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第40話
しんと静まり返った部屋の中で、シーツの擦れる音だけが小さく響いた。
身体の奥に残る熱が、まだ自分のものではないように感じる。
視線を落とせば、鎖骨にはしっかりと赤く残ったキスマークがある。首の後ろにに手を回すと、首輪がでこぼこと凹んでいた。けれど、それは首輪の上からつけられたものだから、肌には何の傷もない。
――なのに、痛い。
まるで本当に噛まれたように、そこがじんじんと疼いていた。
(あれは、フェロモンのせい……だよな)
そう思いたいのに、喉の奥で言葉が詰まる。
首輪越しに感じたあの快楽は、Ωとしての反応じゃなく、崎田に触れられたから感じたのだと、理性が告げてくる。
思考の中に、また熱が戻ってくるのがわかった。
身体の芯が、まだ彼の体温を探していふ。
拒めたはずなのに、拒まなかった。いかないで、と言ったのは自分だ。
あの瞬間、崎田を求めていた。αの香りに酔っていた。
どちらでもいいと思った。萩山由樹としてでも、Ωとしてでも。そのことが何よりも怖かった。
気づけば、首輪の金具を指先でなぞっていた。鉄の冷たさが、今だけは救いのように感じる。
これがある限り、彼には“噛まれていない”と自分に言い訳できるから。
しかし、そう思った瞬間、心のどこかがずきりと痛んだ。
(噛まれたら、楽になるのかな)
その考えに、自分で息を呑む。
「楽」という言葉が出てくること自体が、もう危険だった。恋なのか、依存なのか。もう、どちらでも構わないほどに、崎田遼という男を求めていることに、萩山は気づいてしまった。
「……萩山」
目の前に崎田本人がいることを一瞬忘れるほど思い詰めていた萩山は、少し目を見開いてから彼の顔をじっと見つめる。
「ごめん、もっとしてとか……本当、何言ってるんだろうな、俺……」
急に強いヒートが来てしまった哀れなΩを同情で抱いているだけだろうと、自虐的な考えが浮かんだ萩山が目を伏せながら呟くと、崎田が真剣な顔をしながら萩山を優しく、しかし力強く押し倒した。
「いや……嬉しくて、何言っていいかわからなかった」
「え……?」
「俺のこと、求めてくれてるってことでいいんだよな?」
萩山が小さく頷くと、崎田は嬉しそうにはにかんでから優しく口づけてきた。
「萩山が満足するまで、どろどろに抱いてあげるから」
その言葉を聞いた萩山は、わずかな期待と確かな後悔を感じながらも、それを消し去るように崎田の首の後ろに腕を回した。
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