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日影のひだまり ~神世は今猶~ 序章1・禍根の矛先【鈴の音】 | 神世は今猶の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
日影のひだまり ~神世は今猶~
序章1・禍根の矛先【鈴の音】
作者:
神世は今猶
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序章1・禍根の矛先【鈴の音】
六林道
(
ろくりんどう
)
をひとり歩く
日影
(
ひかげ
)
の足取りは、少し弾んでいた。 そのたびに、 チリン、リン。 カラン、リン。 と、二重の鈴の音が、静かな林道に響く。 人目のあるところではできないが、今は一人きりだ。 誰の目も気にせず、日影は小さく跳ね、鈴の音を楽しむ。 その音が、好きだった。 鈴は、
番傘
(
ばんがさ
)
の中央
――
放射状に伸びる竹骨の奥で鳴っている。 淡い
黄白
(
おうはく
)
の満月を囲う、紫の三日月模様が傘の
縁
(
ふち
)
を際立たせ、色彩を調和するように白い花吹雪の舞う傘。 不思議な鈴の音と相俟って、その傘は
日影
(
ひかげ
)
の心を和ませた。 人っ子
一人
(
ひとり
)
、通りすがる人の影もない
六林道
(
ろくりんどう
)
。 シンと静まるその道に、響くのは不思議な鈴の音と土を踏む
草履
(
ぞうり
)
の音だけ。 このひとときに、日影は、胸の奥を少し軽くする。 今日は、久しぶりに寄れるだろうか。 と、日影は使いを終えたあとのことを考えた。 今は、主に頼まれた書状を、
杜也
(
もりや
)
様へ届ける途中だった。
杜也
(
もりや
)
とは、主たる
朔夜
(
さくや
)
の務めを陰で支える者の職名である。
朔夜
(
さくや
)
は、この九十九の地に
蔓延
(
はびこ
)
ろうとする
悪鬼魍魎
(
あっきもうりょう
)
から、人の暮らしを護る、大切な
神代
(
かみしろ
)
たる役目を
担
(
にな
)
っている。 その務めが
滞
(
とどこお
)
りなく行われるよう、
差配
(
さはい
)
するのが杜也と呼ばれる人達だ。 日影は、杜也様宛の書状が納められた、紫色の風呂敷包みを抱え直す。 今日は、大切な書状を預けられる身なのだから、寄り道はせず、真っ直ぐに
杜也屋敷
(
もりややしき
)
へと向かう予定だ。 その帰りには、
麓
(
ふもと
)
の
阿波霧
(
あわぎり
)
の
邑
(
まち
)
に寄り、久しぶりに
甘蜜
(
あまみつ
)
を楽しみながら、一息つこうと考えていた。 それから、
家人
(
けにん
)
仲間に頼まれた
小間物
(
こまもの
)
を買い、屋敷に戻る。 その頃には、昼も半ばを過ぎているだろう。 頭の中であれこれと思案しながら、耳は鈴の音を聞いていた。 チリン、リン。 カラン、リン。 重なり合う鈴の音に、不思議と心も和む。 『今日は夕刻に戻る』 朔夜はそう言い置いて、務めへと向かった。
――
そういえば。 と、出がけに投げられた朔夜の問いを思い出し、日影はフツリと小さく笑った。 『日影。何か、欲しいものはあるか?』 いつものことだった。 必ず投げかけられる、その問いは、留守番を預ける子どもをあやすような口ぶりが、いつもどこか
可笑
(
おか
)
しい。 十三の頃から、日影は
神代
(
かみしろ
)
たる朔夜を主とする
神代屋敷
(
かみしろやしき
)
で、
家人
(
けにん
)
として働いている。 屋敷に連れられて来て、すぐに
側用人
(
そくようにん
)
としての教育がはじまったものだから、屋敷仕事も知らずにと、よく陰口を叩かれた。 そんな日影を気づかい、
始
め
た
事
、だったのかもしれない……。 しかし、当時は欲しいものなど答えようもなかった。 神代屋敷は衣食住も整い、仕事もあり、
銭貨
(
せんか
)
も支給される。 嫌なこともされず、痛いこともされない。
些細
(
ささい
)
な陰口などには、不満も湧かなかった。 教育係として日影の面倒をみる椿は、厳しく、少し恐いところはあるが、曲がったところがない誠実な人で、安心もできた。 生きていくのにも、暮らしていくのにも、満足している。 なのに。 これ以上、何を望めばいいのか。 朔夜のその問いが、始まった頃は、悩んだ。 欲しいものはない、と云えば、『主の好意を無下にするな』と椿に叱られ。 船が欲しい、と云えば、また『身のほどを弁えろ』と椿に叱られる。 他人の欲しいものを頼めば、朔夜の前まで引き摺られていき、土下座で謝罪させられた。 困った日影は、もうこれしかないと、朔夜の好きな食べ物でごまかした。 椿がいれば、主に家人のお使いをさせる気かと、叱られただろう。けれど、その日は運よく椿はおらず、朔夜はそれを許してくれた。 『仕方のない奴だな』と、云って。 その問答は、今も続いている。 日影はいまだ、欲しいものの答えを出せてはいない。 朔夜の夕食に出す干物か漬物で答えを補い続け、時折り、椿の目を盗んでは家人仲間の欲しいものを買って来てもらう。 それにしても、と考える。 よくもまぁ。飽きもせずに
――
三年も、続けられるものだ。 その
不易
(
ふえき
)
な
執念
(
しゅうねん
)
に感心すら覚える。 律儀と云えば、聞こえもいい
――
けれど。 日影には、それが時折、ひどく痛々しいものにも見えてしまう。 実際は、朔夜に気を惹こうとする意図も、日影に寄り添おうとする繊細さも感じられたことは、ない。 もし、本当に、そんな意図や繊細さが朔夜の中にわずかでもあったなら、こんな問答はすでに終わっていたはずだ。 それほどに、日影にはその応酬が、苦痛でしかなかった。 朔夜もそれと知っていながら、続けているような節もある。 長躯の広い肩を見せる朔夜は、その容貌を柔和で美麗に整える美丈夫だ。九十九には珍しい、金糸のような髪と緑黄色の眸に、惹かれない老若男女を見たことがない。 その為、優しい主の側に仕えることができるなんて本当に羨ましい
――
と、云うわれる。 けれど、朔夜の本性を知らないからそんなことが云えるのだ。 出掛けの問答に限らず、朔夜には平気で苦しむ人を責め続ける鬼のような所がある。まるで泰然と不易な強圧を加え続ける。そこに、温情も憐情も感じられない。 だから、朔夜の行動を痛々しく感じるのは多分、日影自身の中の問題なのだろう
――
と。 一瞬、己の中にある昏い想いに火が灯り、打ち消す様に、軽く頭を振った。 戻れない過去を思い出して、何になるというのか。 チリン、リン。 カラン、リン。
――
と、鈴が鳴る。 ただ、その朔夜の出掛けの問答の中で、変わったこともある。 いつまでも、自分の欲しいものを云わない日影の代わりのように、朔夜は日影の物を勝手に買ってくるようになってしまったのだ。 その一つが、この鈴の音のする、番傘だ。 『いい子に、留守番を預かっているようだから』 そう言って、子ども扱いをするようになった。 まぁ、子どもなのだから仕方のないこと、なのだけれど。 その『いい子で留守番』の言い回しが、少し気になった。 けれど、丁度
舞踊
(
ぶよう
)
を習うようになっていた日影にとって、嬉しい贈り物に変わりはなかった。 そうか、あれからまだ三年しか経っていないのか……と、物思いに耽りそうになる頭を叱りつけるように「やめやめ!」と
独
(
ひと
)
り
言
(
ご
)
ちる。 チリン、リン。 カラン、リン。 鈴の音を聞きたくなり、歩調を速めた。 気づけば、六林道はあっという間に終わり、神代屋敷の建つ丘の麓にある
阿波霧
(
あわぎり
)
の
邑
(
まち
)
が見えてきた。 日影は阿波霧まで真っ直ぐに伸びる広い
土道
(
つちみち
)
を避け、田園を巡るように続く細いじゃりの脇道へと足を向ける。 さすがに、もう弾むように歩くことはしない。 屋敷と麓を繋ぐ六林道とは違い、下へ降りれば、どこから人の目があるのかも解らない。 日影は
努
(
つと
)
めて
慎
(
つつ
)
ましく、
厳
(
おごそ
)
かに。 表情は硬く整え、
静々
(
しずしず
)
と足を進める。 教育係の
椿
風に言えば、神代屋敷の家人たる品位を疑われてはならない、ためである。 神代屋敷に仕える者の姿は、遠目にもすぐにそれとわかる。 一般的な
小袖
(
こそで
)
の着物とは異なり、
白衣
(
しろごろも
)
に
緋袴
(
ひばかま
)
の
巫子装束
(
みこしょうぞく
)
。男女の区別なく揃えられる。神代屋敷の家人に共通する装束である。 所用で屋敷を離れる際は、
菖蒲
(
しょうぶ
)
の
紫紋
(
むらさきもん
)
があしらわれた白い広袖の着用が義務付けられている。 そのため、その姿で邑の中を歩けば、否応なく人目を引く。 故に日影は、用向きの
行
き
には必ず、人目の少ない道を選ぶ癖がついていた。 脇道を暫く進み、小さな土手を降りる。 青い稲穂が一面に揺れる田園の
畦道
(
あぜみち
)
を抜け、畦の間を流れる水路に沿って足を運べば、さらさらとした水の音が耳に心地よく届く。 チリン、リン
――
。 カラン、リン
――
。 歩調に合わせて、鈴の音もゆったりと揺れて鳴る。 向かう先に、此方へと手を合わせる農夫の姿が見えた。 神代屋敷の装束に気づけば、大抵の者は、そうして手を合わせる。 不思議なものだ。 自分には、何のご利益もないのに
――
と、自然と心が冷めていく。 神代屋敷に仕えている
――
ただそれだけで、その威光は人の目を
眩
(
くら
)
ませるのだ。 神代たる朔夜へと向けるものならば、理解もできる。 人を喰らう悪鬼魍魎を狩り、瘴気を祓い、人々の暮らしを護り、安寧を
齎
(
もたら
)
す。日輪の神より
浄火
(
じょうか
)
の炎を授かる者なのだから。 けれど、日影はただの人だ。 普通の。否、それ以下だと云われる変わり色の髪と眸をもつ身だ。などと、卑屈になれば、教育係の椿も一緒に湧き出て日影を叱る。 『卑屈とは。背中を丸くし根性を捻じ曲げ、人を醜く貶める瘴毒の如し。背筋を伸ばし、顎を引き、呼吸を整えなさい。腹に力を入れるのです。丹田ですよ。丹田!!』 椿はそう云って、卑屈なことを云う家人には、腹の力の鍛錬を強いてくる。 思い出しただけで、背筋が勝手に伸びてしまう。 朔夜に、傘を買い与えられ、日の下を歩けることが楽しくなった日影は、ある時、朔夜に誘われ椿と三人で麓の阿波霧へと降りたことがあった。 阿波霧の賑わいは、朔夜の姿を見るや、行き交う人の波がふと停まり、さもそれが自然なことのように道が開けた。背中を丸めたように手を合わせる人々が、道脇へと静かに並んでいく。 その光景は、今も忘れられない。 それがあまりにも異様に見えて、日影は怖くなった。 不安に駆られて、つい朔夜の羽織衣の袖を曳いて、『何故。手を合わせるの?」と礼もなく問うと、朔夜は「さぁ、わからない」と軽い口調で答えて、笑った。 本当は判っていたくせに、ただ安心させるためにそう云ったのか、それとも、深く考える必要もないと、軽く流しただけなのか。 朔夜らしいのは、だぶん後者だろう。 それが神代たる朔夜に向けられた崇敬であり、人々が平穏を祈るための儀式的な
儀礼
(
ぎれい
)
なのだと理解したとき、怖さは消えた。 けれど、その代わりにその姿が
――
嫌いになった。 日影は、傘を目深にし通り過ぎ様に、一瞬、立ち止まると膝を少し折り曲げる礼をする。神代屋敷で務める家人は、主以外に頭を下げない。その代わりに、こうして辞儀を示すのだ。 そうして、足早に農夫の前を通り過ぎる。 畦道の終りへ向かい、土手を上がり、じゃりの細道を辿れば、守也様の住む屋敷のある邑が、見えてくるはずだ。 だが、左手に大樹の並ぶ森が見えてきたところで、この細道を素直に通してくれない者達のことを思い出した。 甘蜜に気を取られ過ぎていたと、己の失念に唇を噛む。 ★続きは序章1-1→
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