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第24話 抱かない理由

「そうか。……なら、良かった」 良かった? どういう意味だろうかと疑問を感じた氷岬を、煌誠はぎゅっと抱き締める。 「煌誠さん、待ってください。ビールがこぼれそうです」 「ああ、すまん」 謝っておきながら、煌誠は氷岬の顔を自分のほうへ持ち上げると、そのまま熱い舌を捻じ込んだ。 久しぶりの激しい口付けに、氷岬の身体はじわじわと熱を帯びて、心は喜びが広がっていく。 「氷岬……っ」 「煌誠、さ……んん……っ」 くちゅくちゅと舌を絡ませ、互いの名を呼び合う。 煌誠の声に不安と安堵の入り混じりを感じ取った氷岬は、ぐっとその大きな身体を押して、顔を見ようとする。 「……嫌なのか?」 「いえ、そうではなく……煌誠さん、大丈夫ですか?」 「何が」 「震えています」 氷岬を抱き締める煌誠の両腕が、カタカタと震えていた。 こんなことは初めてで、本人ですらも驚いたのか、震えの止まらない自分の手を見た。 「ああ……今日が終わって安心したから、かな」 「単なる一般人との会話に緊張するとは思いませんでした」 氷岬は煌誠の両手をそっと合わせて引き寄せると、瞳を閉じてそこにキスを落とす。 アプリを開発した自分よりも、煌誠のほうがそんなに緊張するなんて思わなかった。 ――もしかしたら、単なる一般人ではなかったのかもしれないな。 そう思った氷岬は、ゆっくりと閉じていた瞳を開いた。 「もしかして……のですか?」 「ああ」 氷岬の端的な質問に、煌誠も端的に答える。 そうか。 今日話した六組の中に、自分の運命の番がいたのか。 αにマーキングされたΩのフェロモンは変異するため、そのフェロモンは番った者同士でしか強く反応しない。 だから自分も、今回は何も感じることがなかった。 βの煌誠は、他のαのものとなった番を自分と引き合わせることで、氷岬との運命を断ち切ったかどうかを確認したのだ。 ずどん、と。 事実を知った氷岬の胸に、砲撃されたような衝撃が走る。 その衝撃をβの煌誠が経験することは一生ないだろうし、知ることもないだろう。 「博打に勝った」 「ええ。……酷い人ですね、本当に」 「ヤクザが良い人であってたまるか。……お前の番は、アプリを使ってお前を除いて一番相性のいい奴と番わせた」 ありがとうございます、とは言えなかった。 しかし、煌誠が譲歩して、自分の番を殺すのではなくそれなりの幸せを与えることで、それを見せつけることで、氷岬の一番の危惧を取り払ってくれたことは理解できた。 自分の運命の番は、幸せそうだった。 自分とは一緒になれなくても、幸せな未来が待っていると信じていた。 だったら、それでいいではないか。 そう思うのに、胸の中の喪失感は、氷岬の涙となって表れる。 「泣くな、氷岬」 いつかも言われた台詞。 「はい……番が幸せなら、私も幸せです」 「氷岬、お前は俺が幸せにするから」 氷岬の流す涙を、煌誠が丁寧に舐めとっていく。 「煌誠さん、最近私を抱かない理由はなんですか?」 「お前のフェロモンが、俺に抱かれることでどう作用するんだかわからなかったから……出来る限り普通の状態で、会わせたかった」 「そうですか。でしたら、お願いがあります」 「なんだ?」 「どうか、今日は……滅茶苦茶に抱いてくれませんか?」 今日だけは快楽に身を委ね、全てを忘れて楽になりたかった。 ぽつりと呟いた氷岬を煌誠は抱き上げ、ベッドへ優しく押し倒す。 「ああ。俺もずっと禁欲生活してたからな、これ以上は我慢できない」 ネクタイを緩めながら、情欲を滲ませた瞳で氷岬を射貫くように見つめる煌誠。 その瞳に悦んだ氷岬の身体が、ここ一年の間に覚え込まされた快感を期待してずくりと疼いた。

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