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第13話 乱入者
その時、ピンポーン、と呼び鈴の音がして、今日の客が来てしまったと言いながら慌てて両親が部屋を出て行く。
「……って、ください!」
「待って! 勝手に入らないで!」
なにやら揉めている声がして、うずくまっていた若者が閉じていた瞼を持ち上げた時、バタンと大きな音を立てて扉が開け放たれ、大柄な男がひとり部屋に入って来た。
明らかに、纏う空気が一般人のそれとは違う。
とはいえ、αを欲しがる今までのお金持ちの客とも、ちょっと違う。
プロレスラーのように体格が良く、バレーボール選手のように背が高い。
黒目の茶髪だが、その容姿は外国の血を引いているかのようにはっきりとした彫りの深い顔立ちだった。
「へぇ……お前たちは随分と着飾っているのにこいつだけ素っ裸とか、イイ趣味してるなお前ら」
その男は若者の目の前で蹲踞の姿勢で座り込む。
そして咥えていた煙草をフローリングにぐりぐりと押し付けた時、若者は理解した。
今回の相手はヤクザだと。
ヤクザに若者の存在がバレればその身柄を奪われると理解していた両親は、今までヤクザを相手に商売をしたことはなかった。
息子のためではなく、金のために。
「なるほど、金になりそうな綺麗なツラしてるな。おまけにαか、金持ちどもが喜びそうだ」
じっと見つめられていたたまれない気持ちが強くなり、若者はわずかに身じろぎをする。
ヤクザだからか、目力がやたら強い。
強烈な眼光に晒され、身体だけではなく心まで丸裸にされてしまうように錯覚した。
勃たないのに、ヤクザ相手に金を巻き上げる形になってしまえば、両親も自分もただでは済まないだろう。
早々に覚悟を決め、全て成り行きに任せようと若者は諦めモードで自分の膝の間に頭を埋める。
「寒そうだな、これでも羽織っとけ」
しかしそのヤクザは、煙草を床で消すという乱暴な仕草からは想像もできないほど優しい声色で若者に声を掛け、自分の着ていた上質そうな上着をそっと若者の身体にかけた。
そのままスッと立ち上がると、若者に背中を向けて両親の前に立ち塞がる。
「勝手に素人にシマを荒らされて、うちの面子は丸つぶれなんだよ。どう落とし前つけるつもりだ?」
何人ものヤクザに囲まれて震える両親に、その男は腕を組んだまま尋ねた。
「え……っと、お、お金ですか?」
「そう。随分と儲かっているんだってな。お前たちの借金、全部返してくれる親孝行の綺麗な息子で良かったじゃねぇか」
「そ、そうですね」
うずくまっていた若者はそろりと顔を上げて、膝の間から両親と男のやり取りをそっと眺める。
父親の青褪めた顔なんて初めて見たなと、ぼんやりと思った。
好戦的な父親はいつも何かに苛立ちつまらないことで他人に絡み、ギャンブルをしながら酒を飲んでいる時だけ上機嫌な人間だ。
「月七十万だ」
「……は?」
「長い間貰ってなかったから、迷惑料として月七十万、一年で八百四十万、五年分で四千二百万だな」
「よんせん……え? いや、その……」
「なんだよ。俺はお前たちの息子の稼いだ金の、ごく僅かしか要求してねぇよ。もっと儲かってんだろ?この家の家賃は月三十万ほどか?」
「そんなお金、手元にありません!」
震えて何も言い返せない父親に代わり母親が、キャンキャンと吠える小さな犬のように男に嚙みついた。
しかし、いつも若者の髪の毛を乱暴に掴んで引き倒す手は男に伸ばされることなく、父親の陰に隠れるようにして立っている。
いつも威圧的、高圧的な母親がひとりのか弱い女だということに、初めて若者は気づいた。
「じゃあ、こいつは貰っていく」
その言葉に、若者はびくりと肩を揺らす。
その瞬間、男の上等な上着から漂う爽やかなコロンの香りが鼻を擽った。
Ωのフェロモンは感じ取れなくなったのに、こうした香りだけ嗅ぎ取ることができるなんて可笑しな話だと自嘲する。
こいつとは、自分のことだろう。
しかし、男のところへ行ってもどうせやることは同じだ。
勃たなくなった自分はもう身体を売ることはできないから、もしかしたら臓器を売ることになるのかもしれない。
「そ、そんな……! やめてください、私たちの大切なひとり息子なんです!」
「それにそいつは、Ωのフェロモンを感じ取ることのできない役立たずなんですよ!」
金ヅルの間違いだろうと思いながらぼんやりと視線を向ければ、こちらを見ていたらしい男と視線が交わった。
一瞬緊張が走ったが、客のような品定めをするいやらしい視線ではない。
しかし、何かを覗かれているような、見透かされているような、そんな印象が男にはあった。
「お前たちに選択権はねぇよ。このままこいつを渡せば、迷惑料はチャラにしてやる。嫌なら東京湾にでも沈むか?」
「む、息子を渡せば、四千万を払わないでいいんですか?」
「ああ」
両親は顔を見合わせた。
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