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第17話 二人の変化 *

二人が同時にくるりと振り向くと、煌誠が冷めた目で二人を見ながらスタスタと廊下から歩いてくる。 「お帰りなさい、煌誠さん」 「す、すみません、俺……」 がば、と床に伏して、青褪めながら伊吹は煌誠に謝罪した。 「煌誠さん、伊吹は悪くな……」 伊吹を庇おうとした氷岬は、煌誠が近付くなり、すん、とその纏った空気を嗅ぐ。 そしてそのまま目の色を変えて、がし、とその腕に縋り付いた。 「……煌誠さん、今日……、会いました、か?」 「……」 「私の番に、会ったのでしょうか?」 その無事を確かめようとする氷岬に、煌誠はふ、と瞳から生気を失くして口角を上げ、嗤った。 「どうしてお前は……俺のわずかな期待まで、裏切るんだ」 「煌誠さん……!」 「本当に愚かだな。俺も、お前も……」 煌誠は、自分のコートから赤いチェック柄のハンカチを一枚取り出す。 女性物か男性物かわからないそれからは、一カ月前に氷岬が一度だけ嗅いだ、番のフェロモンの香りが漂った。 「……っ」 氷岬はハンカチを震える手で受け取ると瞳を閉じて、染み付いた香りをすぅ、と深く吸い込む。 そんな、番の香りに酔いしれる氷岬の身体を、ドン、と煌誠は強く押す。 「あっ」 そして、ソファの上に倒れた氷岬の上に、馬乗りになった。 「……はは、十年勃たなかった奴が、番のフェロモンを嗅いだ途端にか」 「ぁうっ」 ぐっと股間の膨らみを掴まれ、氷岬は身体を震わせる。 「ああ……遠慮してた自分が、馬鹿みたいだ」 「煌誠さ、んんっ」 圧し掛かられた煌誠に深く口付けられ、氷岬は目を見開いた。 甘美なフェロモンの香りは薄れ、自分の視界と鼻腔を、煌誠が埋め尽くす。 「どうし、は、んぁ……」 「舌出せ」 我が物顔で口内に入り込んできた煌誠の舌を噛むことも出来ず、氷岬は鼻で必死に息をしながら、大人しくその行為を受け入れた。 氷岬が頬を紅く染めたままぐったりとするまで、くちょ、くちゃ、という粘着質な音をたてながら激しく舌を絡ませていた煌誠はようやく唇を離すと、傍で呆然と立ち尽くしていた伊吹に声を掛ける。 「伊吹、洗面所にローションがある。取ってこい」 「え、あ」 「伊吹」 「あ、はい!」 慌てて洗面所へ向かった伊吹は、直ぐに煌誠から頼まれていたものを二つ抱えて戻って来た。 「煌誠サン、これのことですか?」 「ああ。伊吹、俺のスマホでこいつを撮れ」 「……え?」 「これから俺が氷岬を犯すところを、撮れ」 ごくり、と伊吹の喉が鳴る。 「悪いが、交ぜてはやれないぞ」 「そ、そんな、はい、もちろんです」 「煌誠さん……!」 煌誠の言葉に、氷岬は視界が真っ暗になった気がした。 十五で組に迎えられ、今まで何度か訪れた氷岬の貞操の危機を守ってきたのは、煌誠だった。 まだ幼く弱い氷岬を守るために、煌誠が流血したこともある。 泣いて謝る氷岬に、「こんなんでお前が守れるなら、安いもんだろ。箔がついていいじゃねぇか」と笑って言ったのは、紛れもなく煌誠の本心だった。 「お前はこれからもずっと、俺のモンだ」 「煌誠さん……」 自分をずっと、表でも裏でも守ってくれた煌誠。 そんな煌誠がこんなに変わってしまったのは、自分のせいだ。 こんな時ですら、自分の番の無事を祈ってしまう、自分のせい。 氷岬にはそれが、痛いほどわかってしまった。 そうでなければ、煌誠がこんなことをするわけがないのだ。 「すみません、煌誠さん……」 その呟きごと、氷岬の唇は煌誠の口に覆われた。

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