の噂と一緒に俺の話が届いていたという。 そして俺が16になる頃、王位継承権争いの渦中に居た男が『かつて高名な占い師が天啓を授けた少年が興した村』を視察しに俺の元を訪ねてきたのだ。 初めて見た男のその堂々たる出で立ちに、俺は感動し、涙すら流しそうになった。 しかし俺の目の前に来た男が口にしたのは俺が編み出した加工技術の話でも、首都で流行りの宝飾品の評判でもなく、『私もかつて天啓を受けたのだ』という話だった。 御前で俯いていた俺が顔を上げた時、俺と目が合った男は天啓を授かった過去が何故か思い出されたらしい。 目を見開き、酷く驚いた様子であったことは、俺ですら今も覚えている。 そしてそれから男は定期的に村へと視察に来るようになった。 王子がこれほど頻繁に通うのだから、と、首都から村へ続く道はどんどんと整備がされ、宝飾品の販路確保も後押しをして路面には多くの店が立ち並び、途中途中の村は行商人で賑わうようになった。 豊かになっていく村に俺は喜びを覚え、また、来る度に村の様子を気にかけてくれる男のことを益々応援したくなった。 宮殿で働くことはいつしか諦めてしまったが、この村からでも男を支援する方法を模索したい。 「それほどまでに私は貴方に魅せられているんです。」 そう熱っぽく語ってしまった俺に、男は少し驚いた顔をして「もう宮殿に来る気は無いのか?」と寂しそうに笑っていた。 村が段々と豊かになり、国外からも商人が多く訪れるようになって暫くした頃、行商人の娘と俺は恋仲になった。 そして俺が19の時、婚姻の議を執り行い、俺は彼女とめでたく夫婦になった。 夫婦の誓いである揃いの装飾が施された首輪は、彼女の好きな『幸せの象徴』と言われる花が細かく刻まれたものを選んだ。 花の通り、幸せだった。 だがその幸せは、長くは続かなかった。

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