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第1話-1
国武N「アルテミス計画に、火星探査、宇宙望遠鏡。H3ロケット、小型衛星、木造衛星。人類の宇宙開発はどんどん進んでいるけれど、何百億光年先までに手が届くのはいつになるだろう。その間に、太陽が尽き、地球も尽きてしまうかもしれない。その間に、地球は生物たちの全滅をまた経験するかもしれない。俺たち人類は、そんな世界では儚い存在だ。でも、愛を自覚し、愛を語れるのは人類だけ。愛のストーリーを作るのも、それを星たちに託すのも、人類だけ。そんな奇跡だらけの地球と俺たち。宇宙にとっては流星のように瞬間でも、俺たちにとってはハレー彗星が1周回る時間のような一生で大切な奇跡の恋」
地方の市内プラネタリウム。
「大好きな人がいた」
ドームに2人で星空と彗星を観ているシーンが出る。
「冬の星空の下で、金星と銀星を見つけて、僕たちはずっと一緒にいようねと微笑み合った」
星たちと関連するストーリーが流れている。
暗いプラネタリウムの中の端に立って、全体を眺めている国武。
ストーリーが終わる。
語り部「さあ、ふたご座のカストルとポルックスから生まれたラブストーリー、いかがだったでしょうか。これからの冬の空は澄んで天体観測の絶好の機会です。東の空に、金星と銀星の2人が仲良く並ぶ姿を見つけてみてください」
ドームの天井に、ふたご座の星とイラストが映し出される。
矢萩の自宅。
T: 2023年・11月
デスクでエントリーシートを記入している矢萩。
書き終わり、力を抜いてふうとため息を吐く。
矢萩N「それは5年前にぷつりと途切れた」
JAXAのエントリーページに投稿して、椅子にだらんと体重をかける。
矢萩N「俺が終わらせてしまった」
デスクに立てかけた天体図の図鑑を手に取り、パラパラとめくる。
2月。冬の夜の東京駅前。
仕事終わりの矢萩、スマホを見ている。
矢萩M「そして、今は俺が終わらせられている。彼女からのLINEの17文字で」
彼女「もう終わりにしたいです ごめんなさい」
矢萩「なんじゃそら……」
食い下がってみる。LINEに「ちゃんと会って話がしたい」
彼女「話すことはありません」
矢萩「俺も似たようなことしたことあるから、言えないか…」
矢萩N「2年半付き合って終わる」
矢萩「あーむなしー。非常に虚しい……。俺、なんかしたかあ?」
夜空を見上げるが、上弦の月は見えても星は全く見えない。
矢萩「……サリィさんとこ行こ」
ゲイバー・Sally's。
サリィ「あれ? あんた。久しぶりかしら?」
矢萩「えー、忘れちゃったー?」
サリィ「忘れちゃったー」
矢萩「彼女にまたフラれたっ!」
サリィ「だから、ここはそういうところじゃないわよ」
矢萩「いいじゃん! 男も女も同じでしょ。バイなの、仕方ないでしょ。なーんでかなあ。俺、結婚できないかもー。寂しー」
サリィ「あら、独身、楽しいわよ。好きに遊べるし。私も独り身」
矢萩「俺は無理だと思う」
サリィ「じゃあ、この中にいる客に誘ってみたら? あんたの容姿だと1人は付いて行く人いると思うわよ」
矢萩「うーん、いや。俺、知らない人とはダメ」
サリィ「あれ? そういえば、お付き合いしている男の子いなかった?」
矢萩「……彼女の前に別れてる」
サリィ「あんたさ、なんか逃げられるようなヘキでもあるの?」
矢萩「ないよ! ……多分……ホント、なんでって感じ……。別に遊んでた訳でも浮気してた訳でもないのに」
サリィ「じゃあ、愛が足りないんじゃない? それ」
お店を出て、夜道を歩いている。
矢萩M「そんなことはない。俺は俺なりに相手のことが好きになるし、好きを相手にも伝えてあげている。愛はあるつもり。彼女にもだし、その前の……」
立ち止まる。
矢萩M「一青にだってそうだった……。好きだった。そうじゃなきゃ、4年も半同棲してないし、大学と反対側の一青んちに毎日行ったりしてなかった」
矢萩M「なのに」
夜空を見上げる。やっぱり星は見えない。
矢萩M「別れて後悔した。後悔したから、次はと新しい恋に踏み出した。切り替えて、彼女とは上手にやろうとしていた。つもりだったんだけど、なあ」
ため息を吐く。
矢萩M「なのに」
矢萩「また、あいつのこと、思い出してるのか……」
帰宅すると、メールを開く。
JAXAからメールが届いている。
矢萩M「俺は、後悔して、思い出して、どうしたいんだ」
矢萩「……こっちもまた、か」
お祈りメールが届いている。
気が沈み、スーツ姿のままベッドにごろんと横になる。
枕元のプラネタリウムの機械のスイッチを入れると、天井に星空が現れる。
星空をしばらく見てから目を閉じる。
(オープニングタイトル)
9年前の5月の夜。街中。
T: 2015年・5月
矢萩、携帯で話しながら、松瀬と歩いている。
矢萩「うん。今からコンパ。だから、明日ならいいよ。えー、今日は難しいよー? ごめーん。だって、一応付き合いだし。ね? うんうん。じゃあ明日ね」
通話を終える。
松瀬「何、彼女?」
矢萩「ああ。コンパの後、会えないかって」
松瀬「モテてるね〜、君。新入生に手出さないか心配なんじゃないの?」
矢萩「俺、そんな節操悪くないよ」
2人、カジュアルイタリアンのお店に入る。
魚見「あ! 矢萩に松瀬、遅い! 始まってる!」
司会役の魚見(天文部部長)、マイクで呼び、手招きする。
矢萩「すみませーん」
魚見「当TK大学天文サークルへようこそ! じゃあ、新しく入会した子たちから自己紹介を」
矢萩N「その人の第一印象は」
国武「……T大学物理天文専攻2年の国武です……」
隣の国武の知り合いにマイクを渡す。
矢萩N「無愛想」
松瀬「T大。いかにも、頭良さそー」
矢萩N「なんとなく、こいつ将来JAXAとか天文台とかに行きそーだと思った」
魚見「ねえねえ、国武くんはなぜ2年生の今、うちに入ろうと思ってくれたのー?」
国武「……隣の人がしつこく誘ってきたから」
無愛想なまま、マイクなしで答える。
隣の知り合い、困った顔をする。一瞬、シーンとなる。
矢萩「……」
矢萩M「不器用か?」
自己紹介が終わり、各々談笑している。
女性の先輩1「あ、矢萩くん! それ、飲もうとしてんの、お酒じゃないよね? 君、誕生日6月でしょ。まだダメだからね」
絡んでくる。
矢萩「え、違うっすよ」
女性の先輩1「ほんと〜?」
矢萩「先輩、はい、じゃあ飲んでみてくださいよ」
女性の先輩1、飲んで確認する。
女性の先輩1「……酒じゃん」
矢萩「え、ジュースのはずなんですけど」
矢萩、飲もうとする。周りの1年の女子、色めく。
矢萩「……ホントだ。酒っぽい」
匂いを嗅ぎ、飲まずに先輩に渡す。
矢萩「じゃあ、先輩にあげます」
にこりとして、渡す。
女性の先輩1「……ちゃんとジュース頼んでね」
矢萩「はーい」
1年女子1「え、ホントにお酒だったんですか?」
矢萩「んー、そうだったみたい。お店の人が間違っちゃったんじゃないかな」
松瀬「嘘つけ。ジュースだろ、あれ」
1年女子たちと話し出す。
矢萩N「都内の大学にある天文サークル。そこは割と認知度があるからか、近隣の他の大学からも入る人が多い。俺も天文関係の専攻があるこの大学を目指してきた」
魚見「じゃあ、配った紙にあるように、今度夕方から山行って天体観測するから、皆さん参加してくださいね〜」
矢萩、トイレに行く。すれ違う男性の先輩1に話しかけられる。
男性の先輩1「矢萩は今度の山行く?」
矢萩「行きたいんですけどねー。彼女も構ってあげないといけなくて」
男性の先輩1「え、彼女いるの?」
矢萩「あれ? 知りませんでしたっけ?」
男性の先輩1「そっかあ、まあいいや。君がいるだけでこのサークルは安泰だから。でもなるべく来てほしいなー」
その時、国武、そばを通り抜けて、入り口に向かい、お店を出ていく。
矢萩「……」
男性の先輩1、国武がいなくなったことに気づかない。
矢萩N「なんとなく、気になった」
席に戻る。
男性の先輩2「ほら、矢萩。自己紹介」
矢萩「え」
1年女子2「矢萩先輩は、いつから天文が好きなんですか?」
矢萩「高1かな」
仲間たちと談笑が続く。
男性の先輩2「こいつ、去年入ってきた時はさ、まだ方言訛りがすごくて可愛かったのに、今やすっかり方言抜けて都会っ子になってんの」
矢萩「適応力高いんで」
男性の先輩2「可愛くねー」
女性の先輩2「地元、どこだったっけ?」
矢萩「熊本」
1年女子1「熊本! くまモン!」
女性の先輩2「ねー、熊本弁、久しぶりに喋ってよ」
矢萩「そいばとっとって」
料理を指差す。
女性の先輩2「いやそれ、博多弁じゃない?」
矢萩「地元帰んないともう出ないっすよ」
男性の先輩2「熊本のどこ? 福岡と方言違うの?」
矢萩「山鹿です。熊本市内のちょい上。田舎ですよ。熊本と博多はまたアクセントも違うんで」
女性の先輩2「名前も可愛らしいの。にーなって」
1年女子2「にーな?」
女性の先輩2「漢字の二に、那覇の那って書いて、にいな」
1年女子1「えっ、それ本名なんですか! 可愛いっ」
男性の先輩2「にーな♡って感じじゃねぇよ、こいつ」
女性の先輩2「えー、ある意味、名前似合ってると思うけどー。愛嬌あるとことか」
矢萩「……いつもありがとうございます♡」
ニコッと笑いかける。
女性の先輩2「……イケヅラ出た。本性はかなりの天文オタのくせに」
矢萩N「俺は俺だ。名前とリンクさせて欲しくない。名前の話題はあまり好きじゃない。正直、人にもあまり名前で呼んで欲しくなかった」
6月の夜。ゲイバー・Sally's 。
カウンターに座って、呑んでいる矢萩。
矢萩「サリィさん、バイってさ、どっちも好きになれるからって羨ましがられるけど、俺にしてみれば最悪ですよ」
サリィ「んー? 君はバイなの?」
矢萩「そうなんですけど、最近もさ、同じ大学の女の子と付き合ってたんですよ。でも、彼女が嫉妬すんですよ、野郎に」
サリィ「うん」
矢萩「俺の友人とかサークルの人たちに! 『俺はバイだよ? それでもいいの?』ってわざわざ聞いて了承してくれたから付き合ったのに、最後には『男にまで嫉妬しなきゃいけないなんて、もうキツい』とか言って、別れ切り出されてー……」
サリィ「あらら」
矢萩「男も好きになるからって、男をどれでも好きになる訳じゃないっつーの。はあ、お尻がくるんとしてて可愛い子だったのになあ〜」
サリィ「グチるところ、間違ってない? なんで女性に興味ないゲイの私に話すのよ?」
矢萩「だって、バイは結構相談相手いないもんですよ? 女性のバイにもほとんど会えないですよ?」
サリィ「いるんだろうけどね、カミングアウトしてない人も多いだろうから」
矢萩「サリィさん、話しやすいから好き」
サリィ「君のそのムダに清らかな顔が気に食わない」
矢萩「モテはするからねー俺。だから余計に表に出しづらいんです。これ、男が相手でも同じかと思うと、俺、交際中は他の誰とも話せなくなる〜」
サリィ「(呆れたように)はいはい。男性でも女性でも良い相手見つかると良いわね。まだまだ大学生で若いんだし。でも、就活とかすぐにやってくるんだからね」
矢萩「止めてよ、まだ2年生だし考えたくないんですから。まだ受験勉強終えたばかりの気分でいたいんだから」
サリィ「……ねえ? 20歳になってるわよね?」
矢萩「先週なった! なのに、誕生日前に、フラれた!」
サリィ「ちょい待て。あんた、今まで黙って酒飲んでたの?」
矢萩「え、もうあんま変わんないじゃん」
サリィ「……はあ」
呆れて、目の前を去る。
矢萩、一口呑んで頬杖をつき、はあとため息を吐く。
矢萩、バーを出て繁華街を歩く。
その時、目の端に見たことある人が映る。
矢萩「え、あれ、あいつ……」
国武、店の壁に寄りかかって項垂れている。
矢萩M「サークルのコンパに来てた……」
その時国武、前に倒れる。
矢萩、驚いて思わず駆け寄る。
矢萩「おいっ、大丈夫か!」
国武「……誰……」
国武、すぐに目をつぶってしまう。
矢萩「同じサークルだよ! ちょ、吐きそうなのか?」
国武、返事しない。
矢萩「おいー……」
矢萩、思わず国武をおんぶする。
矢萩「おもっ」
おんぶして、表通りまで出る。タクシーを呼び止める。
翌朝。矢萩のワンルーム部屋。
国武、目覚める。
国武「どこ?」
ソファから起き上がる。
近くのベッドに矢萩、寝ている。
国武「……誰」
国武、立ち上がってトイレを探す。
矢萩「……トイレならあそこ右」
矢萩、起きている。布団の中からトイレの方を指差す。
国武「どうも」
国武、トイレから出てくる。
矢萩、ベッドの上で起き上がっている。
矢萩「具合はもう大丈夫?」
国武「えーと」
矢萩「店の前で倒れたんだよ。俺はたまたま通りがかって」
国武「ああ、そうだったんだ」
矢萩「お前、T大だろ? 最近うちのサークル入った」
国武「え」
矢萩「俺、天文のあのサークルにいるの。一応この前のコンパも来てたんだけど」
国武「……ああ、道理で」
矢萩「え?」
国武「トイレに星やらのグッズが」
矢萩「うっせーな。好きなの。お前も好きだからサークル入ったんだろ」
国武「そうだな」
矢萩「俺はTK大の地惑学科2年の矢萩」
国武「俺も2年。天文学科の国武……」
矢萩「知ってる」
国武「え」
矢萩「コンパで自己紹介してたろ? 無愛想だなあって」
国武「……」
矢萩「なあ、酒飲み過ぎたの? あんなところにいて」
国武「……酒引いたし、もう大丈夫だから。悪かったな」
国武、フローリングに置いてある自分のバッグを持とうとする。
矢萩「国武くんはさ、……もしかして、恋愛対象は男性なの?」
国武「え」
矢萩「だって、あの辺ってそうでしょ」
国武「……」
矢萩「あ、別になにか企んでるとかアウティングするとかじゃないからね!」
国武「そういうお前もあの辺にいたんだよな?」
矢萩「……そ。俺も似た感じなの。昨日は常連のバーに来てた」
国武「仲間みたいに言うな」
矢萩「仲間とかじゃないけど……なんかー納得しちゃった」
国武「?」
矢萩「あ、いや、気にしないで。それよりさあ、今日予定ないなら、一緒にそのまま朝メシ食べに行かない? あ、あと、今日サークルもあるし」
矢萩N「あのコンパの時、なんとなくじゃなくてかなり気になっていた。なんとなく、俺の好みだった。見た目だけじゃなく、……なんとなく。だから、ゲイって知って、ふわっと嬉しくなった。共通の話題ができるっていうか、秘密を共有できるっていうか、この人に近づけるっていうか」
定食屋。
2人、向かい合って朝ごはんを食べている。
矢萩「……ねー、なんであそこで酔い潰れてたの?」
恐る恐る尋ねる。
国武「……別れたから」
矢萩「誰と」
国武「恋人と」
矢萩「はっきりしてるね」
国武「……」
矢萩「いや、あまり出したくないかと思ってたから。フラれたの?」
国武「……」
矢萩「まあ、いっか。偶然! 俺も彼女にフラれたの。だから、ゲイバーで飲んでた」
国武「彼女?」
矢萩「俺、両刀なの」
国武「言い方」
矢萩「古いか。バイなの、俺」
国武「ふーん。女性にフラれて、今度は男の方に」
矢萩「あ、偏見! それ。違うよ、好きなママさんのところでただ飲んでただけ。ハッテン場とかじゃないよ。俺、赤の他人とは無理だもん」
国武「そう」
矢萩「国武くん、真面目そうだから、そういうところは縁なさそう。元カレとはどうやって知り合ったの?」
国武「一応別れたばかりだから、傷えぐるのはやめてくれない?」
矢萩「あ、ごめん。だって、出会いって難しくない?」
国武「高校の後輩だったから」
矢萩「あっ、そう……もしかして、卒業して遠距離になって云々……?」
国武「……そう」
矢萩「好きだったんだね。酔い潰れるくらい」
国武「……」
矢萩「……羨ましい」
国武「え」
矢萩「……俺もそんな恋、してみたいなあ」
国武「……厨二病?」
矢萩「はっ? 違うって。ホントに、そう思う……」
静かになる。
矢萩「……てかさ、君、微妙にズレとー。冗談言いたいんかなんなんか分からんよ」
国武、笑う。
国武「なに、急に方言……」
矢萩「え、出てた?」
矢萩も合わせて笑みが溢れる。
サークルにて。低山登り。
1年女子3「げー、望遠鏡こんなに重いの、知らなかったー。星見る会じゃないんですかー? なんで山っ」
矢萩「ほいほい、頑張れー」
1年女子3「にーな先輩、意外と優しくないですよね」
矢萩「周りになんもない、人里離れたトコに行ってなんぼ。天体観測の醍醐味」
と言いながら、女子の望遠鏡を持ってあげる。
1年女子3「あ、ありがとうございます……」
女子同士できゃっきゃ言っているところから離れる。
松瀬「にーなくん」
矢萩「……なんだよ、松瀬」
松瀬「お前もキツそうだよ。持ってあげようかー?」
矢萩「うっせ、名前で呼ぶな」
そばを国武も歩いている。
矢萩「国武、大丈夫か?」
国武「にいなって言うんだ?」
矢萩「え」
国武「名前……」
矢萩「ああ」
国武「……」
矢萩「お前は? そういや、聞いてなかった」
国武「いお」
矢萩「え?」
国武「漢字の一に、青いって書いて、いお」
矢萩「うわ、カッコいいな! ガリレオ衛星!」
松瀬「かっこよ!」
国武「そうか?」
黙々と歩く国武。
矢萩「……」
その横顔を見ている矢萩。
矢萩「意外と体力あるんだね」
国武「意外と体力ないんだな」
矢萩「ムカ。俺、一応田舎の大自然で育ったんで、元々はあるんですけど」
国武「普段運動してないからだろ。バイトとか」
矢萩「バイトしてるの?」
国武「たまに、日給の」
矢萩「へえ、良いとこの坊ちゃんそうだから」
国武「関係ないだろ。したいからするだけ」
矢萩「へえ……」
矢萩M「ヤバい」
頂上付近に着く。
魚見「うーん、天気微妙ー」
矢萩「ねえ、ウチに気象予報士志望いないんすか? 1人くらいいそうなのに。なんで登ってから雲出るの」
松瀬「梅雨だしな。抜けるの願うしかないな」
1年女子たちが途方に暮れている。
1年女子2「最悪ー」
1年女子3「下山しないんですか」
乙金「まあまあ。天体観測ってしばらく待つの。望遠鏡の設定もあるし。その間に晴れるかもしれないから」
皆が望遠鏡を各々セッティングし始める。
その間に日が落ち、淡い夕焼けが現れる。
矢萩「おっ、綺麗。ほら」
指差す。
女子たち「わあ」
矢萩「晴れてなくてもさ、綺麗なもの沢山あるよ」
国武、矢萩を見る。
矢萩「だって、それが地球だしさー。あれは『薄明光線』って言って、分厚い雲があるからこそ見れる現象で、別名『天使の梯子』と言われてるんだよ。夕焼けって雲がある方が綺麗だし。赤い光は拡散されにくいから……」
松瀬「矢萩のオタ語り始まった」
国武「……」
辺りが暗くなってくる。雲が次第に流れていく。
魚見「ほら、空見えてきた」
星々が現れ始める。
周りが観測し始める。
矢萩、国武に近づく。
矢萩「よっ、見えてるか?」
国武「まあ」
矢萩、国武の横に座る。
矢萩「国武はさ、天文の何が一番好き?」
膝を抱えて尋ねる。
国武「……ロマン」
矢萩「え」
国武、望遠鏡を覗きながら話す。
国武「壮大すぎて、人間は全然敵わない。ちっぽけ。だけど、その人間もまた奇跡だってトコ」
矢萩「……」
国武「地球はすごいな」
矢萩「……意外」
国武「何が?」
矢萩「もっと……現実的で……硬い奴かと思ってた」
矢萩M「ヤバい……」
国武「よく言われる」
矢萩「だよな」
国武「性格だから。人見知りは」
矢萩「人見知りなだけか」
国武「お前より語れるかも。でもお前、かなり抑えてるだろう?」
矢萩「……」
国武、空を見る。
国武「器用に生きてるなあ。羨ましい」
矢萩「羨ましいか?」
国武「うん。でももっと喋りたいんだろうなって分かる」
矢萩も星空を見る。
矢萩「分かるんだ」
国武「……」
矢萩「人間って、よくできてるよな。頭があって、感情があって、正義もあって、制御もできて、……愛情もあって。だから、地球をギリギリ守れてる」
国武「ほら、語り出した……」
矢萩「……愛は大事ですよ。愛があるから、生きてるんです。地球に愛を作った神様に感謝です」
矢萩、おどけて言う。
国武「ははっ」
国武、横で静かに笑う。
矢萩M「ヤバい。これは奇跡だ」
矢萩「急に石が落ちてきたり、時空が歪み始めても、生きていけんのかな」
国武「その阻止もしようとしてるけど、どこまでできるか……」
矢萩M「落ちた。隕石……じゃなくて、俺が」
矢萩「だから、何百億光年の中では瞬間の愛たちは奇跡なんだよ」
国武「話、どこまで行くんだよ」
国武、また笑う。
矢萩M「落ちた、俺は。恋に」
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