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第16話 答えのない問い

煌誠はゴミをコートのポケットに溜めこむ癖がある。 そしてそれを毎回氷岬が捨てていた。 大切なことが書かれたものは、折り畳んで財布にしまう癖がある。 もしそのメモに価値を見出していたのなら、財布に入っている可能性が高い。 鞄もコートも以前なら持たせて貰えたのに、あの日以来、煌誠の私物には一切触らせて貰えなくなった。 煌誠の部屋に鍵がかかっていたことなんてないのに、不在中は必ず鍵をかけるようにしているようだ。 それらの変化は煌誠が氷岬を信用していないという証拠に思えて、酷く精神的にくるものがある。 「何が書かれているの? メモの色とかは?」 「メモは普通の無地の紙、十センチ角くらいだったかな。色も白だった」 「つまりなんの変哲もない紙ね。何が書かれているの?」 「私も見ていないけど、恐らく人の名前と住所、電話番号とかかな。もしかしたらメールアドレスとかの個人情報も、書いてあるかもしれない」 「ふーん、わかった。なんでそれ、探して欲しいの?」 「……私の、運命の番の、情報だからだ」 震えないように努めながら氷岬が声を絞り出すと、伊吹は肩を竦めた。 「ああ、なんで煌誠サンが氷岬サンを軟禁したのか、わかった気がする」 「伊吹、頼むよ」 「う~ん、それくらいなら聞いてあげたいけど。今の氷岬サンはよくない。よくないねぇ」 「伊吹……?」 「あの日からもう一カ月経つのに、氷岬サンの頭の中にあるのはやっぱりソイツなんだもん」 運命の番の存在を知った日、メモを奪った煌誠が電話した相手こそ、伊吹だった。 伊吹の仕事柄、基本的に煌誠がご機嫌で電話をかけてくることなどないが、基本的に冷静ではある。 それがあの日だけは、聞いただけで縮み上がりそうな、今にも自ら()りにいくのではないかと思うほどの、殺気と憎しみを辛うじて抑え込んでいる印象だったのだ。 成る程と頷きながら、伊吹は呟く。 「煌誠サンを一番にしないと、氷岬サン。拗ねちゃうよ」 「伊吹、もしかして……私の番のことを、知っているのか?」 「駄目だよ、氷岬サン。オレ、報告しなきゃなんなくなる」 「お願いだ、伊吹。私は番のことを、性別も、年齢も、どこにいるのかも、今どうしているのかも……何も知らないんだ」 自分のせいで、辛い目にあってはいないか。 煌誠や伊吹に殺されていたら、どうしよう。 想像するだけで、勝手に身体が震えてしまう。 番のフェロモンだけに反応してしまった自分を、呪えばいいのか。 番のΩに対する執着を、煌誠に見せてしまったことが間違いだったのか。 十年前、煌誠の差し出す手を取らなければ良かったのか。 ここ数日頭の中を、ずっとずっと答えのない問いが駆け巡っている。 あの時の最適解は、なんだったのか。 煌誠と運命の番のことで板挟みになり苦悩する氷岬を前に、伊吹は悲しそうな顔をした。 「氷岬サン……残念だけど、オレ、氷岬サンの力にはなれないよ。煌誠サンが怒るってわかりきってるし」 「伊吹……」 「でもね、一個だけ教えてあげる。氷岬サンの番はまだ生きてるし、多分幸せだと思うよ」 「……そうか、ありがとう」 伊吹の優しい眼差しに、氷岬はわずかであっても、救われた。 伊吹は嘘をつく人間ではない。 氷岬のために優しい嘘をつくのではなく、氷岬が傷つくことを理解していても、本当のことを話すタイプだ。 殺していたなら、殺したと教えてくれるだろう。 ほぅ、と氷岬が安堵のため息を吐いた時、「余計な話はするな、伊吹」と低い声が響いた。

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