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第82話 友達の話ね、友達の(side保)
「そこでさ、この人何て言ったと思う!?」
「母さん、飲み過ぎじゃない?」
「雛子さん、ちょっと浮かれ過ぎじゃない?」
俺達二人は、延々と母親の長話の餌食になっていた。饒舌過ぎる。
もとからテンション高めのお喋りではあったが、正直いってこれでは本来の目的を達成することすら危うい。
「おじさん、母さんって酔うと記憶をなくすタイプでしたっけ?」
「いや、泣き上戸になるタイプ」
成る程。
因みに今の母親は、笑いながら泣いている。
眦に涙を浮かべてヒーヒー笑う母は、父の身体に縋り付いて大粒の涙を流していた母とは、別人のようで。
「おじさん、本当にありがとう」
つい、お礼が口をつく。
「え? 俺は何もしてないよ」
間違いなく、母がここまで立ち直れたのは、俺と、ケンと、おじさんと、流れる時間のお陰だ。
でも、母を支え続けたのは、おじさんだろう。
しかも、十年以上。
母が振り向かない可能性だってあったのに、ただ献身的に。
それは、どれほど辛く、長い自己犠牲だったのか。
好きな人が出来た今、それがどれ程大変なことなのか、少しは理解出来た。
「いいえ、俺達は確実に、おじさんに沢山助けられました。その、俺は母を幸せには出来ないかもしれないので、これからはおじさんが幸せにしてくれませんか?」
「……どういう意味だ?」
おじさんは、眉を潜めて怪訝な表情を浮かべた。
話すなら、今しかない。
おじさんが母と一緒になるなら、俺のことも知って貰わないと、ダメだから。
だから、わざわざ呼んで貰ったんだから。
「ちょっと、人の話聞いてるぅ?」
「酔っ払ってるところ悪いんだけど母さん、今回は話があって来たんだよね」
「ん? 何々!?」
興味津々で身体を前に出す母。
スタイルが良いので、ボインな胸がテーブルに乗る。
おじさんが視線のやり場に困っているのを俺は少し楽しく思いながら、「俺の友達の話なんだけど」と、遠回しに自分のことを話し出す。
「うん、友達のね」
保の話ね、と確認しながら頷く母。
「恋人が──」
「出来たのっ!?」
若干フライングした母を、おじさんが「まだ保君が話している最中だよ」とたしなめ、母親は口元をわかりやすく両手で押さえた。
「出来たけど、相手が同性……男だったら、普通の親って、どう思う、かな」
言った。
言えた。
でも、言い切った後、俺は二人の顔を怖くて見ることが出来なかった。
母親が、泣きそうな顔をしていたら。
おじさんが、汚らしいものを見るような顔をしていたら。
タイミングが良いのか悪いのか、俺の足元にケンが擦り寄ってきたので、俺は下を見たまま、ケンを撫でた。
母とおじさんが、顔を見合わせている気配を感じる。
俺は沈黙に耐えられず、続けた。
「ほら、母さん……母親って、もっと年をとると今度は孫自慢をしたがるんでしょ。同性ってさ、少なくとも子供は出来ないじゃん? 近所にも話せないし、恥ずかしいとか、色々あるのかな……って、」
「保」
「ん?」
俺が勇気を振り絞って、顔を上げて母を見れば。
「──本気で言ってる?」
さっきまで酔っ払いだったとは思えない程、物凄く低い声で。
母は怒りと真剣さを交えた表情で、こっちを見ていた。
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