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第6話

宰相が明日、男に苦言を呈すのだということを、見たことの無い侍女から聞いた。 衣服や化粧で他の侍女たちと同じようにしてはいるものの、髪のツヤや、手指の美しさは、それだけで彼女が身分を偽ってここに居ることを教えてくれた。 警備が甘いのか、それとも彼女がここに来ることを宮全体で手助けしたのか。 彼女は俺に尋ねた。 「何度も、侍女や官吏を通して宮内の情勢を探ろうとしていましたね。あなたが情勢を気にする理由を、私たちもずっと探っていました。あなたという人物が分からなかったから。あなたは、謀反を起こしてくれる誰かを探していたのではないですか?」 その言葉に俺の中の何かが動いた。 顔を上げると、そこには強い意志を宿した瞳。 彼女の正体は宰相の末娘だった。 進言をした後、宰相が討たれるのは必至だろう。彼女も明日には首を吊るのだと言っていた。 彼女の話では正妃の産んだ第1王子が立つらしい。 第1王子は今年15になる。 俺が宮殿に連れてこられた3年前、彼は母親という宮殿内での最大の後ろ盾を失くした。 しかし母親の死を悼む(いとま)も許されないほど、宮殿内には次々と血が流れたのだ。正妃の一族も、今は彼を残して他には居ない。 血縁を失った彼が立つことは、もう難しいと思っていたが、そうか…………。 俺は謀反の計画と、俺がすべきことを粗方聞いて、明日には居なくなる彼女の幸運を、それでも祈った。 「ところで宰相の娘がお前の元に行っていたそうだな。………何を話していた…?」 問いかけてきた男に体を向ける。 ここは風が強い。 国中を眼下に見渡せる広場を最上階に持つこの塔は、何代か前の皇帝が寵姫のために作らせたのだという。 風を受けて男の纏う絹がヒラヒラと踊るように舞っていた。 気品のある顔立ちも、精悍な体つきも、溢れ出る勇猛さも、全てが、俺が憧れたあの時のままなのに。 「……第1王子が謀反を起こすそうだ。」 「ほう……?」 男に近付いて手を取る。 俺は、謀反を起こしてくれる人など探していなかった。 男の消えた後の国の混乱を、一体誰が治めるのか、それだけが気がかりだったのだ。 「俺と一緒に、死んでくれるか?」 問いかけた俺に対して男は怯む様子も見せずに頷く。 「それが、お前の導きなら。俺を導くのは、いつだってお前という星、ただ1つだ。」 ─あなたはいつか星に出会います。しかしあなたは星を手に入れられない。あなたが手に入れた時、その星は既に存在しないでしょう─ いつだか教えてくれた男が受けたという天啓を思い出す。 あぁ、正しくその通りだ。 手に入れる頃には、それはもう求めていたあの時のものではなくなっているのだ。 小さな村で、触れ合えるほどに親しくなったあの頃に、お前は既に俺が求めたお前ではなくなっていたのだろう。 今の俺もきっと、お前が求めていた俺ではないだろう? 星は、夜空でこそ美しく輝く。 ─この子は世界を暗闇から解き放つだろう─ 世界を暗闇に導いたのは、一体誰だったのだろう。 狂い始めているなんて、もうずっと、ずっとずっと分かっていたのだ。 それでも俺は、あの時憧れて、涙すら流させたあの男を、忘れられない。 男の消えた世界を、俺も生きてはいけない。 償いきれない程の罪と、男への憧憬。 風の強さに目を細める。 男はそっと俺の指に自身の指を絡めた。 最後くらいは許してやろう。 「終わりにしよう。」 そう言って、2人で空へ跳ねた。 End

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