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第4話 ヘボ将棋を地で行く先輩(side修平)

性格も、俺の好みであるような予感がしてしまう。 好きになっても、先はないのに。 そう、先はないと思っているのに、俺の口は勝手に動いた。 「……いえ、入会で良いです」 俺がそう言えば、先輩は少し申し訳なさそうな顔をしてから、「そう? じゃあ、これ入会届なんだけど……出すのは、入りたいって思った時で良いから! これ、サークル部屋の場所の地図なんだけど。扉に郵便受があるから、そこに入れておいてくれれば……」とフォローする。 この人と、まずは友達になりたいと思った。 「いえ、今入会します」 「……いいの? まぁ、入ってくれるなら、嬉しいけど……」 「はい」 もう一度、笑ってくれないかと思いつつ、俺はペンを手にする。 「……ありがとう、嬉しいよ!」 俺の願い通り、その先輩はにっこり笑ってくれた。 なのにその笑顔を直視出来ないまま、俺は黙々と入会届に記入する。 顔は赤くなってないだろうかと危惧してしまうほど、心臓の音が早い。 「へえ、やっぱり経験者なんだね」 先輩は、頬杖を付きながら俺の記入する入会届を覗き込みながら言った。 俺の短く硬い髪に、先輩の長くサラサラな髪が触れて、心臓が跳ね上がる。 「祖父とたまに指すくらいでしたが」 俺が平静を装いながらそう返せば、先程先輩を起こした男が、「お、それなら(たもつ)でも勝てるんじゃね?」と言った。 「おい、失礼だろ」 たもつ、と心の中で呟く。 「辛うじてルールを知ってる俺と、比べるなよ。ごめんな、失礼なこと言って」 「いえ」 自分じゃなくて、俺に失礼だと怒ってくれたのか、となんだか和む。 「ええと……飯島修平(いいじましゅうへい)君かぁ。俺は安藤保(あんどうたもつ)って言います。これからよろしくね」 「はい。よろしくお願いします、保先輩」 「なぁ、修平君、時間ある? 保と一回、対局していかない?」 保先輩の友達が、長机の隅にある将棋を指差して言った。 「こら。他のサークルだって見たいだろうが」 「いいですね」 「……良いの?」 「はい、是非」 保先輩はもう一度、笑ってくれた。 呆気なく勝負はついた。 「え? 何で?」 「飛車守ったのが分かれ目でしたかね。3三桂、同金、2二金で詰みなので、飛車は捨ててこちらの方に注視すべきだったかと」 「うわー。ヘボ将棋を地で行ったわ……」 「玉より飛車を可愛がり、ですね」 負けた保先輩は「もう一回!」と膨れて言う。 そんな様子も、食べたいくらいに可愛かった。

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