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52.イーリファングを巡る記憶
ダリオとキスをしてしまった後、リトは道に迷いながらも教会本部へ戻ってきて、神父のローブを引っ掴んで真っ赤な顔で、
「へ、変態が!変態が!変態が!」
と、必死な様子で言いながら長い廊下の先を指差す。
「え、ダリオ君が三人もいたんですか!? それは大変ですね。退治しに行きましょう」
と、神父とリトの師弟はダリオ退治に向かった。
―――
そして、ラスヴァンとジェイスも教会本部に戻ってきて、ミハイルとザックが小部屋で話しているのを見て声をかけた。
「ミハイル、牙宝石って知ってる?」
ジェイスがそう言うと、
「ん? ああ、知ってるさ、イーリファングってやつだろ?」
ミハイルは軽く答えた。
「知ってるのか!? これだぞ! このデカい牙!」
ラスヴァンが興奮気味になり、ミハイルの目の前に牙宝石を持っていき見せつける。
「あ、ああ、ヴォルクにいた時、金儲けの話題になってたな。しかし……あの森にいる猛獣を倒せる奴は誰もいなかったから、いつの間にか煙に消えちまったが……」
ザックの口の周りの焦がし醤油を、ミハイルはハンカチで拭きながら答えた。
「ん〜おれもその牙、見たことあるっす!」
話題に入るとは思わなかったザックが声を上げると、ミハイルとラスヴァンとジェイスは驚きながら注目する。
「孤児院の職員室に忍び込んだ時……珍しい図鑑があって、そこからスケッチしたっす。お金儲けのことは知らなくて、図鑑にこの大きな牙と猛獣と、キレイなネックレスの絵が載ってて気になったっす」
ザックはカバンからスケッチブックを出すと、そこには黒と白と黄色、青のクレヨンで描いた、獣と鋭い牙の絵、それで作られたネックレスの絵が描かれていた。
ラスヴァンはその絵と、自分の牙を出して比べた。三段階に波打っている牙は珍しく、ザックの絵にもその特徴がよく出ていた。
「似てるね……」
ジェイスもラスヴァンの腕の横から覗き込んで言う。
「ああ……やはりイーリファングは存在するんだ」
ラスヴァンはザックにスケッチブックを返して、珍しく頭を撫でた。
「わっ……ぷ……めずらしいっす///」
ついでにミハイルの頭も撫でた。
「いや、俺は撫でなくてもいいから……///」
ミハイルは照れた。
二人の意見を聞いて、ラスヴァンは牙宝石があることを確認できた。
「じゃあ、なんで売れないのかな?」
ジェイスがラスヴァンに眉を寄せて話しかける。
「もう一度、鍛冶屋のジジイの言葉を思い出してみたんだが……『王都にいけば売れる』とだけ聞いたような気がする」
しかし、ラスヴァンは考えすぎて頭が硬くなっているのか、珍しく自信なさげに弱った瞳をして、苦しげに眉を顰めていた。
「……ラスヴァン無理しないで……地下牢から出てきたばかりだし疲れてるんだよ。少し休もう。そうだ、神父様とリト君が帰ってきたら、もう一度話を聞いてみよう? ね?」
ラスヴァンは素直に頷いた。
―――
しばらくすると、ダリオ退治から帰ってきた神父とリトが「ダリオ逃しました……」と言いながら帰ってきた。リトも魔法を放ったようで、なぜか神父の一本に結った髪がバリバリに凍って固まっていた。
「神父様、お疲れのところすみません。この牙のこと、知らないですか?」
ジェイスは神父の手の平にそっと牙をのせて尋ねる。
「……知らないですねえ、食べられるんですか?」
神父が涎を垂らしたので、ジェイスが素早く牙を取り上げた。次にジェイスはリトに聞いた。
「リト君、見たことないかな、これ?」
ラスヴァンはジェイスの後ろに立ち、疲れた顔で二人の会話を見守っていた。リトは少し唇を噛んでから、
「知らねえ……と言いたいところだが、あんた達には借りがある。探すために協力するよ」
リトは珍しく穏やかな声でそう言うと、ジェイスを指差した。
「ええ、借りなんて、そんなのないよ?」
ジェイスは慌てて、手のひらを振る。ラスヴァンはリトから返ってきた言葉に驚き、意外そうな顔で会話を聞いていた。
「ある。……ポトフ食わせてもらったからな」
「ポトフ……」
ずいぶん前の記憶を呼び覚まし、ジェイスは少し微笑んでポツリと言った。
「リト君……義理堅いんだね」
(ポトフ嬉しかったのかな?)
「う、うるせえなっ……///」
リトは頬を赤くして、顔を背けた。
―――
そしてリトは腰のポーチから、怪しげな絵がついた紫色の小さな箱を出した。
「……なんだそれは?」
ラスヴァンがジェイスの後ろから覗き込むように小箱を見る。
「お香、集中力を高める効果がある」
小さなお皿にほんのり香りがする三角のお香を、リトは慣れた手つきで用意していた。それを神父は離れたところから、腕を組んで見ていた。
リトの腕の横からひょっこりと、ザックが顔を出す。
「あー、まだ持ってたんすね。香りが気に入って、一時期凝ってたっすよね」
「うるせえから、ママのところに行ってろ」
リトはザックの顔を手の平で押して、ミハイルのところに追いやった。ザックは「もー!」と不満げにしながらも、ミハイルの膝にのった。
リトは、ラスヴァンの前に椅子を置いて座り、胡座をかいて、膝の片側にお香を置いた。ラスヴァンの真っ黒い瞳を見つめて、声色を変えて言う。
「椅子に座って目をつぶってください」
しかしラスヴァンは、
「なんだこれは?」
と、動揺を隠せない。呪いごと関係を一切信じていなかったラスヴァンは、その場から立ち去ろうとしたが、ジェイスは腕を掴んで、
「やってみよう」
と真剣な顔で言った。仕方なくラスヴァンは従って椅子に座った。
「肩の力を抜いてリラックスしてください。頭の中にある闇の中に、貴方が答えを望んでいる場面が浮かび上がってきます」
リトがお香にマッチで火をつけ、煙がラスヴァンの頭を包み込むように、手で軽く仰いで誘導する。
ラスヴァンは目を瞑って、お香の香りを自然に吸い込むと、瞑った目の前に濃い紫色のモヤが現れた。そのモヤを掻き分けていくと……
―――
「だが、こっちはウチじゃ扱えねえな」
「勘違いするなよ。“ウチじゃ”扱えねえって言ったんだ」
以前鍛冶屋の爺さんと話した場面が、目の前に浮かんでくる。
(……違う、ここじゃない……もっと先だ……)
ラスヴァンはもっと先の場面を見たくて、心の中でつぶやいた。場面は移り変わっていく。
「あんた、密猟者ってわけでもなさそうだから教えとく。それは、磨いて細工すればイーリファングって牙宝石になる。王都じゃ“マニアックな貴族”に、バカ高く売れる」
その瞬間、ラスヴァンの目の前の場面が揺らぎ、モヤが晴れていく。
―――
ラスヴァンがパチリと目を開け、
ガタンッ!!
と、突然椅子から立ち上がった。
「ラスヴァン!?」
「……わかったのか?」
ジェイスとリトが声をかけると、リトは髪をワシャワシャと大きな手で撫でられた。
「な、なにをっ!///」
「いや、お手柄だ。ありがとう!」
ラスヴァンの晴れ渡った顔で、真っ直ぐにお礼を言われて、
「う……まあ、役に立ったなら……べつに……///」
リトは柄にもなく照れた。
「ラスヴァン、大丈夫? あ、でもさっきより顔色良くなったね」
ジェイスがホッと一息つくと、ラスヴァンはジェイスの肩に片手を置いて、真っ直ぐに言った。
「ジェイス、貴族に売れるぞ、マニアックな貴族にだ!」
「え……わかったんだ! やったね! リト君もありがとう」
「もう、いいよ……///」
リトは照れて背中を向けて、耳を赤くしている。
「だが、貴族にどうやって会うんだ? 誰か知り合いでもいるのか?」
ミハイルの言葉に、部屋が静まった。
ルベルナ王国の貴族は、町民がすぐ会える相手ではなかった。売買する上で信頼できる相手とも限らない。
「神父様、貴族っぽいですけど、貴族じゃありませんか?」
ジェイスが思いついたように、仲間の中で唯一貴族っぽい神父に話しかけた。
「私は遠方の田舎出身で、13人兄弟の末っ子に生まれました。ちなみにみんな神父です」
淡々と神父が言った後に、ミハイルは思った。
(こんなのが十三人も……恐ろしい……)
神父は口に手を当てながら話す。
「貴族に知り合いはいますが、みなさん、上級魔導士職で忙しいです。前もって約束していなければ、私事だと会うのに二週間はかかります」
「二週間……」
ラスヴァンは絶句した。旅費が持たないからだ。また改めて旅費を貯めて王都に来るまで、時間も金もかかるだろう。
(くっ……やはり一度諦めるしかないのか……)
ラスヴァンは拳を握りしめ、俯いたが、
「なんとかならないですか、神父様!」
しかし、ジェイスは諦めなかった。
「ん〜……手がないこともないのですが、一人飛んでくるかもしれない貴族がいます……しかし……」
神父はリトをチラチラッと横目に見た。
「……なんだよ、はっきりいえよ!」
リトは嫌な予感がしたが、神父に食ってかかった。神父は少しため息をつきながら言う…
「ダリオ・ルシェル・フォルティッシモって言うんですけど……」
バタンッ
リトは倒れた。
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