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第12話 十年前

Ωのフェロモンが充満する部屋の一角で、少年と青年の狭間にいる一人の若者は一組の男女から怒号を浴びせられていた。 「おいお前、αなのになんで全然反応しねーんだよ……!」 「ちょっと、どういうことよ? あんたが相手しないと、家の借金が返せなくなるじゃないの!」 憤怒の形相で若者に叫び散らかしているのは、その若者の両親だ。 両親からどれだけ怒鳴られようとも、若者の瞳はどんよりと曇ってなんの感情も映さない。 Ωのフェロモンに一切反応しないαなんて、聞いたことがない。 親であれば心配して直ぐに病院へ連れて行くであろうところ、その二人が心配するのは若者の体調ではなくただひたすら自分たちの実入りだけだった。 「くそっ……なんでだ、強力な薬を打ったのに、なんでラットにならない? 薬代だって馬鹿にならないのに!」 「ねえ、その薬が不良品ってことはない? いくらなんでも、おかしいわよ」 二人は発情する様子のない息子に苛立ち、怒り任せに殴りたい衝動を懸命に抑えて、極めて理性的になろうと努めていた。 殴らないのは親としての情ではなく、息子が「商品」だったからだ。 αの中でも上等で整った容姿の息子に痣をつけては商品価値が下がるため、手出しはしないだけ。 様々な顧客の相手をさせるために、息子を綺麗な状態にしなけらばならなかった。 息子の異常な状態に、これでは稼げないと嘆く両親。 両親の止まることのない怒号に、膝を抱えて座っていた若者は、丸裸の身体を更にぐっと縮めて丸まった。 その若者にとって不幸だったことは、その両親の下に生まれてしまったこと以外にもいくつかある。 若者が誰からも二度見されるような、整った容姿をしていたこと。 早くに精通が来てしまったため、それを知った両親が若者を「性的に売れる」と判断したこと。 αとして生まれた若者の両親の第二の性はβで、二人してギャンブル依存症を患っていたこと。 そして、その若者と関係を持ちたがる富裕層が何人もいたことだ。 どれかひとつでも欠けていれば今の状況には至らなかったかもしれないのに、最悪なことに全ての偶然が重なって、その若者は「商品」として両親に売り飛ばされた。 毎日最低三人、酷いと五人の相手をさせられるために、学校すらまともに通わせて貰えなくなった。 基本的に支配層であるエリートのαなのだから、長い目でみれば学校で学ばせたほうが将来の蓄えは期待できる。 そんな当たり前のことに考えが及ばないほど、両親にとって目先の金こそ今を生きるために必要であり、また息子が必要以上に稼いだお金は再び使い倒すような人間だった。 十歳から売られて、五年経過した。 相手が妊娠しないように男性用ピルを飲まされ、Ωが相手の時は番にならないよう猿ぐつわを装着され、強制的にラット状態にさせられ、無理矢理勃起させられたペニスを穴に突っ込むという行為を強いられた。 初めはきちんと反応していた若者の身体も、その異常な状況に精神をすり減らし続け、疲弊した精神はやがて身体に異常をきたした。 いつまで、こんな生活が続くのか。 教科書に目を通し、鉛筆を握る生活に戻れるようになる兆しは全くない。 期待をすれば裏切られ、そんなことすら考えないようになって、更に数年経過し。 やがて、若者の身体は刺激に反応しなくなっていた。 それでも唯一、Ωのフェロモンにだけは反応を示していたのだが、その反応すらも徐々に弱くなり、そしてとうとう十六歳になる直前で、Ωのフェロモンに反応しないαになったのだ。 ……もう、捨ててくれていいのに。 そう思いながら、若者は自分の身体を自身で抱き締め、目を瞑る。 身体を売れず、金にならない息子なんて、いらないだろう。 部屋に何かが漂っているのはわかるが、自分の股間はピクリともしない。 そしてそれは、神様が自分に施してくれたギフトなのだと嬉しく思った。 身体が反応しないのならば、αとして誰かを孕ませることもない。 そもそも、もう誰とも番たいと思わない。 それくらい、毎日強制させられる性行為に、嫌気がさしていた。 「仕方ないわね、病気になっても面倒だから避けてたけど……もう、あっち側をやらせれば?」 「風俗店との顧客の取り合いは出来る限り避けたかったが……そうだな、背に腹は代えられないしな。綺麗なαを好き勝手したいという客ならいくらでもいそうだし、そうするしかないか」 両親の視線が身体を這いまわったように感じた若者は、ゾワリと鳥肌を立てた。

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