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第5話 隣で眠る
ガタン、と音がして玄関のドアが開く。
古びたコンクリートのアパートに住まいを構える凛斗は、3階までマルシェ後の重い荷物を引きづりながら辿り着いた。
マルシェに行くのは好きだが、この階段だけは好きになれない。
玄関を開けると、しんとした空気に息を深く落とした。
マルシェでは、沢山の人がいるし、マルシェ後も……なんならマルシェ前も最近は、りぃかに会っている。
この人の気配がしないしんとした空気はあんまり凛斗は好きではなかった。
「とりあえず、片付け……。」
凛斗は、一人でいることの寂しさには蓋をして、キャリーケースの荷物を出していく。
毎回そこそこ売れ残る在庫だけではなく、お知らせやメールアドレスを記載したペーパーニュースや、飾るための棚やコルクボードなど意外と荷物は多い。
この片付けを後回しにすると、一生出てこない在庫が生まれてしまったりする。
在庫という言い方はしたが、自分の生み出した大切な作品でもある。
凛斗は、委託販売や通販に向けて、ひとつひとつ丁寧に仕分けをしてしまっていく。
もう慣れたもので、まだ次のマルシェに持っていく物、ショップに置くもの、通販サイトに載せるもの、と言うようにテキパキと捌いていく。
「りぃか、何してるかな……。」
少しの間。
(え……何を考えてんの。)
凛斗は驚いて、動きをフリーズさせてしまう。
確かにひとりはあまり好きではないし、りぃかといる時間も楽しいと感じる時もある。
それは嘘ではない。
だけど、まさか、そんな思いを口に出してしまうとは思いも見なかった。
「……調子狂う。」
自分の中に見たことの無い何かが芽生えたような、そんな気もして凛斗は首を振った。
数時間後、ふたりは再び顔を合わせていた。
「それで、それを直接俺に聞く?」
凛斗とりぃかは、チェーン店のカフェにいた。
凛斗は、りぃかに呆れられても、理解できないと言ったような表情をしている。
「分からなかったら、りぃかに聞いた方が早いと思うし……。」
「いや、そこは、自分で気づくとこだって。」
りぃかは、ピシャッと言い切るものの、凛斗はまだモヤモヤしたような表情を浮かべている。
りぃかは、はぁと深くため息をつく。
「凛斗さんはさ、俺に聞けば分かると思ったってこと?」
「違います?」
「いや、そこは『いいえ』の答えが正しいから。」
はあ、と大きく息をりぃかが吐くと、凛斗はますます分からないと言ったような表情を浮かべた。
りぃかは、ゆっくりアイスティーを飲み込むと氷がカランと音を立てた。
「じゃあさ、俺から凛斗さんは答えを聞き出す努力をしてよ。」
「え?占ってくださいよ。」
「せめて他に言ってよ。占ってもらいたいんなら。」
りぃかは、凛斗がなぜ占ってもらえば解決すると思ったのかと視線を逸らした。
りぃかは、自分は凛斗のことが、もう好きだと自覚しているし、今の凛斗の様子だと、悪い返事や展開はあまり考えられないとは思う。
「じゃあ、りぃかに聞きますけど、他の占い師のとこに行って欲しいんですか?」
「んんん、そういう言い方されたら……行かないでしか言えないじゃん…。」
凛斗は、真正面から言って来ているからタチが悪いとりぃかは頭を抱えた。
「ねえ、じゃあ、こないだキスした時は?」
「うーん……微妙です。したかったのは、したかったです。」
「ふーん、凛斗さんって可愛いね。」
りぃかは、ふぅーと深く溜息をつき、考えをめぐらせる。
「じゃあ、ヒントね。次のマルシェまでに考えをまとめてきて。」
「ヒント……なるほど?」
りぃかは質問を考えるように、ウーンと少しの間、頬づえついて考えたあとに、ぱっと顔を上げた。
「今、貴方は心底疲れていて、ゆっくり寝たいと思ってます。その時隣に寝ていても、いいと思える相手はいますか?」
「え?」
「はい、次のマルシェで聞くから。今日は名残惜しいけど、帰るね。凛斗さん。」
「あ、ちょ……りぃか!」
凛斗は止めたそうにしていたが、りぃかは伝票を持つと、凛斗のことは振り返らずにカフェをあとにしたのだった。
(どういう意味、あの質問……。)
凛斗は悩みすぎて、伝票が無くなっていることに帰る時になるまで気が付かなかった。
凛斗は、天井をベッドに寝転びながら眺めていた。
部屋に戻ってきた凛斗は、りぃかの言葉の意味を考えていた。
(疲れてる時でも、一緒にいたい人ってこと?もっと別の意味?)
凛斗は、りぃかの言いたいことがハッキリとはわかっていなかった。
「次会う時ってマルシェ二日後なんだけど。」
(……そばにいても気にしないでいれるってことか?)
りぃかの言いたいことを紐解くのには、ストレートな考えでいいのか悩む。
「あー、新作作りたかったんだけどな……。」
そう言いながらも、凛斗の頭の中は『新作<りぃか』になっているのは、自分の意識しないところだった。
「なんか、ヒントとか……。」
スマホに答えを求めてしまうのは、悪い癖だと思いながらも、ついつい開いてしまうブラウザ。
「えっと……『疲れてる時でも一緒に寝れる人』……とか?」
凛斗は真剣だった。
ポチポチとスマホに打ち込み、検索をかけ、羅列された文章に、まさかと思って息を飲んだ。
「……。」
『カップルで寝るとある効果』
『スキンシップTOP5!』
『安心して寝れるのは運命の人だから』
「…あ、そう言うこと……。」
そうだよな、と凛斗は、頷くしか無かった。
普通に冷静に考えれば、あの問いは色恋に対することじゃないか、と。
凛斗とりぃかは、セフレではあるが、その先は決めていなかった。
りぃかは、初対面の時、言っていたのだ。
『恋愛はしない主義です』と。
だから、りぃかから、『恋愛』を示唆するような言葉を言われるとは思わなかった。
「いや、でも、うーん……ほんとに?」
凛斗は、りぃかに初めてあった日のことを思い出したのだ。
ふたりが出会ったのは、ゲイの出会い系アプリを通じての出会いだった。
最初から、りぃかは体の関係だけを望んでいた。
なぜなら、一番初めにりぃかに凛斗は言われたのだ。
「俺は、恋愛とかめんどくさいことはしない主義だから。」
その時の、りぃかの顔は颯爽と爽やかな笑顔だった。
凛斗はその時は、「変な人だな。」「面白い人だな。」と思った。
凛斗もそんなに恋人には固執もしていなかったし、「彼女でも彼氏作っていいからね。」と、りぃかに言われていたから、そんなものなのかと思ったのである。
凛斗は、そこまで恋人を作ることに執着もしていなかったのもあり、ずるずる『セフレ』と言う型の中に収まっていた。
──二日後。
凛斗は、答えを出しきれないままりぃかとの待ち合わせをしていた。
いつもの大荷物に、いつもの駅前。
凛斗の頭には、りぃかのことしか浮かんでいなかった。
少し、遠くに見知った人影を見つけた。
トクン、トクンと自然と上がる脈拍数が上がる。
りぃかだった。
「答え、出た? 」
りぃかは、凛斗の目の前に来ると小さくあっけらかんとして笑った。
「……ホテルで話しましょうか。」
「いいよ。」
凛斗はりぃかに並んで、無言で歩き出した。
ホテルに行きましょうと言ったものの、凛斗はきちんとした答えが話せるだろうか、と思っていた。
ふたりで何かを言うわけでもなく、予約していたホテルに入った。
荷物を置くと、りぃかはベッドに腰かける。
「今、貴方は心底疲れていて、ゆっくり寝たいと思ってます。その時隣に寝ていても、いいと思える相手はいますか?」
りぃかが、真っ直ぐ凛斗を見て言うと凛斗は少し迷ったように言った。
凛斗は、迷った。
何をどう答えるのが正解か、自分の心に嘘ではないのか。
視線があちらこちらに向いていると、りぃかが肩を竦めて小さく笑った。
「まあ、凛斗さん座って。」
「えっと……。」
「どんなこと話されても大丈夫だから。」
凛斗は、その言葉に気づいてしまった。
怖がっているのは、りぃかじゃない。
自分自身だと言うことを。
「……俺、結構寝つき悪いんですよね。」
「うん。」
「でも、直ぐに眠れる時があるんです。」
「──うん。」
目をかすかに伏せて、凛斗が声を震わせた。
凛斗は、まだ、少し迷っていた。
言っていいものだろうか。
本当は、今のままの『セフレ』のままの方が良いんじゃないのだろうか。
そう思って、ギュッとシーツを握りしめた。
怖い。
でも、伝えたい。
「マルシェの時はゆっくり寝れるんです……。」
「うん、つまり?」
「言わせるつもりですか。」
「もちろん。」
凛斗が、一度りぃかを見たあとで、視線を床に落とす。
黙っている時間が長くなればなるほど、言い出しにくくなるのは分かっていた。
かといって、濁したり誤魔化すのは違う。
その時、りぃかが身を屈めた。
くすりと小さく笑う。
「しょーがないな。俺もね、マルシェの時は……。」
「待って、ストップ!」
凛斗が慌ててバッと顔を上げる。
りぃかと目が合えば、見えたのはりぃかのしてやったり顔。
りぃかは、凛斗に言わせる気だとよくわかる笑顔。
だが、その顔を見て凛斗は心が固まった。
りぃかの気持ちがわかったから。
「りぃかがいると、よく寝れるんです……。」
「うん。」
「りぃか、俺……最初、セフレでいいかって気にしてなかったけど……りぃかが好き、です。」
「はは、やばい。」
りぃかは髪をかきあげる様にして、小さく笑った。
その返事に、凛斗は少しムッとした表情をする。
「りぃ……。」
「ごめ、俺も凛斗さん大好き。」
無理矢理振り向かせたりぃかの目には、涙が滲んでいた。
「え、りぃか?」
「ごめ……ほんとにさ、恋人作らないつもりだったんだけどさ……。」
ズッとりぃかの鼻をすする音がする。
「凛斗さん、ずるいから、好きになっちゃった。」
パッとあげたりぃかは、言葉とは裏腹に、嬉しそうに目を細め涙でウルウルになりながら笑う。
凛斗は、その表情に息をのんだ。
「りぃか……優しくできそうに無いです……。」
「うん、いいよ。凛斗が感情をぶつけてくれるのが嬉しい。」
りぃかの指先がそっと凛斗の腕をなぞる。
凛斗が目を細めて、りぃかの髪を撫でた。
「りぃか、こっち見て。」
「……ん。」
りぃかは、凛斗の次にしたいことが分かっていた。
凛斗の手がりぃかの頬から耳に触れ、擽る。
「凛斗、さん。」
りぃかは、自分から意思表示するように目を閉じた。
ゆっくり凛斗の人差し指がりぃかの唇をなぞり、深くベッドに沈めるように口付ける。
慣れないような、ぎこちないような動きだが、確実にりぃかとの熱を深めていく。
ちゅっと小さな音を立てて唇が離れると、ふたりは顔を見合せて笑った。
「あ、ん……ふ……。」
りぃかの蕩けるような、熱を持った吐息が洩れる。
「りぃか、いつもより感じてますね?」
「ん、はっあ…!だって……好きな人、だよ?」
「そう……ですね。」
りぃかはうっすら笑って、凛斗の首に腕を回していく。
「珍しいですね、りぃかがくっついてくるの。」
そう、茶化してみせるものの凛斗はどこか嬉しそうに、柔らかい視線をりぃかに向ける。
「だって、もう甘えてもいいんでしょ?」
「──そうですね。」
りぃかの言葉に一瞬凛斗は息を詰まらせるものの、意味が"恋人だから"ということが分かれば、凛斗は見せたことの無いくらい柔らかく笑みを浮かべた。
「俺は、凛斗さんの恋人として凛斗さんに抱かれたい……。」
「俺もです。りぃかの恋人として、りぃかを抱きたい。」
額をくっつけ合い、くすりとお互いに笑いあう。
凛斗が思い切り、りぃかのことを抱きしめて、服を脱がすことさえ忘れたように指を絡めて何度も角度を変えて口付ける。
段々と首筋に唇が降りていき、凛斗はちゅっと遠慮がちに吸い上げたり、軽く噛み付いたりを繰り返す。
「──いいよ?」
「え?」
「キスマーク付けて。」
明日はマルシェだし、りぃかの人と関わる職業的にも嫌がられるかと凛斗は思った。
「キスマーク欲しい……。」
「どこに?」
あまりにもりぃかが可愛くて、あまりにもりぃかが愛しくて。
少し意地悪そうにりぃかに凛斗が告げると、りぃかは可笑しそうに笑った。
そして、凛斗の手を取ると、指をからませる。
そのまま、首筋、肩、鎖骨下を撫でさせた。
「ここに付けて欲しい。」
「俺が独占欲の塊みたいですね。」
「そうなって欲しいから……。」
冗談っぽくはいいながらも、目には本気が滲んでいた。
凛斗は、「やれやれ」と言うように肩を竦めすと、りぃかの首筋に強く噛み付く。
「もう手遅れですよ。」
噛み付いて、強く吸い上げる、その痛みにも、りぃかは、凛斗の熱を感じて、浮かれていた。
「ふ、ん……独占してくれる?」
「何言ってるんですか……独占しかしません。」
その言葉に、りぃかの目の奥に嬉しい、という感情と一緒に、一瞬光が入らなかった。
だが、りぃかが凛斗にさとられまいとするように、弾むような声で凛斗に話しかける。
「何してもいいから……俺を凛斗でめっちゃくちゃにして欲しい……。」
「──言いましたからね?」
「あ゛あ゛あ゛!」
何度も、何度もふたりは体を重ねて熱い抱擁と口付けを繰り返していた。
熱くなる身体をどちらも抑えることができず、がむしゃらに身体を掻き抱いて既に3時間は経過していた。
りぃかの身体はとっくに凛斗に抱きつく力も、甘ったるい声を作ることもできないのに、凛斗を離さない。
ぐちゅん!ぐちょ、ぐちゅ──
ローションだけの音ではない水音が、グチャグチャといやらしく響いていた。
「りぃか、まだイけるよね?」
「んあ!や、ふ、ンンンあ!!」
凛斗が、りぃかの大好きな奥ばかりを徹底的に押し上げながら突き上げる。
「いや?そんなことないでしょ。」
凛斗は、りぃかがもはや、文章を答えることができず、甘い声と熱い吐息を繰り返している。
「でも俺、好きな人とやりたいことあるんだけど。」
「……?」
りぃかは、涙と鼻水と汗でグチャグチャな顔で見下ろしている凛斗を見た。
「1回抜きますね。」
「は、なに……。」
「いい事。」
凛斗は、怖いくらいに優しく笑うと、りぃかの腰を誘導するように動かす。
ぱふっと、うつ伏せにりぃかのことをベッドに埋めた。
「なに、するの?」
「ん?このままセックスするだけですよ?」
「ん、ふ、あ……まだするの?」
りぃかは思った。
今までも激しいセックスをすることはあったが、こんなに執着めいて長時間されることはあっただろうか、と。
「何、考えてるんですか?」
りぃかは、凛斗に問われ、少し答えに迷った。
その数秒間、黙ってしまっていると、凛斗がりぃか自身をなぞってくる。
「んん……。」
「りぃかは余計なことを考える隙間はないでしょう?」
「ごめんなさい……。」
りぃかは結構凛斗の上から強めに言われることが好きだった。
その言い方をされると、ドクンと胸がときめくのだ。
「その、りぃかの口を塞いであげますね?」
りぃかがまた余計なことを考えそうになると、凛斗はりぃかの腰を掴み、一気に奥まで強く、そして勢いよく突き上げた。
ぐちゅん───!!!
「か、は……!!」
りぃかが大きく息を止め、ガクガクと腰を震わせた。
「りぃか、奥入ってるのわかります?」
「ん、ん!」
りぃかは言葉にならず、コクコクと頷くことしかできない。
パクパクと口を大きく開け、息をすることだけに必死だった。
「結腸まで入りましたね。」
「あ、結……腸……?」
「ここ、性感帯がたくさん集まっている場所なので。めちゃくちゃにしてあげますから。」
振り返る余裕もなかったりぃかは、ただただ凛斗の笑いを含んだような声にぎゅとシーツを握りしめた。
それと同時に、凛斗は一度先端だけを残してギリギリまで抜くと、さらにまた最奥まで一気に突き上げる。
最初から、ゆっくり優しくなんてしない。
それを、一定の速度で、でも強く押し込むように突き上げていく。
「あ゛、く、ンン!!はあ、あ……!!」
りぃかは震えながらも、あまりにも強い快感すぎて腕が支えきれず臀部だけを上げる状態になった。
「気持ちい?」
「あ、はぁ……!!死んじゃ、う……!!」
「気持ちいいかどうかなんだけど?」
「ん、くう……気持ちいいい!」
強すぎる圧迫感と、強すぎる快感にりぃかは息も絶え絶えながらも、蕩けた声で言う。
「じゃ、中に出してもいい?」
「ひ、あ……!!凛斗さんの、中に欲し……。」
何を言われているのか、強い快感の中でボーとしながらも凛斗の呼びかけには頷いた。
「じゃあ、いっぱいあげますから……。」
「は、あ、あ、あ……!!」
凛斗の腰の動きがさらに加速してぐちょぐちょとりぃかのナカを強く搔き回す。
りぃかは唇を震わせながらも、とろんとろんと快感に溶けた顔をしていた。
「りぃか、もっと感じて……。」
「あ、ああ、あああ!!」
「──りぃか、大丈夫ですか?」
「大丈夫、くない。」
少しムスッとして答えたりぃかだったが、直ぐに笑みを浮かべた。
「嘘だよ、流石にしんどいけど……介抱してくれるでしょ?」
気がづけば、既に朝に近い時間だった。
こんなにたっぷりと、深く愛し合ったことは今までなかった。
「お風呂、入れます?」
「──ねえ、一緒に入ろうよ。」
「……はい。」
伸ばされたりぃかの手を取る凛斗は、それはそれは幸せそうな顔をしていた────。
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