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第57話 動物最強説(side保)
ケン? いや誰?
「……大学の人? 悪いけど、俺も知らない」
基本的に、俺は大学で空気だ。
親しい友人はごく僅かで、始めの頃は沢山話し掛けてきてくれた人達も、俺の付き合いの悪さを知ったからか最近では挨拶くらいで、本当に仲の良い人としかつるんでいない。
「そうじゃなくて……先輩に近い人で……」
近い人? 名字しか知らない奴で、ケンって名前の奴いたっけ……?
俺がうーん、と考えていると、修平は「やっぱりなんでもないです、気にしないで下さい」と少し寂しそうに笑う。
そのまま俺の少し萎えたペニスから手を引いて、俺をぎゅう、と抱き締めた。
その笑顔と半端ない力に胸が苦しくなりながら、俺はなるべく明るい話題を提供しようとした。
「ケンって言えばさ、うちの猫がさぁ」
「うちの猫?」
「あ、実家の猫ね。もうじーちゃん猫なんだけど、普段無愛想ですんごい貫禄、」
「ちょっと待って下さい」
「ん?」
修平が俺の話を遮るなんて珍しいな、と思いながら修平の話に耳を傾ける。
「猫の名前が、ケンですか?」
「うん、そう。小学生だった頃の俺のネーミングセンスで、ケンタウロスって名前を付けられた猫」
俺はモゾモゾと修平の腕から抜け出し、ベッドから手だけ伸ばしてスマホを取り、ケンの写メを開いた。
「話したことなかったっけ?」
「いえ、実家の猫の話は何回か聞きましたが、名前は今初めて聞きました」
「そっか。それで、その猫が、ケンって呼んでるんだけど、とにかく普段無愛想な癖に、朝のご飯の催促の時だけは人の顔をペロペロ舐めまくって、俺が起きてご飯の準備するまで絶対に辞めてくれなくて……」
俺はベッドで並んでうつ伏せ寝転んでいる修平に、ケンの写メをスライドさせて見せながら、ペラペラと愛猫の話をする。
話しているとなんだか無性に会いたくなってしまったので、適当なところで切り上げた。
ふと修平の様子を見ると、先程の寂しそうな表情は鳴りを潜めて、むしろ晴れやかな表情でケンの写メを見ている。
良かった、やっぱり動物は最強の癒やしだよな。
俺は心の中でケンにお礼を言うと、スマホを戻して修平に「修平は今日、どんな予定?」と聞いた。
「あー、俺は柔道の試合が近いんで、今日も一日道場ですね」
「そっか。何時から?」
「自主練なので、時間は決まってないんです。まぁ、そろそろお暇しようとは思っているのですが」
「うん、わかった」
俺はもそりと起き上がる。
で、その時初めて気付いた。
修平の大きな身体は、布団が半分しか掛かっておらず、はみ出していたことに。
「うわ、ごめん!! 夜寒くなかった!?」
慌てて修平の身体を包むように布団をモフッと掛け直して俺が謝れば、修平はクスクス笑った。
「先輩を湯たんぽ代わりにしましたからね、大丈夫です」
「そっか~、でも今度修平が来るまでに、せめて掛け布団くらいひとつ買っておこうかな」
これからの季節、寒くなるし……と考えた俺の手首を、修平はガシっと掴む。
「……保先輩。それは、俺はこれからもこのお部屋にお邪魔していいってことですか?」
修平はこの上なく真剣な顔をして、俺に聞いた。
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