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ファンタジーな話⑦
何だ、この全身から溢れる力…。
制御を知らないような、大きすぎる魔力。
床に尻もちをつく眼鏡をかけた彼の前、俺は瞳を泳がせる。
「…あっ!」
自分の意思とは反して、勝手に手が動いて彼を攻撃しようとする。
…何なんだこれ。どうしよう。
自分の中で、別の誰かの人格を感じる。
激しい憎しみ――胸を渦巻くどす黒い感情。
だけど、それだけじゃない気がする。
…怒りきれていないような、不安に揺れるひとりの少年の姿が、まぶたの裏に映る。
その最中にもまた、体はひとりでに動いて、彼を攻撃しようとする。
動こうとする自らの手を、もう片方の手で掴み、力を入れて抑える。
“…何故止める?”
…誰?
“俺に抗うな。黙って俺の言うことを聞いてればいい”
頭の中で、誰かの声が響く。
抗い切れない右手が、彼に向かって突き出されていく。
強すぎる魔力に、髪の毛がぶわりと揺れる。
もし、この攻撃が当たったら、彼が死んでしまう――そんな気がした。
……いやだ、この人を傷付けたくない。
俺には彼を傷つける理由がない。
止まって――
俺の体を乗っ取る誰かに強く対抗する。
食いしばった唇からは、血が流れ出ているのか、鉄の味がした。
”星七”
懐かしい旧友の姿がよみがえる。
もう、俺は誰かを失いたくない。
傷つけたくない、殺したくない。
眩い光の中、視界が涙で濡れる。
「…っっ!」
攻撃する直前、激しい魔力に体力が尽きたのか、体が床にどさりと倒れる。
意識が朦朧としていく――
だけど、攻撃せずに終えられてよかった…….。
意識を手放す寸前、俺を見下ろす眼鏡の彼の姿が見えた気がした。
***
数分後、俺は再び先ほどの大きなベッドで目を覚ます。
俺、さっき誰かに体を乗っ取られて…
そうだ、彼は――
…ん?
ふと顔を上げると、さっきは無かったはずのテラスに、先ほどの彼の姿があった。
俺はベッドから降り、青白い月の光に照らされる彼のそばへと歩み寄る。
彼は、近付く俺に一瞬だけ視線を投げると、夜空に浮かぶ月へと目線を戻した。
「あの、お怪我は」
「…何故お前が俺の心配をする」
俺はこちらを見ない彼の横顔を見つめる。
何でって言われてもな…。
「さっき、なんで泣いてたんだ」
依然として前を向いたままの彼から告げられた言葉に、少々驚く。
俺は少し迷ってから口を開く。
「…泣きたくなるときって、ありませんか」
テラスの手すりに手を置き、静かに目を伏せて話す。
「もう、いくら考えたってどうにもならないことなのに…ずっと過去に囚われて、後悔して。もう一度、やり直せたら…なんて思ったり」
ほのかに口元を緩ませながら、自嘲気味に言うと。
「………あるな」
え……
短い間のあと耳にした彼の声に、再び顔を上げる。
振り向いた先、体ごとこちらを向いた彼と、目線が交わる。
「……あの――」
そのとき、突如強い風が吹いた。
目の前に立つ彼の眼鏡の奥にある瞳がわずかに開き、俺は後ろへと振り返る。
暗闇の室内の中、背の高いスラリとした人影が見えた。
ゆっくりと歩いてくる人物が、次第にハッキリと見えるようになってから、俺は大きく目を開く。
俺たちの前まで歩み寄ると、茶髪の彼が足を止める。
眼鏡の彼と同じく、黒の厚手の外套を着る彼。
月に反射するように鋭く光る、彼の煌々とした瞳に、わずかな恐怖に混じる、甘い胸の高鳴りを感じた。
「……片桐君」
ぽつり、俺は無意識に呟いた。
「…彼を返してもらいます」
彼――片桐君は静かにそう告げると、眼鏡の彼に向かって片手を突き出した。その瞬間、白く眩い光が視界を包み、俺は思わず目を瞑る。
すぐにはっとして目を開けると、眼鏡をかけた彼の周囲には、青いシールドが張られていた。
「俺とやり合う気か」
「あんたを消す。この意志が変わることはない」
「偉そうに…。一人で俺の元まで来れなかったくせに」
2人が同時に攻撃し合う様子を間近で見つめていると、すぐそばに突然、ワープポイントらしきものが出現した。
え…?
警戒しながら様子を窺っていると――
「星七」
転送ゲートから、よく見知った人物が現れた。
「…藍沢っ?」
藍沢は俺の元までやって来ると、俺の腕を掴む。
「行くぞ」
有無を言わせない様子の藍沢に強く手を引かれながら、俺は咄嗟に後ろを振り返る。
「待って、藍沢――」
見つめた先、片桐君が、俺の視線に気付いたように振り向く。
彼に向かって手を伸ばす。
彼と指先同士が一瞬、微かに触れ合う。
「片桐君……っ!」
彼の名前を呼ぶ。
視界から、瞬く間に彼の姿形が消えて見えなくなった。
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