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第八話【部下】念願叶って部長と……

 昨年より十日も早く桜が開花した。  山野部長は桜が満開になる頃に若返り現象が終わると考えているようで、桜の話題が耳に入る度に眉毛がハの字の、酷く悲しそうな顔をする。  やはり、リョウの姿になるのが好きだったのだろうか。確かにリョウは美しい。シワもシミもない若い肌だけでなく、少し幼さを残す甘めの顔立ちは綺麗に整っていて可愛い。  若い頃の部長はどれだけモテたのだろうと、今更心配になってしまう程だ。  部長が都市伝説と囁かれるような病に罹っていることが分かってから、俺はリョウを「若い頃の部長」とハッキリ認識し抱いている。  好きになった人の、若い頃の容姿と接触が持てるなんて、そりゃ興奮するに決まっている。  確かに都市伝説のことを知った日には、俺も随分と混乱した。  まず確かめたかったのは、リョウの姿の時、心の中は誰なのか?ということだ。  部長からリョウになり、また部長に戻る時間をベッドで共にして分かったことは、身体のみが若返るということだ。  心は地続きで、リョウの間も中身は部長。もちろん部長に戻ってからもリョウになっていた時の気持ちが持続している。  ただ、リョウになっている間は少しだけ脳も若返るのか、行動が大胆になる。それは俺にとってプラスポイントでしかない。  リョウとしてヒビキを好いてくれているなら、山野部長としても部下である俺を嫌いなわけがない。今ではそう信じて、疑っていない。  おそらく残り数日で、部長の若返り現象は終わる。そしたら、後遺症として強い性欲が残るのだという。  つまりだ。  どうやら今は勃たない部長と、セックスをすることができるのだ。俺はその日がくるのが楽しみで仕方がない。  きっともうすぐその日はやってくる。  金曜に部長のマンションに泊まり、土曜の朝を迎えるのも三回目となった。  リョウの姿で高い声で喘いでいた部長が五十代に戻り、眠りに着いたのは四時過ぎだ。二人とも裸のまま互いの体温を感じ、気持ちよく眠っていた。  枕元でスマホが鳴り、意識が浮上する。眼を開ければカーテン越しに明るい陽射しが燦々と降り注いでいた。「土曜に誰だろう?」と画面を見ると、社長の息子からで慌てて通話ボタンを押す。 「青木。一昨日、本社に送ってくれって頼んだ試作品、クライアントの東京事業所に送っただろ?」 「え?はい。東京事業所へという、指示でしたから」 「あーん?俺は本社って頼んだはずだぞ。先方はカンカンだ。すぐにピックアップしてこっちへ運んでこい、夕方までにだ」 「名古屋に?」 「そうだ」  部長にも全て聴こえていたようで、眠そうにしながらもベッドの上で身体を起こし、俺の顔を眺めている。  時計を見るともう昼の十二時近かった。  色々と言いたいことはあったけれど、今日の夕方にあの試作品がないと困るのは確かなのだろう。 「クライアントの事業所に寄って、本社へ行ってきます」  部長にそう伝えながら、昨日着てきたスーツを身につける。 「青木は事業所に電話をしてくれ。私が取りに行くから。その間に一旦家に帰り着替えなさい。東京駅で落ち合おう。私も一緒に本社へ行くから」  申し訳ないと思ったけれど、部長が一緒に行ってくれたほうが心強い。 「よろしくお願いします」と頭を下げた。  新幹線の中からスマホでクラウドにアクセスし、社長の息子とのメールやり取りを確認したが、確かに事業所へという指示を受け取っていた。  理不尽に思いながら車窓を見れば、満開には遠くても、ピンクに色付いた桜の木が何本も目に入った。    名古屋駅に着いたのは十五時半だった。途中でメッセージが届き、本社ではなく息子も暮らす社長宅へ持って行くことになった。  十六時に到着するなり「遅いっ」と怒鳴ってきた息子は俺が一人ではなく、部長と一緒だったことに驚いている。 「部下が指示通りに行ったことを一方的に責められるのは、黙って見ていられませんから。貴方は自分が指示を間違えたと非を認め、運んできくださいと頭を下げることができないのですか?」  息子はムスっとして「とにかく急ぐからそれを寄越せ」と荷物を奪い、車で出掛けて行った。  息子が身勝手なのはいつものことだが、部長が自分の味方をしてくれたことで、溜飲が下がった。 「あれ?良ちゃん。どうした?」 「あぁ、健ちゃん。健ちゃんの息子に振り回されたんだよ。もう少し何とかならないのか?あの子は。小さい頃は素直だったのに」 「また迷惑かけたのか、あの馬鹿。それは申し訳なかった。やっぱり一度、違う会社に出さないとダメだな」  普段の社長と部長の会話からは掛け離れた親しさに、驚く。 「青木も土曜なのにご苦労だったな。良ちゃんちで、美味い物でも食べてから帰れよ」 「良ちゃんち?」 「すぐそこの居酒屋だよ。青木は知らなかったか?俺たち小学校から大学まで同じ学校に通った幼馴染なんだ」 「え?いや、全く知りませんでした」  社長夫人がコーヒーを運んできてくれたから、ソファに腰を落ち着け、ご馳走になる。 「良ちゃんは男前で格好良いのに、可愛いところもあってな。二十才の頃なんてモテてモテて、仕方がなかったんだぞ。な?」 「うるさいよ」 「写真とかないんですか?」 「青木も何を言うの?」 「写真、あるよ、ある。見るか?今持ってきてやる」  思わぬところでリョウの写真を見る機会に恵まれた。  社長は何冊ものアルバムを見せてくれた。そこに写っていたのは、正に自分のよく知っているリョウで、とても不思議な気分だった。 「この写真は?」 「それは子どもの頃の誕生日パーティだ。確か三月だったな、良ちゃんの誕生日」 「うん?あっそうだ。……今日だ、五十五才の誕生日。すっかり忘れていたよ」 「五十過ぎたら年齢なんてあやふやだもんな」  そう笑いながらも、飲み会好きの社長は「思い出したからには、祝ってやらねぇと」と、色んな人に電話をかけ始め、人を集めている。  会場は、部長のお兄さんが継いでいるという実家の居酒屋らしい。  暇を持て余したおじさんたちが、あっという間に十人以上、店に集まってきた。  皆、男子高の同級生だという。 「おぉ、良ちゃん、誕生日だって?おめでとう」  あちらこちらで、皆が乾杯をしている。  社長が俺のことを「良ちゃんが可愛がっている部下の青木だ」と説明してくれるから、悪い気はしなかった。それに、おじさん好きの俺にとっては心躍るものがあった。  しかし皆が皆、俺に言うのだ。 「良ちゃんは、格好よかった」「良ちゃんは、可愛かった」「良ちゃんは、俺たちのアイドルだった」と。 「知らなかっただろ?若造」とでも言うように、昔の部長を俺に自慢しようとする。更に、自分の手柄のように部長が上級生の男子にも、他校の女子にもモテまくったエピソードを聞かせてくる。何なのだろうか?  俺だってリョウを知っている、アンタ達に負けないくらい。そう言いたかったが、言えるわけはなかった。  当の部長は誕生日を祝ってもらう立場のはずが、ビールや料理を運んだり、皿を下げたりといつの間にか店の手伝いをしていた。俺は、烏龍茶を飲みながらおじさん達の語る「良ちゃんの昔話」をひたすら聞かされ続けた。 「はい」「はい」と相槌を打ちながら、頭の中で「そうだ!リョウと写真を撮りたい!」と思いつく。一度、部長との添い寝写真を無理やり撮ったことはあったけれど、もうすぐ消えてしまうリョウとの画像は一枚もないから。  よく飲んでよく食べたおじさん達は、社長に連れられて次の店へと移動していった。  部長は「後で行くから」と店に残り、手を振って皆を見送っている。おじさんたちは、既に何を理由に飲み始めたのか忘れているだろう。 「青木、帰ろうか」  店のエプロンをお兄さんに返した部長は、俺にそう言った。 「今なら最終の新幹線に間に合うだろう」 「はい」  部長が、あのおじさんたちではなく自分を選んでくれたような気がして、とてもうれしく思った。きっとまた、懐いた犬のように見えない尻尾をブンブンと振ってしまっているだろう。  新幹線は零時前に東京駅に到着した。そのまま電車を乗り換え、マンションの最寄り駅に向かっている。 「あの、部長。実はリョウと写真が撮りたいんです。一枚くらい残しておきたくて。今夜またマンションにお邪魔してもいいですか?」 「写真か……。そうか、そうだね。撮ろうか、一緒に。来週の金曜まで待っていたらリョウは居なくなってしまうかもしれないからね、今夜撮るのがいいね」  部長はまた酷く悲しそうな顔になった。    深夜一時前には、部長のマンションに辿り着いた。交代でシャワーを浴び、昨晩も借りた部屋着に着替えた。二人でベッドに入り、天井を見上げながら大人しく二時になるのを待つ。 「そうだ、部長。日付が変わってしまいましたが、お誕生日おめでとうございます」 「フフ。ありがとう。青木に祝ってもらえて、うれしかったよ」 「社長と幼馴染だとは、驚きました」 「私、結構有名なとこに就職したんだけど、社会人二年目で上役と不倫してね。相手はもちろん男性だよ。結局バレて、勤め先を首になって。困っていたところを健ちゃんに拾ってもらったんだよ」 「なるほど」 「それにしても、今日は移動距離も多くて疲れたな」 「はい、本当に……」  俺が欠伸をすれば、部長も大きな欠伸をした。二時まではまだ五分あった。部長の方に身体を向け、肩に顔を埋め甘えた。部長も俺のほうを向いて、背中に腕を回してくれた。  ……。  ハッとして壁の時計を見ると、もう三時半だった。いつの間にか二人とも寝入ってしまったようだ。互いに何度か寝返りを繰り返したようで、リョウはこちらに背中を向けていた。 「リョウ、俺、寝っちゃってたよ。リョウ?」  背中を揺すって起こそうとすると、また寝返りを打って身体がこちらを向いた。 「リョウ?」  熟睡している顔を覗き込み、その後、スマホを手繰り寄せ時間を見る。間違いなく深夜三時半だった。けれど、隣に眠っているのはリョウではなく、山野部長そのものだ。  どうやら治ってしまったようだ、若返る病が。もうリョウとは写真も撮れないし、二度と会えないのだ。  けれど、後遺症の話が本当であれば、性欲は部長に残ってる。ようやく部長とセックスすることが叶うだろう。    掛布団の中に潜り込んで、眠っている部長のスウェットをゆっくりズラし、太腿を撫でた。  ピチピチと張りのあるリョウの肌に比べ、部長の皮膚は柔らかく触り心地がいい。  気持ちが急いてしまうけれど、まずは部長の陰茎が勃ち上がるのか確かめなければ先へは進めない。慎重に不快感を与えないように、ゆっくりと先端を舌で舐め、徐々に頬張るように咥えこんでゆく。  部長が「んっ」と鼻にかかった息を漏らしたあたりから、陰茎は質量を増し、口の中で存在感を顕にしていった。  トレーナーの中へと手を伸ばし、胸の突起も指で弄る。乳首は少しカサカサしているけれど、感度は良くぷくりと膨らみ、擦るように触れば部長の呼吸が乱れてきた。 「ヒ、ヒビキさん?」  眠りから目覚めたての部長が問いかけてくる。俺は口淫を解き「違う、青木ですよ。部長」と返事をした。 「青木……」 「そう。部長、俺とセックスしましょうよ」  引き出しから勝手にローションを取り出し、たっぷりと指に纏う。リョウの身体とは違い、部長の後孔はしばらくの間、使われていなかったのだろう。硬く閉じたそこに指を捩じ込むと、部長はそれだけで興奮したように悶えた。  一旦指を抜き、更にローションを足した。今度はもう少し奥まで指で探っていくと、部長は俺にしがみついてくる。  渋くて頼りになってやさしい部長が、リョウよりも少しだけ低い声で「あっ、んぁっ、んっ」と喘ぎ、湧き上がる快楽に戸惑いを見せている。  指を増やし、リョウが好きだった箇所に触れれば、いい場所は同じらしく「ダ、ダメっ」と部長の声が裏返った。  中で動かしている指に、部長の粘膜が纏わりついてきて、実にイヤらしい。 「ねぇ、部長。分かってます?これリョウの身体じゃないですよ」 「へ?」 「ほら」と、反対の手で硬く勃ち上がった陰茎を上下にしごいてやれば先端から蜜が溢れこぼれ落ちた。  部長は引き出しの上の眼鏡を手探りで取り、顔に乗せ自分の股間を覗き込む。 「し、白髪が、ある」  そんなことで若返っているかどうか確かめようとする部長が、可笑しくて笑ってしまった。  指をもう一度引き抜くと「ふぁっ」と気持ちよさそうな声を上げる。 「もう少しよく解しますから」  そう告げ、更にローションを足して再度指を突っ込み、クチュクチュと卑猥な音を立てながら入り口を広げるように弄った。  部長は混乱しているようだった。  リョウではない自分が、部下である青木とセックスしようとしている現状に。それでも部長の身体はあからさまに快楽を求めて、腰を揺らし、より強い刺激を求めようとしている。 「ぶ、部長、もう、もう、挿れさせてくださいっ」  コクリと頷いてくれる部長のスウェットと下着とトレーナーを剥ぎ取り、自分の着ていた物もベッド下に投げ捨てた。  部長の足を持ち上げ、反り返ったモノを宛てがい、自重をかけてズブリと押し込む。  腹の中がいっぱいで苦しそうにする部長の表情に、俺の興奮は加速する。身体を折りたたみ密着して唇を合わせた。  舌を絡め取り、口内を舐め、唇を喰む。接触している素肌は、リョウより少しだけ腹回りの肉付きがよく、そのクッションが堪らなく心地よい。  熟成した男の身体と色気は、俺にとって媚薬でしかなかった。 「う、動いて、青木っ」  部長の中に挿れた陰茎をゆっくりと引き出し、ズシンと奥へ押し込む。またゆっくりと引き出し、奥へ強く捩じ込む。  引いても押しても、部長は嬌声をあげ気持ちよさそうに、首を反らす。それを何度も何度も繰り返した。 「もう、もう、イきたい、あ、青木、イきたい、イかせて、ねぇ、あっ、もう、あっ、イかせてっ」  苦しい程の気持ち良さが、部長を襲っているのだろう。 「ねぇ、もう、もうダメっ、あっ奥っ、イ、いい、ねぇ、あっ、イ、イっちゃっ」  震えながらイった部長の顔を、逃さずしかと見た。恐ろしく艶っぽく、最高にエロかった。 「部長、もう少し、だけ、付き合って、くだ、さいっ」  達して敏感になっている部長の中に、ガクガクと腰を打ちつければ、更なる甘い声をあげ続けた。部長の後孔はビクビクと収縮し搾り取るように俺を締め上げる。  あまりの気持ち良さに頭が真っ白になり、呻きながら吐精した。  二人で、はぁはぁと息を乱し、何度も何度も触れるだけのキスを交わした。  呼吸が落ち着いても何の会話もなく、裸のまま後ろからただただ部長を抱きしめ、余韻に浸った。  外はだんだんと明るくなってきて、もうすぐ夜が明ける。  俺はベッドを降り、脱ぎ捨てた服を身に纏ってカーテンを開けベランダへ出た。空は紅く朝焼けをしていて、遠くにはスカイツリーも見えた。あぁこの景色だったのだ、リョウがアイコンにしていた写真は……。  部長も服を着て窓際までやってくる。俺の背後に立ち同じ空を見ながら「綺麗だな」と言った。そして「今までありがとう」とまるで別れとも取れる言葉を口にするから、ゆっくりと振り向き、眼鏡を掛けたその表情を見る。  それは桜の満開が近づくと共に見せていた、あのハの字眉毛の酷く悲しそうな顔だった。  俺はようやく部長の悲しみの理由に思い至る。部長は俺が若返ったリョウのことだけを好きだと、思い込んでいるのだ。違うのに。俺が好きなのは部長なのに。 「部長……」  うんと愛を込めてそう呼びかけると、数センチ低いベランダへと降りてきてくれた。  そっと顔を寄せ唇を合わせる。部長はそれだけで「ぁっ」と甘い吐息を溢した。  きっとすぐに気がつくだろう。俺がリョウよりも部長を愛していることに。  今後は、後遺症だと言われるその性欲の全てを、俺に委ねてくれればいい。

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