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第83話 覚悟があるなら(side保)
母はビールグラスを一気に煽り、ダン! とそのグラスをテーブルに叩き付けた。
「雛子さ、」
「あのねぇ! それじゃ、もし保が連れて来た女性が不妊だったら、私が願い下げするとでも思ってんのっ!?」
「……え?」
俺は、母親の勢いにポカーンとした。
「大事なのは、保が相手を思う気持ちと同じくらい、相手も保を大事にしてくれるってこと!!」
「雛子さん、」
「連れてきたのが男だろうが、女だろうが! 私やケンが先にいなくなった時に、保を支えてくれること!!」
「ちょっと、母さん、声のボリューム、」
「相手が男だったら、保が人から好奇の目で見られないかなって不安になるよ! でも、それよりも一緒にいたいんでしょ!?」
「う、うん」
「仮にさ、相手が女だったとしてもさ。今は子供が出来にくい人とかもいるじゃない? だから、子供は保の一生の相手を決める為の条件にはなり得ないのよ。……あ、これは私が政治家じゃないから言えるんだけどさ」
「うん」
母親の勢いに、俺もおじさんも頷くことしか出来ない。
「昔よりも、ジェンダーの考え方って凄く広がってきてるから、もうちょい法整備がしっかりしないと、同性同士は障害あるかもなーって気はするよ。けど、それだけ」
ええと、つまりそれって……
おじさんがこの間を逃さずに、すかさず纏めた。
「つまり、雛子さんは全く気にしないってことだよね」
こくりと頷く母。
「……って、友達に言っておいて」
「あ、うん、友達にね」
そう言って、エビフライをもぐもぐ食して。
なんだか今更、心臓がバクバクしてきた。
ヤバイ。
嬉しい。
早く、修平に伝えたい。
直接会って、伝えたい。
「あ、それで……今の物件、ちょっと大学から遠くて、もう少し近場で、友達、と、シェアしようかって話があるんだけど」
「……友達?」
母は、ここで初めて眉根を寄せた。
「……うん」
冷や汗が出る。
「同居は良いけど、同棲は反対。あんた若いんだから、別れる可能性考えたら同棲はキツイよ。引っ越し代金に、敷金礼金も馬鹿にならないんだから」
「……駄目?」
「だから、同居なら良いよ」
「……」
「……うちに来る覚悟のある子なら良いよ」
「えっ」
母は、母親らしい優しさに満ちた眼差しで俺を見た。口にソースさえ付いてなければ、母親っぽいんだけど。
「保が遊ばれてるんじゃなくて、きちんと相手も覚悟があって、あんたと付き合ってるって言うなら良いよ」
「……ありがとう」
「って、友達に言っておいて」
「雛子さん、もうその設定要らないと思う」
「そ、そう?」
再び訪れた沈黙のタイミングで、俺は母親に聞いた。
「でもさ、母さん……俺がこの家出て大学行く時、“次は孫ね、楽しみにしてる”って言ってたよね……?」
母はキョトンとする。
「……え? 言ったっけ? そんなこと」
嘘だろおおおっっ!?!?
俺が! あんなに悩んだのに!! 本人が覚えてないとか!!
「あ、できちゃった婚しても責めないよって意味で言ったかも」
「ややこしいわ」
「だって、保なら絶対に相手のコのこと考えてきちんと避妊はするって信じてるからさ。それでも出来ちゃうならもう、責任取るしかないじゃない」
「ややこしいわ」
俺は一気に脱力した。
緊張が解けた俺は、その後どんな会話をしたのか全然覚えてない。
ただ、寝る前おじさんに、「盛っても良いけど、流石に母親のセックスは見たくないし聞きたくないから、出来たら一階でシて」と言った記憶はある。
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