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第11話 傍にいたい人

「はは……っ、これだから、αなんて……」 「こ、煌誠さん……」 不安や嫉妬や独占欲、そうした感情が煌誠の胸を占有していく。 毒のように胸に広がるその醜い感情を、煌誠自身どうにも止めることが出来なかった。 氷岬が、会ったこともないΩのせいで、変わってしまう。 俺の可愛がっていた、氷岬が。 裏切ることはないと信じていた、氷岬が。 それだけで、煌誠は狂ってしまいそうだった。 そこに、第二次性なんて関係ないと思った。 父親に裏切られた時の母親も、もしかしたらこんな感情を抱たのかもしれないと、今なら理解出来た。 「どうか、その人には手を出さないで下さい……っ!!」 父親を思い出したせいか、番のために懇願する氷岬の態度が、煌誠を冷徹にさせる。 「お前、知っているな」 「……え?」 「俺が今まで、お前にちょっかいを出してきた奴をどうしたのか、知っているよな」 煌誠の意にに添わない者の、末路を。 氷岬はその言葉に、顔色を失くす。 冷や水を浴びせられた気がした。 氷岬は、わかっていたのだ。 「……はい。想像は、しています」 今まで氷岬を騙そうとした者、排除しようとした者、擦り寄ってきた者、誑かそうとした者。 そうした氷岬に害そうとした者たちは、組員だろうが外部だろうが一般人だろうが、もれなく姿を消して連絡が取れなくなっていたことに、気付いていた。 詳細はわからずとも、想像は出来た。 恐らく例の風俗店のΩの女性も行方不明になっていることだろう。 「そいつらのために、お前が必死で弁明したことなんて、あったかな」 「……ありません」 そう、氷岬はそうした者たちの運命を理解していながら、煌誠にやめるようお願いをしたことはなかった。 氷岬にとって一番に優先すべきは煌誠であり、煌誠の判断だったから。 「あの風俗店の女とは相談事を持ち込まれるほどの関係だったんだろ?」 店の売り上げトップの嬢とあって、氷岬はそれなりに気を配ってきた。 残念ながら、その配慮は裏目に出てしまったが。 「……はい」 「それなのに、どうしてその女はどうでもよくて、一度も会ったことのない赤の他人を俺に逆らってでも助けようとするんだ?」 「……」 番かもしれないから、という理由で。 現実を突きつけられた氷岬は、口を開いては閉じ、どんな言葉も出すことが出来なかった。 「運命の番なんて、くそくらえだ」 「……私の一番は、煌誠さん、あなたです。それだけは、お約束します」 「だったら、もう二度と番に会うな」 煌誠は氷岬の襟首を掴むと、自分のほうに引き寄せて言った。 氷岬はぐっと掌を握り締めつつ、近距離にある煌誠の、強面で端正な顔を真っ直ぐに見た。 「はい」 そう答えなければ、自分の運命の番は殺される、と思ったから。 「その代わり、どうか……殺さないで、ください」 「それじゃあ安心できねぇ。お前がいつか、俺を裏切るかもしれない」 「裏切りません」 「だったらこの番に、他のαをあてがう」 「……っっ」 氷岬の身体がびくりと震え、ぐっと眉間に皺を寄せた。 一度も姿を見たことがないのにその香りだけで自分を惑わす、愛しい番。 久々に嗅いだ香りは蜂蜜のようで、あまりにも甘美なものだった。 Ωのフェロモンを感知できなくなったというのに、そんな障害をものともせず、自分の存在を氷岬に示してくれた、運命の番。 「わかり、ました」 ぐっと唇を引き結んだが、胸に込み上げてくるものを抑えることは出来ず、そのまま涙となって溢れ出る。 「泣くな、氷岬」 「はい」 「お前には、俺がいる」 そう口に出して、煌誠はやっと気づいた。 自分はずっと、氷岬と運命を共にしたかったのだ。 第二次性なんて関係ない、ただこの従順で生意気で、可愛い氷岬と。

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