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君に捧げる千の花束 33

 ガンガン と鈍く響く音。  骨を折られた人間がそんな動きをできるのか と、ガラスのようだった喜蝶の瞳に人間味が戻る。 「俺が! なにを したっ! 俺はっ何っ  何もっ  」  叫ぶたびに唾液に混じって血の飛沫が辺りを汚す。  後藤は殴られることに怯みもせず、「俺は何もしてない」と繰り返し…… 「なんでぇ……俺は……」 「…………」 「……お、れは、おこぼれを もらってた、だけ で   」  ぶつ ぶつ と血と共に吐き出される言葉は懺悔でもなければ罪の告白でもなかった。  ただ自分に罪はないのだと言い逃れするためだけに綴られる言葉は、ところどころはきちんと聞き取れず、まるで人を呪う呪文のようだ。 「おれはっ 何もしてない  」  充血した目が、やっと喜蝶を認識したかのようにギロリと剥かれて、濁った視線を向ける。 「思い出した…………あいつ叫んでたよ」 「は?」 「『僕はオメガじゃない』って」  後藤の喉の奥からくつくつと湧き上がる湯のような笑い声が響く。  怯えて縮こまっていた体が弛緩して、ぐらりと揺れる首は壊れたおもちゃのようだった。  首が折れてしまったように項垂れて……表情は見えない。 「『やめて、助けて』『噛まないで』……『助けて、……きちょ  』  っ」  チカリと頭の中で閃光が炸裂した。  それは理性を焼き切って、喜蝶の頭の中を殺意のみで埋めるだけの医療のある爆弾だった。  助けて、喜蝶。  薫はそう呼んだのだと……  男たちに襲われて、危機に立たされた時に呼んだのが須玖里ではなく、自分だったのだと…… 「あはははハハ! こないのに! こないのに! ……お前、こなかった、な?」  ひひ とおかしくてたまらない笑い声は長く尾を引くように続く。  あちこちが壊れた古い民家、真っ暗でカビ臭くて何も救いのないこの状況で、後藤の笑い声だけが奇妙に響いた。 「お前、こなかった ――――!」  ゴォん と耳をつんざく音が上がった。  へし折れた金属バットは赤い血を纏って鈍く光りながら、真っ二つにへしゃげてしまい…… 「へ へへへへ……」  なのに、後藤の笑い声は止まらなかった。  喜蝶は後藤を縛りつけた柱を忌々しく睨みつけてから、折れたバットを後藤の股間に向けて振り下ろした。 「ぎっ ああああああああああああっ」  奇妙な感触が金属バットを伝って駆け上がってくる。本能的に鳥肌が立つような生き物が潰れる音がして、後藤の股間から赤いものが滲み始める。  それは先に流された液体と混じり合いながら広がり……  後藤は数秒だけ痙攣を起こして、糸が切れた人形のように弛緩した。  喜蝶はそれがフリだろうか? としばらくの間眺めていたが、完全に気絶しているのだとわかると金属バットを床に放り投げる。    

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