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第38話
その証明の香りは、甘い蜜のような香りでありながら、崎田にとっては猛毒のようでもあった。
先程打ったばかりの抑制剤が、まるで水のように効果を失っていくのを肌で感じる。それでも、この香りを前にして逃げるという選択肢は、崎田の中には存在しなかった。
むしろ、その香りが自身を燃やす燃料だとでも言うかのように、崎田の眼差しはさらに深く、熱を帯びていく。
「なあ……これ、もっと挿れてもいいか?いいよな?」
崎田の声は、獲物を前にした獣の唸りにも似ていた。言葉と同時に、後孔に差し込まれた指が、それまでとは比べ物にならないほどの圧力で奥を抉る。
「う、あっ……!」
これまでの刺激の全てが霞むほどの、強烈な快感が萩山の脳髄を貫いた。
内側をぐりぐりと掻き回され、まるで体内のどこかのスイッチを乱暴に押されたような感覚に、萩山の全身が大きく震える。呼吸は完全に崩れ、喉からは意味をなさない嬌声だけが漏れ続けた。
「……あ、あ、あああっ! さ、きた、やめ、て……! もう、だめ、むりっ……!」
拒絶の言葉を口にしながらも、萩山の腰はまるで意思を持ったかのように、崎田の指の動きに合わせて揺れ動く。
その衝動は、理性がどうにかできる範疇を遥かに超えていた。
崎田は、そんな萩山の様子を満足そうに、それでいて少し苦しそうに見つめていた。
「悪い、崎田が……由樹が、可愛くて、止められない」
そう言って、崎田は一呼吸置いてから、滑り込ませていた指を一気に引き抜いた。じゅぽり、という湿った音が響き、粘度の高い体液がシーツに落ちる。
「え……?」
突然の刺激の消失に、萩山の意識が一瞬遠のきそうになる。しかし、その空白はすぐに、より大きく、より強力な「熱」によって埋め尽くされた。
崎田が、そそり立った熱くて硬い自分自身を、ぬるぬるになった萩山の後孔に、躊躇なく押し当てた。
「っ……!あ、さき、た、だめ……!」
先程までの指の刺激とは比べ物にならないほどの、異物感と熱量が、体内に侵入してくる。抗おうとするが、もう遅かった。
熱を帯びた先端が、先程まで指によって蹂躙されていた場所を易々と突き破り、萩山の奥底へと深く、深く突き進んだ。
「ぐ、う……っ!あっ……!」
全身の神経が、快感と痛みの間で引き裂かれる。視界は涙で歪み、息をするのも苦しい。
しかし、この瞬間、萩山の身体は完全に「Ω」として覚醒しきっていた。拒絶の痛みよりも、それを迎え入れる根源的な快楽、そして、目の前のαにすべてを明け渡す「幸福」が、萩山の全身を支配していく。
「萩山……ずっとすきだった、愛してる……」
崎田が、汗と熱に濡れた萩山の首筋に顔を埋め、途切れ途切れの声で囁いた。その声には、理性を手放したαの、切実なまでの独占欲が滲んでいた。
深く、そして、萩山の身体の芯を捕らえる動きで、崎田の腰が荒々しく前後する。
「あ、ぁ、あっ……!」
フェロモン、熱、体液、そして崎田の愛の言葉。全てが混ざり合った濃密な快楽の渦の中で、萩山はもう、自分が何者なのかも分からない。ただこのαに抱かれ、この香りに満たされ、自分自身を全て差し出すことだけが、世界の唯一の真実のように思えた。
(……ああ、これは、運命だったのかもしれない)
意識の断片で、萩山はそう悟った。その瞬間、身体の奥から噴き出すような止めどない絶頂の予感が、崎田の、そして二人の未来を、決定的に変えていった。
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