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第二話【部下】真夜中、部屋に連れ込む

 ひと夜の都合のいい相手を探しに、ときどき顔を出すバーへ出向いたが空振りだった。わざわざ仕事から帰ってシャワーを浴び、着替えてから出掛けたのに。  顔見知りの常連たちと、時間をかけてダラダラと飲んで、愚痴を言い合っていたら終電を逃した。しかたなく線路沿いを一人でトボトボ歩いて帰ってきた。  燻った気持ちが少しもスッキリしないまま、マンションに辿り着いたのは午前三時少し前。空には三日月が浮かんでいる。  エントランスの植え込みに、男の子が所在なげに座っているのが目に留まった。男の子と言っても、未成年ではなさそうだ。二十代前半くらいだろうか。  スマホを触るでもなく、目の前の幹線道路を行き交う車をただ眺めている佇まいが、浮世離れしていた。  まだ酔いが醒めていない俺は、フラフラと近寄って行って声を掛ける。 「なぁ、どうしたの?こんな時間に。誰かを待ってんの?」  男の子は、俺を見てハッとした顔をする。その顔は綺麗に整っていて、大好きな山野部長に少し似ていた。  このところ、心がザワザワとした日々が続いている。山野部長の様子がおかしいからだ。  あの人、いつも遅い時間まで残業をしていたのに、突然、定時で帰るようになった。  最初は体の具合でも悪いのかと心配になったけれど、最近どんどんと肌艶がよくなっている。  毎日が平坦で浮き沈みのない堅実な生活を送ってますって顔をしていたのに、表情が豊かになった。  仕事中、山野部長を盗み見る度に、何かを思い出すような楽しげな顔をしていたり、考え込んでいたり、ポーっとしていたりする。  もしかして、恋人でもできたのだろうか?五十才を過ぎているとはいえ、山野部長は渋くてやさしいから、そんな人が現れたって少しも不思議ではない。  目元にシワの刻まれた眼鏡の横顔を見れば、若い頃はうんとイケメンで、うんとモテただろうと容易に想像できた。  俺は幼い頃に父親を亡くしている。そのせいか、ちょっと枯れた感じのおじさんが大好きだ。  山野部長はかなり理想的で、同じ部署に配属されてから三年間、ずっと想いを寄せている。  二十八才が五十四才を好きになっても、気持ちは仕舞い込むしかない。だからこそ気づかれないよう慎重に、部長のことを目で追ってしまう。  俺がゲイであることを知っている友達は何人もいるのに、おじさん好きだとは誰にも言ったことがない。  小学六年のとき、教頭先生のことが本気で好きで、それをチラっと口に出したときの周りの反応を見て以来ずっと黙っている。  そんなだから今まで年上と付き合った経験は無く、いつも年下とばかり関係を持っている。そして必然的に上手くいかず長続きしないのだが、まぁ仕方がない。  おじさんは付き合うよりも、遠くから眺めて愛でるもの。  万が一にも俺が好いてることがバレぬよう、気を使う日々。山野部長と話しをするときには、どんなに胸がときめいても、できるだけ素っ気ない態度を取るよう心掛けている。  植え込みに座っていた男の子は、小さな声で「人を待っています……」と答えた。 「ふーん。来ないの?その人」  そう聞き返せば、考えこむように首を傾げる。まだ学生だろうか。少し幼さが残っていた。  なのに随分とおじさんみたいな服を着ている子だった。靴も、カバンもこの男の子の持ち物には見えない渋いセレクションだ。髪型だって今っぽくない。 「それはさ、マッチングアプリとかそういう出会い系?」 「え?」 「いや、言いたくないなら、言わなくていいぜ。でも、すっぽかされたんじゃねぇの?」  そう伝えたら、黙って俯いてしまった。 「ちょっと待ってろ」  酔って歩いてくる道中は感じなかったが、夜中はまだまだ気温が低い。マンション脇にある自販機で缶コーヒーを買ってきて「はい」と渡して隣に座る。  男の子はなぜか酷く緊張していて、アワアワしながら受け取ってくれた。僅かに触れ合った指先が冷えきっている。 「その待ち人が来るまで、ずっとここで待つつもり?」 「いや、それは、あの……」  俯いていた男の子は意を決したように顔を上げ、じっと俺の眼を見つめてくる。視力が悪いのか、顔の距離が妙に近かった。  冷たい夜風が吹き抜けたけれど、俺の酔いは醒めないままで。  だから……だから……。 「なぁ。俺、このマンション住んでるんだけどさ、ちょっと寄ってくか?ここ寒いだろ?」  そう誘ってしまった。断られれば「冗談だよ」と笑って誤魔化せばいいと思って。 「え?あっ、はい!」  予想に反した答えが返ってくる。  座っていた植え込みから勢いよく立ち上がったその子は、俺よりも少しだけ背が高かった。  渡してやった缶コーヒーは開封されないまま、大切そうにカバンへと仕舞われた。  エントランスでエレベーターを待ちながら、考える。  この子が待ち合わせをしていたのは、男か女か。俺の勘では男だと思うし、俺をそういう目で見ていると熱を感じた。  エレベーターに乗り込み、五階に上がるまでの短い時間、試すようにフワっとしたキスをしてみる。身体をビクっとさせ固まってしまったけれど、嫌がる素振りは全くない。  むしろ顔を真っ赤にしながら、俺の手首を掴んできた。  やっぱりこの子、山野部長に顔も雰囲気も似ている。部長の二十才の頃は、きっとこんなイケメンだっただろう。  そう思うと、燻っていた欲にメラメラと火が着いた。  エレベーターが五階で開いた瞬間、肩を抱き寄せ、自分の部屋の前までズンズンと連れていく。  ガチャガチャと鍵を差し込んでドアを開け、もつれるように玄関に入り込み、唇と唇を合わせる。  若いし、大した経験もないだろうと思った。なんなら初めてかもしれないと。色々教えてやりたい、なんて年上ぶった優越感を感じながら、唇を割って舌を潜り込ませる。  彼の口の中は熱く、舌が俺を待ち構えていたように絡んできた。  ハムっと唇を喰んできて「んぁっ」と息継ぎをするように小さな声を溢す。角度を変えては何度も何度も舌を絡め合い、深いキスをした。  キスをリードしていたのは、明らかに俺ではなく、このトロンとした眼になった男の子の方だった……。 「ベ、ベッドへ行こう、な?」  息を切らしながらそう訊くと、コクリと頷いてくれた。 「オマエ、名前は?」  玄関で靴を脱ぎ散らかしながら問えば、一瞬言い淀んだけれど「……リョウ」と教えてくれる。山野部長と名前まで似ている。あの人の名は「良一郎」だ。 「何才?」 「ハタチ。……アナタのことは、なんて呼べばいいですか?」  俺も一瞬迷った。そもそも家を知られた訳だし、表札の「青木」って文字だって見られただろう。  それでも「響一」という名を伏せて「ヒビキ」と名乗った。  ベッドを前にしてしっかりと抱き合えば、リョウの股間は硬く大きくなっていて、ゴツゴツと俺の下腹部に当たる。  それを確認すれば、俺だってあっという間に昂ってしまう。 「俺が抱くほうでいい?」  耳元で囁いて確認すれば「はい」と頷いてくれた。ガチャガチャとベルトを外してやり、ズボンを脱がしてやる。  履いていたのは、やっぱりおじさんみたいなストライプ柄のトランクスだったし、靴下もおじさんしか買わないような代物だった。  それでも清潔感はあるし、肌はピチピチとしていて、なんだかとてもちぐはぐな子だ。  トランクスの上から、大きくなった陰茎を揉みしだけば、気持ち良さそうに腰を揺らす。 「リョウ……」  名を呼んで首筋にキスを落としてから、ベッドに押し倒した。  俺もジーンズを脱ぐ。Tシャツも脱ぎ捨て、ゴムとローションを取り出すために、ベッド脇の引き出しを開けた。  久しく恋人と呼べる人はいなかったから、ローションは買い足されていなくて、残りわずかだった。ゴムは箱があったのに中身は空っぽだった。 「リョウ、ゴム持っている?」  ブルブルと首を横に振る。あー、しくじった。 「悪い。ゴム無かった。中、挿れないから、続けてもいい?」  コクリコクリと頷いてくれた。互いにこんなところで止めるなんて、無理な話だ。 「気持ち良くしてやるから。な?」  シャツのボタンをはずしていけば、中におじさんみたいな白い肌着を着ていた。  それを捲り上げ、ヘソから上に向かって、チュッチュッとキスを落としていく。  胸までたどり着き、ピンク色にぷっくりと膨れた左側の乳首を口に含み、舌で転がすように舐めた。  右側は指でつぶすようにコリコリと弄る。  リョウは気持ち良さそうに顔を赤らめ「ふぅふぅ」と甘い息を吐く。感じやすい体質なのだろう。口が半開きで蕩けた表情が可愛い。  トランクスには、早くも先走りで濡れたシミが出来ていたから、するりと脱がしてやった。  ローションを手のひらに垂らし中指に絡め、後孔の入り口を撫でるように触る。  プニュっと指を入れれば、普段から自分で触っているのがよく分かるくらい、柔らかかった。 「んっ」 「気持ちいい?」 「んぁっ」  奥へ奥へと指を進めれば、潤んだ目で俺を見つめてくるから目尻をペロッと舌で舐めた。  リョウのイイ場所を探しだす為に、指を二本に増やし中でグリグリと蠢かす。  リョウがビクっと身体を反らせる箇所があり「ここ好きなの?」と聞きながら、執拗にそこを攻める。 「ア、ヒ、ヒビキさん、あっ、あっ、いい、いい...」  リョウの中の粘膜が俺の指に纏わりついてくるから、俺も興奮し「はぁはぁ」と呼吸が荒くなる。  リョウは我慢ができないのか、自分のモノを握り上下にしごき出した。 「いいよ、イッて」  そう声を掛け、指を激しく動かせば、リョウの喘ぐ声がグッと大きくなる。 「んぁっ、あ、イイっ、あっ、きもち、いい、いい、あっ」  中がうねるように収縮して、リョウのモノから勢いよく白濁が飛び散った。 「リョウ、四つん這いになって」  まだ「ふぅふぅ」と息が整わないリョウに手を貸し、姿勢を変えさせる。 「足、しっかり閉じて」  股の間に自分の陰茎を突っ込み、擬似的なセックスをする。きっちりと閉じられたリョウの間を、俺の硬くはち切れそうなモノが、出たり入ったりを繰り返す。 「リ、リョウ」  俺の先走りとリョウの後孔に塗りたくったローションのせいで、ヌルヌルとよく滑った。 「あっ、んぁっ、いい、う、うらが、こすれて、あっ、きもち、きもち、いい、あっ」  リョウの掠れたイヤらしい声と合わせ、グジュグジュと擦れる水音が部屋に響く。 「あっ、だめ、あっ、また、またイっちゃう、ヒ、ヒビキさん、あっ、イ、イクっ」  リョウが背中をのけ反らせたとき、俺も堪らず吐精した。  狭いシングルベッドで、二人並んで天井を見上げる。ほんの一時間前に偶然出会った男と、こんな風にやる経験が、今までも無かったわけではない。けれどそうした行為には、虚しさが付き物だった。  不思議なことにリョウとの行為は、まるで何年も前から想い合っていたかのように、心が通じ合えたと錯覚できた。  そんな訳がないのに……。まだ酔いが醒めていないのかもしれない。 「リョウ、そんなにしたかった?誰でもよかった?」  そう聞きながら、頬を撫でてやる。  うつらうつらしているリョウは、その質問には答えず俺の髪へ手を伸ばし「ヒビキさん……」と幸せそうに名を呼んでくれた。  どうして今夜偶然あったばかりの俺を、そんな愛おしそうな眼で見てくれるのか。 「寝るといいよ。俺も八時までは眠るからさ」 そう告げれば「はい」とまだ腹の奥に気持ち良さが残っているような顔をして、ゆっくり目を閉じた……。  あぁ、やっぱり最後までやりたかった。そしたら互いにもっともっと満足できただろうに。  一瞬の静寂ののち、リョウが飛び起きる。 「えっ、ナニ?ビックリしたっ!」 「今、何時ですか?」 「うん?あと十分で四時。八時まで四時間は眠れるぜ」 「え、あっ、ごめんなさい。俺、もう帰らないと」  急に慌て出したリョウは、バタバタと脱ぎ捨てた洋服を書き集め、シャツに腕を通す。 「ヒビキさん、また会ってもらえますか?」  そう言ってくれたから、メッセージアプリのIDを交換しようとすると「あ、それは今は無理で」と口籠る。  理由を聞こうとしたけれど「とにかく、もう帰ります」と玄関で大慌てで靴を履いている。 「じゃあさ、会いたくなったらインターフォン鳴らして。ここ503号室だから」 「真夜中でもいいですか?」 「うん?あぁいいよ。待ってる」 「はい、必ず」 「リョウ」  呼び止めて、チュッと触れるだけのキスをすると、嬉しそうに、はにかんでくれた。 「おやすみなさい」  バタンとドアが閉められた。  ベランダに出て、上から手を振ってやろうと思った。  なのに、エントランスから出てきたリョウは、上を見上げることもなく、走って路地を曲がって行ってしまった。何をそんなに急いでいたのか。 「リョウ、ゴム買っておくからな!」  ベランダから叫んでみたけれど、聴こえたかは分からない。  スマホを見ると三時五十七分で、俺はそのままベランダで煙草を一本吸った。  部屋に戻れば、さっきまで事に及んでいたベッドに、リョウの痕跡と丸まったティッシュが残っていた。

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