6 / 6
第6話
宰相が明日、男に苦言を呈すのだということを、見たことの無い侍女から聞いた。
衣服や化粧で他の侍女たちと同じようにしてはいるものの、髪のツヤや、手指の美しさは、それだけで彼女が身分を偽ってここに居ることを教えてくれた。
警備が甘いのか、それとも彼女がここに来ることを宮全体で手助けしたのか。
彼女は俺に尋ねた。
「何度も、侍女や官吏を通して宮内の情勢を探ろうとしていましたね。あなたが情勢を気にする理由を、私たちもずっと探っていました。あなたという人物が分からなかったから。あなたは、謀反を起こしてくれる誰かを探していたのではないですか?」
その言葉に俺の中の何かが動いた。
顔を上げると、そこには強い意志を宿した瞳。
彼女の正体は宰相の末娘だった。
進言をした後、宰相が討たれるのは必至だろう。彼女も明日には首を吊るのだと言っていた。
彼女の話では正妃の産んだ第1王子が立つらしい。
第1王子は今年15になる。
俺が宮殿に連れてこられた3年前、彼は母親という宮殿内での最大の後ろ盾を失くした。
しかし母親の死を悼む暇 も許されないほど、宮殿内には次々と血が流れたのだ。正妃の一族も、今は彼を残して他には居ない。
血縁を失った彼が立つことは、もう難しいと思っていたが、そうか…………。
俺は謀反の計画と、俺がすべきことを粗方聞いて、明日には居なくなる彼女の幸運を、それでも祈った。
「ところで宰相の娘がお前の元に行っていたそうだな。………何を話していた…?」
問いかけてきた男に体を向ける。
ここは風が強い。
国中を眼下に見渡せる広場を最上階に持つこの塔は、何代か前の皇帝が寵姫のために作らせたのだという。
風を受けて男の纏う絹がヒラヒラと踊るように舞っていた。
気品のある顔立ちも、精悍な体つきも、溢れ出る勇猛さも、全てが、俺が憧れたあの時のままなのに。
「……第1王子が謀反を起こすそうだ。」
「ほう……?」
男に近付いて手を取る。
俺は、謀反を起こしてくれる人など探していなかった。
男の消えた後の国の混乱を、一体誰が治めるのか、それだけが気がかりだったのだ。
「俺と一緒に、死んでくれるか?」
問いかけた俺に対して男は怯む様子も見せずに頷く。
「それが、お前の導きなら。俺を導くのは、いつだってお前という星、ただ1つだ。」
─あなたはいつか星に出会います。しかしあなたは星を手に入れられない。あなたが手に入れた時、その星は既に存在しないでしょう─
いつだか教えてくれた男が受けたという天啓を思い出す。
あぁ、正しくその通りだ。
手に入れる頃には、それはもう求めていたあの時のものではなくなっているのだ。
小さな村で、触れ合えるほどに親しくなったあの頃に、お前は既に俺が求めたお前ではなくなっていたのだろう。
今の俺もきっと、お前が求めていた俺ではないだろう?
星は、夜空でこそ美しく輝く。
─この子は世界を暗闇から解き放つだろう─
世界を暗闇に導いたのは、一体誰だったのだろう。
狂い始めているなんて、もうずっと、ずっとずっと分かっていたのだ。
それでも俺は、あの時憧れて、涙すら流させたあの男を、忘れられない。
男の消えた世界を、俺も生きてはいけない。
償いきれない程の罪と、男への憧憬。
風の強さに目を細める。
男はそっと俺の指に自身の指を絡めた。
最後くらいは許してやろう。
「終わりにしよう。」
そう言って、2人で空へ跳ねた。
End
ともだちにシェアしよう!

