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第37話
それを知ってか知らずか、ぐちゅりと音を響かせながら崎田が二本目の指をねじ込む。
「すごい……どんどん溢れてくるな」
指を開いたり閉じたりして内壁をぐるりとなぞる様子を、背筋の震えとして快楽を逃がしながら、萩山はぼうっと見つめる。
崎田は余裕そうに見えるが、先日自分から強く香ったらしい「いい香り」がフェロモンではない何かで、やはり自分自身がΩとして不完全な存在なのでは。
という気持ちが芽生えた途端、涙がじわりと浮かんだ萩山は顔を横に向けてそれに気づかれないように目を閉じて水滴を逃がす。
すると、不意に指が引き抜かれる。
ごそごそという音を立てたあとで、ベッド脇のサイドボードから注射器を取り出した崎田は、ぬるついた指で焦るように包装を破いた後に勢いよく自らの太ももに突き刺した。
「えっ……!?」
驚く萩山に、崎田は笑みをつくりながら答える。
「悪い、さっきからフェロモン濃くなって……耐えられそうになかったから」
よく見ると、崎田の額に汗が浮かんでおり呼吸もどことなく荒いように見える。
注射を打たせるほど無理をさせてしまっている申し訳なさと、自分のフェロモンはちゃんと存在したんだ、という感心感で胸がいっぱいになった萩山は上体を起こし、手を伸ばして崎田を抱きしめた。
「萩山……?」
「崎田」
「ん?」
「うまく言えないけど、ありがとう」
瞬間身体を強張らせた崎田が、未だ震える腕で萩山を抱きしめ返す。
「そんな、礼を言うのは俺の方だよ」
「そうなのか?」
「……まあな」
何かを隠すような笑みを浮かべた崎田は、背中から下に手を滑り込ませて、再び萩山の後孔に指を這わせる。
「っ……!」
急な刺激に萩山の体が跳ねる。先程の指の感触とは違い、今度は水気が減ったせいでよりねっとりとした粘着質な感覚が背筋を這い上がった。
「萩山、早くイきたいだろ」
崎田の声は微かに震えていたが、その表情は真剣で、どこか焦燥感にも似た熱を帯びていた。
指はそのまま、ごく自然な動きで再び二本、三本と深く差し込まれる。先程よりも躊躇のない、確信めいた動きで。
「待って、崎田、さっき注射……」
萩山が慌てて声を上げると、崎田は萩山の耳元に唇を寄せる。
「大丈夫。ちょっと効いてきたから。萩山が痛いことや辛いことはしないって約束する」
低く囁かれたその言葉は、萩山の中の不安と、先程芽生えた「崎田の役に立ちたい」という感情を強く揺さぶった。
(そこまでして、俺なんかに尽くしてくれるのは、やっぱりΩとαだからなんだろうか、それとも――)
頭の中で言葉が渦を巻く。その間にも、崎田の指は内壁を力強く抉るように動いていた。
「あっ、ひ……や、め」
先程までの快楽とは違う、強制的な、しかし拒否しきれない強烈な刺激が、萩山の意識を奪っていく。
「さき、た……あ、ぁ、もう……」
ぐちゅ、じゅるり、と水音を立てながら、崎田は指を動かす速度を上げた。呼吸を乱し、わずかに嗚咽を漏らし始めた萩山の腰を、もう片方の手が強く引き寄せる。
「見て、萩山。こんなに濡れてる……気持ちいいか?」
粘度の高い体液で濡れた自分の指を見せつけ、崎田は嬉しそうに笑った。
「俺は……萩山のこと、俺なしじゃ生きられなくしたいって思ってるよ」
その瞬間、崎田の瞳に宿った強い光が、萩山の羞恥心や理性を焼き尽くす炎のように感じられた。
そして、その炎に導かれるように、萩山の身体から、さらに強く甘く、今までとは比べ物にならないほどの濃密なフェロモンが、部屋中に満ち溢れ始めた。
それは崎田を突き動かし、萩山自身をも快楽の淵へ引きずり込む、抗いがたい「証明」の香りだった。
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