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第1話

小学生の時、坂の下でユラの自転車のチェーンが外れた。ユラは賢くてスポーツ万能、それでいてカッコよくてモテた。だから、そんなやつと友達でいるのが誇らしかった。ユラのことを女子の大半が好きだったと思う。あ、そうそう自転車!直し方がわからずハンドルをユラが俺はキャリアを押した。 確かユラはママチャリで自転車のサドルに乗って、足が地面につかないことを嘆いていた。本当はダメだけど、2人乗りをしたら、天罰が下った。長い坂道だった。猛暑日で蝉が鳴いていて、汗がダラダラと零れ落ちる。そんな俺たちを通行人は素知らぬ顔で通り過ぎていく。 坂の脇は電車が走っていて、逆側には桜の木が植えてあった。春になると自転車でここを通るのが、最高に気持ちがいい。風を切る音、色んな花が混ざり合った春の匂い。 「今度の区長、ここの桜の木切るって息巻いてるらしい」 「なんでなんで」   俺が尋ねると、ユラは袖の部分で汗を拭う。ハンカチ持ってる小学生男子は少数だ……偏見かも知れないが。 「桜の高齢化って言ってたな。腐りやすくなるんだってよ。ここ坂だから、ドミノ式で倒れるかもな」 「物知りだなぁ。ユラはなんでも出来てすごいな。顔も男前だし」   俺が褒めると白くてすべすべの肌が上気した。   「シオのおべっか」 ああそうだ、2人で駄菓子屋に行ってきた後だった。青色をした舌を出したユラが転校して行ったのは、その三ヶ月後。彼は俺に何も言わずに去って行った。別れ際に抱擁と軽いキスを残して。   「え?え?」   俺が驚いていることを想定内だと言うように、笑った。ユラは笑うとエクボができる。   「馬鹿ヅラ」   桜の木と共に彼は姿を消した。秋に差し掛かった頃だ。 連絡先も何もなくて、強烈なインパクトを残したユラはその後、新聞に載っていた。サッカーの強豪校で、レギュラーで活躍しているみたいだった。 「俺とは天と地ほども違う」 俺は暴力事件を起こして高校を退学になった。水商売の母を馬鹿にされたから、顔面を殴りつけた。「お前も金払えばヤラセてくれるんだろ?」その生徒が校長の親戚筋の者だったらしくて、弁解も許されず一発アウト。「いい社会勉強になったんじゃないですか」と言ったのも退学の後押しになった。今は車の解体業者で働いてる。いつもオイルやガソリン、泥などで作業着は汚れるし、エアバッグの不発弾処理や、ガラスの破片、鋭利な金属、バッテリーからの放電など常に危険と隣り合わせだ。 「シオ、タイヤ2個持てよ、若いんだから」 「八代さん、エイジハラスメントって知ってる?」 錆びついたタイヤのゴムと鉄の重さが、腕から肩、そして腰へとのしかかる。油とガソリンの匂いが染み付いた作業着は、朝の光に当たると、もう一枚の皮膚みたいに重く感じた。夕方にはもうまともに飯を食う気力もなく、21時には泥のように眠りにつく。ただ朝を迎え、働いて、眠る。こんな毎日じゃ、彼女に愛想を尽かされるのも当然だった。こんなことを言えば、元カノに怒られそうだが、あんなに好きだった本を読めずにいる方が辛かった。   「城南行け!そこだ、決めろ!」 仕事終わり、テレビを見る同僚に上司が声を掛ける。 「サッカーねぇ、野球は見ないのか」 「見ないすね、シオはスポーツ興味ないっけ?」 俺は首を横に振る。 「どっち勝ってんの?」 さりげなく訊く。 「城南。準決勝だから相手も強い」 城南、ユラがいる高校だ。横断幕には常勝・城南学院高校と書かれていて、太鼓や応援団、チアリーダーがいて胸中に澱のようなものが沈殿する。あいつが走るのは、綺麗に整備された芝生のグラウンド。俺が走るのは、オイルと泥の匂いが染み付いたアスファルトの上。あいつの顔には汗が輝いていて、俺の顔は油汚れでくすんでいる。 「すみません、俺もこれ見たいんで今日はパスで。と言っても最近は居酒屋も年齢確認があるんで、八代さんの汚い家で宅飲みは勘弁です」 「出た、シオの塩対応」   ゲラゲラと笑う同僚の頭にチョップが入る。   「なんだとー!生意気なやつめ!受けてみよスリーパーホールド」   軽く首を絞められて、タップアウトする。   「はいはい、八代さんの愛妻が待ってますよ」 「おお、そうだった。またな」 八代はスマホで時間を確認すると、タイムカードを押して帰って行った。 試合はハーフタイムに入り、城南が2点差で勝ち越している。 「じゃあ帰る?」 やおら立ち上がった同僚は、シャワーを浴びた後なので髪が濡れていた。 「え?もう見ないの?」 「これならもう勝つっしょ。それよりシオ、風俗行こうよ。八代さんいると行けねーし」 「そういうもんか」 「そういうもんよ」 俺は何故か、頷いてしまった。ユラの華々しい姿に焦燥感を抱き、自暴自棄になっていた。最後に草むらを走り、ボールを蹴るユラを見つめた。ユラは、かつての少年の面影が残る、顔立ちの整った青年に成長していた。テレビは彼をよく抜いた。同僚がリモコンでテレビを消すと、俺たちは繁華街に向かう。 下半身はスッキリしたのに、なんだか悶々としていた。そんな時、小学校の旧友が…snsのアカウトに凸ってきた。スマートフォンの通知を知らせる音、柴犬が笑ってるアイコンをタップすると、DMが来ていた。 ”シオ元気してる?オレ高橋尚、ハシショーなんだけど覚えてますか?今度小学5年2組の同窓会開くんだけど、お前も来ない?。今回は大物ゲストを招いてるから女子は大半が来るんだよ。それが狙いなんだけどな。北川さんは絶対可愛いから、みんな狙うのナシになってる。箝口令を敷くつうの?不文律?はは使い方違うか。ああそうそう、大物ゲスト!転校したけど由良清光(ゆらきよみつ)お前と仲良かったろ?” 俺は胸の鼓動が早まるのを感じた。ハシショーからフォローリクエストが届いています。そうスマホに通知があって、俺は承認した。相互フォローになると、ますますハシショーは砕けた。 ”日時は追々報告しまーす。みんな学校とかあるだろう?一ヶ月前くらいに教えるよ…てかアイコン空ってww” 俺はそれをスルーするとスマホを閉まった。   「学校ね」 俺には無関係な場所。 そして約束の前日になった。その日は有給休暇を取って、午後まで寝るプランだったが、停職処分を言い渡された。一昨日にトラブルがあって、かなり逼迫(ひっぱく)した現場だった。久しぶりにつかみ合いの大喧嘩をした。新卒が「シオさんて、中卒なんすか?やばいすね」と言ったのは我慢できた。同僚の口の軽さは筋金入りだ。 「シオさん、美人だもんなぁ。母親似すか?俺いけるかも」 その時、胸ぐらを掴み、気づけば殴っていた。自制できなかった。曲がりなりにも俺は先輩だぞっ!そう、胸中で言い募った。お返しに二、三発くらったが俺の一発の方が堪えたようでフラフラしていた。 1週間の停職処分と減給が言い渡された。たったの1週間。たかが減給。しかし、危険と隣り合わせのこの仕事で、そんな罰則が重すぎることに、俺は気づいてしまった。こんなところでやっていられるか、と喉元まで出かかったが、口に出せない。今更、別の職に就く当てもない。中卒というだけで門前払いされるのがオチだ。行き場のない怒りが、胸の中を渦巻く。その時、スマホが震えた。ハシショーだった。 “明日来れる?” 念押しに、何かあるのかと懐疑的になる。俺が行ったところで、場の雰囲気を悪くするかもしれない。葛藤の末、断ることにした。 “行けなく…”と打ち込んでいると友達に追加されましたと通知が来た。 サッカーボールが草むらに転がってるアイコンだ。嫌な予感がした。 “元気?なんか虫の知らせで来ないかなって思って連絡した。お前に会いたい” ユラはまだ俺を覚えてるんだ…。 なんて返したらいいんだと、スマホで検索した。まず調べたのは同窓会の断り方、“予定があって、行けなくなった。ごめん…”そこまで打ち込んでは消して、同じ文章を書く。推敲(すいこう)して、決定ボタンを押す。待ってるという緩いたぬきのスタンプがつく。 “行くよ” 俺が返したのはそれだけ。でも、何かを変えようと足掻いてる男の一歩だった。   張り切っても引かれるだろうから、適当にカジュアルで行くことにした。ミリタリーコートに黒いシャツ、細身のチノパンで指定された場所に電車で行くと、もう集まっていて華やかな服装に俺と場違いな恰好をしてるのは変わり者の女子だけだった。舌打ちする、ハブられた。ハシショーが来る前に遠目から消えるつもりだった。 肩を揺すられる。振り返ると、そこにはユラがいた。脳髄を雷が走ったようだった。   「シオ?塩野暁(しおのあきら)?」   俺より背の高い男が黒いスーツを着込み、顔を覗き込んでいる。隠しツーブロックの黒い短髪に褐色の肌、俺とは違うスポーツで鍛えられた肉体、精悍な顔立ち。いたら必ずモテるようなそんな雰囲気を纏っていた。 俺の服を見ると、ユラは眉を顰める。俺はなんでもないような顔でチノパンのポケットに手を突っ込み、「あー、なんか場違いみたいだから帰るわ。高橋に言っといて」と踵を返す。ハシショーとはもう呼ばない、壁を作るなら俺も同じようにしたっていいはずだ。 「ちょっと来い」 クイっと顎をしゃくり、電車の近くにある比較的リーズナブルなチェーン店の紳士服に入る。 「俺いま金欠なんだよ」 嘘だった。給料はたまに行く風俗くらいで、貯金している。 「いいから、これ着ろ」 強引に試着室に押し込まれて、ベージュスーツを試着した。カーテンを開けると満足そうなユラの顔があった。一つ頷くと、隣の店員が仕切りに褒めた。 「お似合いです、お客様。このベージュスーツは着こなすのが難しいのですが、本当によくお似合いです。白くてスラっとしていて、美しい顔立ちが映えます」 「美しいって…」 確かに昔から可愛いやら美人と言われてきたが、面と向かって言われると面映い。 「シオは昔から綺麗だった」 「恥ずいからやめろって」   俺が反論すると、店員に肩を竦めて戯けて見せた。一気に身体が弛緩した。支払おうとすると、ユラがカードを出した。ブラックカードと謂れる上流階級が持つクレジットカードだ。 「確かユラんチ」 「医者」 ここでもまざまざと格差が見えた。やはりユラとは見てる世界が違う。 俺たちが高級レストランに到着すると、黄色い声援が飛んだ。 「あの塩野と由良?めっちゃいいじゃん」 「2人とも彼女いるのかな?誰か行け」 そんな声が聞こえてきた。表情筋が引き攣った橋岡が「なんか飲め飲め」と言ってきて、俺は一顧だにしなかった。 「そういえば、シオはいま働いてんだっけ?」 どうやら橋岡にとって俺は家に帰したい厄介な相手らしい。俺は無言でオレンジジュースを飲む。 「シオ働いてんの」 ユラが訊く。 「肉体労働」 俺が答えると、一部の女子が急に冷めた目をした。 「へぇ、カッケェな」 昔と変わらないエクボができる。 それは嫌味でもなく、心から出た言葉に思えた。俺はアルコールも入ってないのに顔が上気するのを感じた。礼を言う前に橋岡が話を変えた。 「ユラはプロになんの?」 「なるさ、絶対。上には上がいるのを知っているけど、いつかは海外でプレーしたい」 女子が色めき立った。 「由良はさ、ポジションボランチじゃん?プレッシャーが掛かるとやっぱり繋がないといけないって焦んない?」 すっと、ユラの隣に移動してきたのは北川だ。昔から可愛かったが、現在も子供の頃を大人にしたようなあどけない顔立ちをしている。刺さる人には刺さる、よく言えばロリ…彼女を誰も狙わないってルールを決めた張本人が北川に話しかけた。 「お前、オフサイドも知らなかったのに、知ったかぶんなよ」 こいつら、付き合ってるな。直感だった。アイコンタクトとか、ボディランゲージとか、わかりやすいくらい好意をお互いが示していた。 「私、塩野の方がタイプだし」 右腕を取られて、胸を押し付けられる。   「俺のおん……」   ばっと間に割って入ったのは意外にもユラだった。「俺の女に手を出すな」と言いそびれた高橋の手が虚しくも宙を泳いだ。北川の肩を抱き寄せようとしたのかもしれない。 「お前にはこいつがいるだろう」 高橋の背中を押して、北川の元に行かせる。ものの数分でイチャイチャし始めた。 「よっ、愛の伝道師」 「からかうなよシオ」 俺たちは暫く2人でいた。耳目を集めていたのはわかっていたが、誰も近づいてこなかった。いや変わり者がいた。 「塩野って、刺青入ってんの」 女子の中で嫌われ者が空気を読まずに言った。 「ねぇよ」   こういう偏見未だにあるのかと憂鬱になった。   「極道と面識あるらしいじゃん。うち、高校一緒なの知らなかったっしょ?あんたが高一で辞めた後、そういう噂あるんだけど」 「うぜぇな」 低くて冷たい声が隣から上がった。そいつに顔を近づけてユラが凄む。悲鳴をあげて、そいつはトイレに駆け込んだ。 「二度と帰ってくんな」 舌打ちをして悪態をつくユラは無表情に戻った。「ありがとう」そう小さく呟いた言葉をユラは拾って、「気にすんな」と答えた。   「シオはやりたいこととかないの?」 「現実的に無理なのわかってるし」 俺は夢を伝えるのが昔から嫌いだった。夢がある人?小学生の時に俺以外の全員が手を挙げたことがある。確かその時も一番初めに手を挙げたのがユラだった。「警察官」と答えたユラのことをみんなが、らしいと笑っていた。「あれ?塩野君はないの?」俺は首を横に振った。それから皆から取り残されたような疎外感と羞恥心を覚えた。 「俺さ、昔の話し、夢は警察官って言ったけど、本当はサッカー選手になりたかったんだよ。お前じゃ無理だ、そんな風に思われるのは絶対に嫌だったし…変なプライドだろう?」 「ちょっとわかる。俺は手を挙げられなかった、無理だって思われたらキツイし」 「まだ描いてんの?」 俺はどきっとした。俺の黒歴史をユラは知っている。 「もう絵も文章もかいてない」 みんなが馬鹿にした夢、絵本作家。「あれ?こういう風になったの?」クラス一絵の上手い山本にそう言われた。途中まではよかった、そう聞こえた。それに迎合したクラスメイトは、俺が絵が下手だとレッテルを貼った。 「続けろよ、シオ」 そうだ。坂を押す途中でユラだけがそう言った。 「カラオケ行こうぜ」 「二次会に行こう!」 すっかり公認バカップルが板についた橋岡と北川はアルコールもないのに出来上がっていた。 「俺帰るわ」 ユラがトイレに行ってる間、橋岡が謝ってきた。 「ごめんな、俺てっきり由良がお前をハブるように同窓会誘うように言ってきたのかと思って……」 「は?誘ってきたのユラだったのか、それがどうしてハブることに繋がるんだよ」 橋岡が躊躇いがちに言う。 「由良がお前のこと天と地ほども違うって言っててさ、シオがユラのことを隠れて虐めてたんかなって勘違いして、この同窓会を復讐の場にしようとしてたのかなーと」 頭の後ろを掻く橋岡の言葉に、俺は言葉を失った。 "天と地ほども違う"――その言葉は、俺がユラを新聞で読んだ時に抱いた、あのどうしようもない劣等感そのものだった。ユラが同じ言葉を口にしていたなんて、信じられなかった。それはユラが、俺の抱えていたジレンマを、俺自身も知らないうちに理解してくれていた、ということなのだろうか。 「なんか、お前ら自身も糸が絡んでるみたいだな。切るには話し合うしかない!」 そう言うと高橋は北川を連れ立って、カラオケに行った。 「あれ?他の奴らは?」 「カラオケ。俺は帰るけど、お前どうする?今追えば間に合うぞ」 「シオといる」 お前、海外に行くんだろう。俺みたいなやつと一緒にいちゃダメだ。その言葉を呑み込む。そんなこと言ったらシオは優しいから……。2人でレストランから出て歩いていると、公園に着いた。 「懐かしい」 俺が言えば、「甥っ子2人とよく一緒行くよ。シーソーに乗ると、いつも片方だけしか上がらなくて、2人一緒に乗るんだ。それでも俺の方が重くてズルいって言われて、どうすりゃいいんだって困ってる」とユラが白い息を吐き出した。 俺はその光景を想像してクスッと笑った。スーツでシーソーに乗るなんて、初めてでなんだかおかしかった。俺たちがシーソーに乗ると、ユラの方が重くてカクンと下がった。 「肉体労働って何の仕事?」 「車の解体作業。再利用可能な部品や素材を回収して、環境に配慮しながら適切に処理するプロフェッショナル」 カクンとユラが地面を蹴る。   「自分で言うな。俺が言うから」 そう言いながら、スマホを取り出した。「車の解体業、仕事内容」どうやらマイクで検索したようだ。 「かなりリスキーな仕事みたいだな」 「そそ。そこでも未だにおれ問題児やってる」 わざと軽佻浮薄に聞こえるように言った。 「シオが悪かったのか?俺はそうじゃないって思ってる」 「違う……違うよ」 俺は俯いた。高校の時も、一昨日も、誰かにそう言ってもらいたかった。「塩野もすぐ衝動的になる癖はなんとかしないとな」やんわりとそう指摘されて、俺は痛痒感を抱いた。 俺ばかりが悪い。 こんなに優しく問われたのは初めてだった。 「夢だって、諦めるなよ。誰も夢を奪う権利なんてないんだ」 涙を拭うと、俺は頷く。雪が降ってきた。そのことを2人とも話さずに居心地の良い沈黙と時間だけが過ぎていく。 「お前のこと、何年経っても好きだ」 俺は長年聞きたかった言葉に静かにもう一度頷いた。 今俺は定時制高校に通ってる。3部の夜間で、年齢も経歴も職歴もバラバラで、切磋琢磨しながらお互いに励んでる。仕事は喫茶店でバイトしてる。結局、あの後輩もどきは辞めた。「訴えてやる!俺のは自己防衛だ」と仕切りに騒いでいたらしいが、社長が頭を下げて穏便に事は済んだ。社長には一生頭が上がらない。けれど解体業と高校生活の両立はできなくて、16の頃から働き続けて三年が経った日、俺は仕事を変える決意をした。多くの社員が門出を祝ってくれた。 ユラはインハイ最後の年、優勝した。二連覇で、喜びもひとしおだった。 海外の選手を多く輩出してるJリーグのチームに加わった。アンダー20の日本代表にも呼ばれて、健闘してる。「レベルたけぇ」が口癖になっていて、電話ではお互いの近況を報告し合っている。 『この間のうさぎと餅を足したようなキャラクター反響あったみたいだな』 「うさもちのことか?あれは昔芸人の親の大喜利で、動物同士を掛け合わした絵があって、それに大笑いしたことを思い出したんだよ」 『芸人の親?』 「鳥兎とか蛇ネズミとか、絵もなんか個性的ですげぇ笑った記憶がある」 『へぇ、見たかったな』 朧げな記憶に俺は少し口角を上げる。 『いま、笑ったろ』 「どっかで見てんのか?」 今は喫茶店の路地裏にいる、自動販売機に用があった。 「うしろ」 俺はバックからハグをされて、驚きに「うおっ」と声を上げる。 「色気ねぇな」 一層逞しくなったユラの声がして、俺は振り返った。そしたら、唇に何か柔らかいものが当たって、気づくと強く抱擁していた。 「英語の勉強はしてるか?」 「え?なんで」 「お前も来るから、海外に」 その言葉は傲慢だったが、自信がなさそうな表情をしていた。ユラは繊細な一面もあって、最近そこが可愛いと気づいた。 「行くよ。要らないって言われてもついていく」 嬉しそうにユラはエクボを見せた。 もうすぐ寒い冬を超えて春が来る。

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