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第14話 二人の契り

「わかりました……」 悔しそうな表情をしながらも、殺されるよりはマシだと判断したのか、両親はあっさりと引き下がる。 そんな両親にはもう用はないとばかりに、男は改めて若者に向き合った。 「おい、お前、名前は何だ?」 「……三須(みす)、です」 「ちげぇよ、下の名前だ」 「氷岬、です」 ゆっくりと口を開き、両親からほとんど呼ばれたことのない名前を呟く。 「そうか、氷岬。まずはお前、俺の家に来て、俺の世話をしろ。衣食住付きだ、喜べ」 「……え?」 若者……氷岬は、ようやく男を見上げた。 意思の強そうな強烈な眼光と、視線を交わす。 「どうだ、ここよりはマシな待遇だと思わないか?」 そうだ、今までの生活と比べればはるかに好待遇だ。 しかし、男の提案は氷岬にヤクザになれと言っていることと、同義だった。 「俺の世話、とは、何が含まれていますか?」 一度思案した氷岬は、男を見あげたまま質問した。 男がふうん、という表情をして、ちら、と考えるような素振りをする。 「そうだな、俺の身の回りのことだ。家事が一番多いかな」 「あなたのメリットは?」 「αの頭脳を借りられることだ。それも、Ωのフェロモンが効かないという無敵のな」 無敵、と言われて氷岬は絶句した。 氷岬の両親は、Ωのフェロモンに反応しなくなった彼を無能、役立たず、出来損ないと言って罵った。 なのに、目の前の男は真逆の評価を下している。 ヤクザになるという覚悟さえ決めれば、今の生活から逃れられるのだ。 しかし、ヤクザとの約束は慎重にしなければならない。 どんな落とし穴があるのか、わからない。 「……ほかに、僕に求めることはありますか?」 氷岬が尋ねると、男はニヤリと笑った。 その笑みをみて、どうやら質問したこと自体が男にとっての自分の株を上げたようだと理解する。 「ある。氷岬、まずお前は学校に通え。そして俺に忠誠を誓え。こんな搾取され続ける生活から助ける代わりに、これからは俺の傍にずっといろ。何よりも俺を優先しろ。それが条件だ」 「……それだけ、ですか?」 「他に何がある? いっとくが、ヤクザの契りは絶対だぞ。。いつかはケツモチくらいやってもらうから、その時はお前の立派な頭脳を十分に活かせ」 こくりと氷岬は頷いた。 「身の回りのことに、性的なことを含みますか? 僕は……」 「約束を破らない限り、お前自身をどうこうするつもりはない。手は出さない。すり寄ってくるヤツなら山程いるし、わざわざ濡れない奴と手間暇かけて寝るほど暇じゃない。面倒なことは嫌いだ」 つまり、女やΩの男なら寝る相手にするが、αである氷岬には惹かれないということなのだろう。 言っていることはクズだが、その言葉は氷岬の心を軽くする。 「……わかりました」 この時、気持ちは決まった。 もう一度、氷岬はこくりと頷く。 「そうか。話はまとまったな。俺は勝山煌誠だ、これからよろしくな」 「はい。よろしくお願い、いたします」 「……もう一度言うが、お前が今後、『運命の番』と出逢ったとしても、俺から離れることは許さない。俺よりも優先すれば、裏切りだとみなすからな」 じっと探るように見つめられながら言われ、氷岬は苦笑いをした。 αが運命の番と出逢う可能性なんて、ほぼない。 出逢ったとしても、Ωのフェロモンに反応できない自分がそれに気づくことはないだろう。 「はい。何があっても、死ぬまであなたの横にいます。それを、私の運命に」 辛く悲しい人生から抜け出すために。 その時確かに氷岬は、契りを交わしてしまった。

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