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第1話

萩山(はぎやま)君、こっちの書類もお願い」 「はい、わかりました」  田舎の小さな役場で働く俺は、βとして生きている。  ――本当の性別は、Ω。だが、これを周りに知られるわけにはいかない。  Ωといっても抑制剤をしっかりと飲んでいればヒートも少し身体がだるくてムラムラする程度のもので、αにも俺のフェロモンは通用しないらしい。  そんなβとほとんど変わらない体質でも、Ωというだけでこの田舎では裏で後ろ指を指されるのは紛れもない事実で、本当の性別は両親と一部の人ぐらいしか知らない。  いつバレるかわからないという不安もあるが、ここで生きていくためにはこうするしかないというのもよくわかっているので、わざわざ隣町まで行って通院している。  願わくば、そういった生活を死ぬまで続けたいと思っていたのだが、今日その平穏が崩れ落ちてしまうとは夢にも思わなかった。 「すみません」 「はい、なんでしょう」  窓口に来た人を見て、俺は驚きと同時に嬉しさが顔に出た。十五年ぶりの再会だが、見間違えるはずがなかった。 「もしかして、崎田(さきた)か?」 「ああ。久しぶり……萩山」  小学校三年生までこの街にいて、親の都合でこの街を後にした崎田。俺たちは彼が引っ越す日まで毎日朝から晩まで遊んでいた。  手紙はいつの間にかやり取りがなくなって、どうしてるかなと思うことはあっても、もう会うことはないと思っていた崎田。再会の喜びを分かち合うために握手をしたら、崎田がすんすんと鼻を鳴らした。 「あれ、萩山なんかいい匂いするね。香水?」 「えっ……?つ、つけてないけど」 「そっか、あ、転入届チェックしてくれる?」 「う、うん」  まさかと思い震える指で性別欄をチェックすると、男性・αのところに丸が打ってあった。  そして俺はヒート中――ということは、フェロモンを、嗅ぎ取られた……?  瞬間どくんと心臓が大きく高鳴り、感じたことのない熱が下腹にたまる。脚の内側がじんわりと熱くなる感覚に、息を飲んだ。  これが――本当の――ヒート……!?  まずいと思った俺は、崎田に断ってその場をあとにする。震える脚で上司に体調不良を告げると、すぐに帰宅の許可が出た。  早く車に乗って、家に帰らないと――  よろよろと車へ向かっていると、不意に肩を掴まれた。 「萩山」 「な、に……?」 「お前、ヒート中なのか?」  目を見開いてぶんぶんとかぶりを振るが、じっと見つめられた俺は静かに頷く。  それを見た崎田は、何かを考え込んでいた。 「……見てらんないんだよ。お前がそんな顔してるの……その、俺、ちゃんと抑制剤飲んでるし、Ω用のカラーも持ってるから……よかったら発散、手伝うけど」  信じがたい誘いに、目の前がぐらりと揺らいだ。  その瞬間、崩したくなかった平穏が、音もなく崩れていくのを感じた。

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