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第4話 距離感

あのベビードールを着せられたあとから、ふたりの距離感が変わったと、りぃかは思っていた。 例えば、マルシェ以外の時も時々会うことがある、とか。 「稀だけどね。」 そう、ポツリとりぃかは言った。 マルシェのない、何も無い平日に、月一回くらいのペースで会うことがある。 それも、真っ直ぐホテルではなく、何となく話をして、お酒を飲んだり食事をすることもある。 「ホテルにも行くけど……。」 なんとなく、ただのセフレ以下だった時とは違う関係になっているように、りぃかは感じられた。 それに伴って、お互いの話も少しずつするようになってきていた。 マルシェの話もするが、普段の仕事のこと、休日の過ごし方、好きなこと、食の好み……今までなら、踏み込まなかったプライベートの話をするようになった。 凛斗が、普段は契約社員でコールセンターで働いているということは、ついこないだ知った。 作品を作る時間は取れるが、その代わりメンタルに来ることもあると、ちょっとだけ弱みを見せてくれたことが、りぃかは何故か嬉しかった。 自分も、占い師という職業柄、人間関係では考えることも多い。 また、お客さんとの距離感や態度にも気を使う面があり、凛斗の大変さは種類は違うかもしれないが、わかる面もある。 そう、共感したら、凛斗は普段りぃかを抱く時とは違う、少し嬉しそうな目で笑った。 (友達とか、家族の話とかは聞かないな。) そういえば、と、りぃかは思った。 あまり、そういった人間関係の話は、凛斗が話さないから自然と聞かないようにしていた。 りぃか自身も、凛斗に合わせてその話はしなかった。 (まあ、大した話もないけど。) りぃかの周りの人間関係と言えば、母親、年の離れた妹、常連のお客さん、学生時代の友達数人…… (頻繁に会う人もいないしな。) 一番会っているのは、もしかしたら凛斗かもしれないと思う。 家族とは離れて暮らして長く、里帰りも面倒でしていない。 (都会では、友達らしいひともいないし。凛斗さんに話すこともないか。) マルシェでは、人当たりよく振る舞うりぃかも、人間関係が密なのは凛斗くらいだった。 (もっと会いたいとか話したいとかは、贅沢かな。) ちょっと関係が縮まったからと言って、高望みしてはいけない。 りぃか自身、そうやって思って生きてきた。 甘い考えを一旦消そうとしたその時、タイミング良く鳴るスマホの通知。 メッセージアプリを開けば、まさにその凛斗だった。 「タイミングー。」 聞かれてるんじゃないかと思うくらいに良いタイミング過ぎて笑ってしまう。 「どうしようかな……。」 凛斗のメッセージに、そう言いながらもりぃかは立ち上がり、準備を始めるのだった。 「凛斗さん。」 ふたりが会う時は、いつも街中ではない。 少し都内からは離れた駅の近くで会う。 それも、オシャレなバーやカフェでは無い。 大体が、チェーン店みたいな、何時でも予約することができるような店だ。 それに、りぃかは不満に思ったことは無い。 同性同士だし、こっちの方が都合は良かった。 「お疲れ。」 こういう時の凛斗は、マルシェの時のキレイめな服装よりもラフな格好をしている。 りぃかも、マルシェの時のようなモード系的な格好は避け、ナチュラルな服装を好んで着る。 お互いに、その格好を初めて見た時には、イメージが違いすぎて笑ってしまったものだ。 それも、何度か会ううちに、今の方がいいな、とまで思うようになってきた。 「なんかあった?」 凛斗が呼び出すことは珍しいから、りぃかは決まって凛斗に最初に聞く。 「作品が納得いかなくて。」 「スランプ?」 「うーん、ネタ切れですかね。再販もありだけど……そろそろ新作出したいですし。」 「今度、美術館とかガラス館みたいなとこ行けば?」 メニューを見ながら、りぃかが何の気なしにそう言えば、凛斗は小さく悩むように唸る。 「俺、友達いないですし。」 「一人で行っても変じゃないよ。」 「りぃかは?」 「………へ?」 まるで『一緒に行こう』と、誘ってきてるようでりぃかの目がメニューから凛斗に移った。 「い、行く?」 「はい。」 「……行こっか。」 (どういうつもりかは分からないけど、セフレをデートに誘うとは。) 凛斗の理由は分からなかったが、少なくとも、スランプの時に自分を誘ってもらえるということが、りぃかは純粋に嬉しかった。 「んー、マルシェ次の日曜日だよね?土曜日に行く?」 「りぃかが良ければ。」 「うん。いいよ。」 なんだか、心が弾んでしまうようなお誘いだっただけに、りぃかは自然と柔らかい笑みを浮かべた。 こんなプライベートに踏み込めるようになるなどと、考えてもみなかった。 幾日後。 りぃかは、微かに心拍数を高めながら、美術館の前にいた。 まさか、りぃかもこんな展開になるなんて、思ってもみなかった。 ついつい、約束の時間より30分早く来てしまった。 (28にもなって、やってることは子供。) りぃか自身もなかなかやばいと思っている。 こんな風にしているか、セフレには変わりない。 相変わらず、都合の良い相手のように使われていないわけではないだろう。 「まあ、こういうのもあり、か。」 例えセフレでも、こうしてなんでもない時に、なんでもない──セフレらしかなぬことをするのは、気分が悪い訳ではない。 「いつ来たんですか?」 「え、15分くらい前かな。」 そうして待っていると凛斗も15分前にはやってきた。 少し、怪訝そうな顔を凛斗はしたが、りぃかが「あんまやってることは変わらない。」と言うと、簡単に押し黙った。 「絵でよかった?」 成り行きで、絵画展の当日チケットを買い、静かでもあるが、そこそこ人とすれ違う廊下を歩く。 コソッとりぃかが凛斗に近付いて囁けば、凛斗はなんでもない顔をして頷いた。 「結構レジンのモチーフに絵画を使う人も多いですよ。」 「へえ、そーいうもんか。」 凛斗とりぃかは、小声で話しながら展示室に向かう。 日頃、マルシェで凛斗の作品は見ているものの、あまり芸術作品とはりぃかは縁がない。 「おー……。」 展示室で、チケットを渡してはいると、そこにはりぃかの知らない世界が広がっていた。 凛斗は、と言うと、さすが普段色々な作品を作っているだけあるのか、反応は大人しめではあるが、ひとつひとつ作品をじっくり見ているように、りぃかには思えた。 (俺も見てみようかな。) 凛斗の視線の先の作品に、りぃかは興味が湧いた。 凛斗の少し後ろに立ち、りぃかは絵画に目をやった。 (クロード・モネ……。) 名前を見ても、りぃかはピントは来なかった。ただ、その絵の色彩の美しさは理解できた。 淡さだけでも、優しさだけではない、どこか心に引っ掛る絵だった。 「モネ、好きなんですか?」 「え?」 「ずっと見てるから。」 「あーあ、好きっていうか……。」 好きかどうかと言われると、どちらでもない。 「うーん?まあ。」 「あんまり、興味無いのにきてくれたんですね。」 凛斗が小さくクスリと笑い、目を細めた。 「え?うーん?」 りぃかが誤魔化すような、でも、誤魔化しきれてなさそうな声を出すと、凛斗が一歩距離を詰めてきた。 「……ありがとう、ございます。」 「っ……!珍しい……。」 そんなこと、言われる間柄でもなかった。 それなのに、今はこんな風に距離が縮まっている。 ふたりな時折会話を交えながら、美術館を楽しんだ後、併設してあるカフェに立ち寄った。 「スランプ抜けれそう?」 「作ってみないと分からないですね。」 「相変わらず、可愛くない。」 そう言いながらも、りぃかは可笑しそうに機嫌良さそうに、くすくすと笑う。 「このあと……。」 「行く?」 「りぃかさえ、良ければ。」 (なんか、こそばゆい。) こんな風に、気を使われると、こそばゆいと、りぃかは感じでしまう。 それもそうだ。 いままでは、マルシェで会うついでに体を重ねると言ったようなものだったから。 ふたりでホテルを探して、良さそうなところにチェックインした。 部屋に着くなり凛斗は荷物を置くなり、ベッドに座らさせられた。 「シャワーは良かった?」 「黙っててください。」 「じゃ、大人しくしてる。」 凛斗が、シャワーも待てずに、自分のことを求めてくるような雰囲気に、内心りぃかはドキドキしていた。 と、同時にこのドキドキの名前を探していた。 。 「………。」 りぃかは気だるいからだに息をひとつこぼした。 無理矢理でも、乱暴でも、強引でもなかった穏やかな行為に少し物足りなさを感じると共に、心の奥が満たされるような感覚になり、不思議な感覚を味わっていた。 凛斗が浴びているシャワーの音が心地よく感じた。 (まあ……セフレなんだけど。) そう、まだセフレの域は抜けていないのだ。 そして、これから先どうなるかも分からない。 (あ、そーだ。次のマルシェ……。) りぃかがスマホをいじっていると、凛斗がシャワーから出てきた。 「おかえり。」 「りぃかは?」 「今、マルシェでこないだ連絡先交換した人と次のマルシェのことで話してるから、終わったら。」 「………。」 凛斗は、聞こえているはずなのに、無言で自分の濡れた髪を乱暴にタオルでガシガシと拭いている。 (………ん?) りぃかは、なにやら、凛斗の怒ったような、拗ねたような反応に首を傾げた。 今まで、そんなことされた事ない。 むしろ、興味無さそうにされていたものだ。 (そんな反応期待しちゃうから。) していいのか、どうかも分からない。 だからこそ、りぃかは期待しないようにしていると言うのに。 「手、止まってるんで、もう終わりですよね?」 「ん?」 「終わって。」 凛斗はそう言うと、りぃかのスマホをとり、サイドテーブルに置いてしまった。 「え?」 「とりあえず、置いといて。」 りぃかが、凛斗から取り上げられたスマホをまた取ろうとしても、サイドテーブルとの間に凛斗が入り込んできて、とらせてくれない。 (これって……もしかして……。) 流石に、りぃかも"セフレだから"と言えなくなってきた。 (嫉妬、かな?) 凛斗は、感情を表に出さないタイプだと思っていた。 しかし、だからこそ、表に出された時、ものすごく威力を発揮するのだと知った。 (言葉で言えばいいのに。) それでも、凛斗の年下としての行動っぽくて、微笑ましく思う。 「じゃあ、触らないけど……。」 りぃかは、わかりやすい凛斗の行動に笑いだしそうになってしまい、抑えるのに必死だった。 マルシェの日。 前日は準備が間に合わず、当日からふたりで会う約束を交わしていた。 待ち合わせは、マルシェで会うから決める必要もなかったが、終わったらどちらかのブースに行くというのがいつもの流れだ。 「よろしくお願いします!」 「あ、お願いします。」 無意識にりぃかは、凛斗のブースを自分のブースから探していると、隣から年の頃は25前後の可愛らしい女の子という言葉が似合う子に声をかけられた。 「私、マルシェ2回目で……なにか、ご迷惑おかけしたらすみません。」 丁寧で、低姿勢。 りぃかは、好印象を持ったが、若干の距離の近さも感じていた。 「あの……なにかあったら、聞いてもいいですか?」 「あ、全然大丈夫ですよ。」 「ありがとうございます♡」 (なんだ、あれ。) 凛斗は、りぃかとは少し離れたブースで、りぃかの隣を陣取っている女の子を睨みつけていた。 自分では睨みつけているという自覚は無い。 それでも、ムカムカと落ち着かないような、りぃかのことをここに連れてきてしまいたくなるようなイライラを抱えていた。 (いや、なんで…。) 今までだって、人当たりのいいりぃかは、マルシェで隣のブースの人と会話することもあった。 なのに何故。 (最近、変だ。) 凛斗は、自分の感情が処理しきれていなかった。 こんな感情になることが久しぶりだし、なって良いのかという怯えもあった。 (でも。なんかイライラする。) お客さんがいない時は、よせばいいのに無意識にりぃかの方を見てしまう。 そして、ちょうど良く女の子が話しかけている場面を目撃して、またイライラするのだ。 (こんなの……。) 自分に限ってないと思っている。 ただ、トントンとテーブルを指で叩くのが止められなかった。 りぃかは、基本半日マルシェに出て、あとは店をたたむと、他の人の店を巡る。 「りぃか。」 「あ、凛斗さん。休憩?」 「……ちょっと来てください。」 「え?」 りぃかは訳が分からないまま、凛斗に前にも押し込まれたトイレに連れてこられる。 「何、どうしたの?凛斗さん。」 「抱きたい。」 「え?」 「抱かせて。」 凛斗の目にはジリジリと焦がれているような熱が含まれていた。 「ちょ、え?」 りぃかの目には、明らかに「ここで?」という狼狽えた感情があった。 それと同時に、凛斗からこんなにもストレートに求められたこともなかったことで、ドキドキといつもより興奮が高まっていることもわかっていた。 「このあと、ホテルだよ?」 「ちょっと……我慢出来ないです……。」 (ちょっとちょっと、めっちゃ可愛い……。) りぃかは、凛斗にトイレの個室に連れ込まれながら、可愛いという胸をキュゥと締め付けられる感情に支配されていた。 「りぃか……。」 「ん……。」 りぃかは、凛斗に腰を掴まれると、ぐっと引き寄せられる。 そのまま抱きしめられ、口付けられた。 (ちょ、え、まって……追いつかない……。) こないだ、軽く触れられるくらいのキスはしたが、今度のは違う。 唇を食むように追いかけ、角度をつけて口付けが深くなっていく。 その口付けの深さに、りぃかは抵抗することをやめた。 がタンと音が立って、りぃかは 凛斗に、トイレのドアに押し付けられる。 深く絡まるキスにりぃかの緊張と喜びがピークに達する。 (あ、俺、好きなのかも。) 今までずっと思ってたけど、確信できずにりぃか自身も隠していた感情。 こんな、甘ったるいキスをされたら浮かび上がってしまう。 (凛斗さんが、好き。) 「ん、くぅ……!はぁ!」 凛斗の指がりぃかに絡みつく。 こんな程度の刺激で声を上げるのを必死に我慢しないといけないほど、りぃかは凛斗の熱に浮かされていた。 「いつもより、感じてますね……。」 凛斗の頬がいつもより優しく笑う。 ただ、凛斗の手の動きは容赦なかった。 りぃかのボトムスの中に入ってきた凛斗の手は、りぃか自身の先端のより弱い所をカリカリと引っ掻くように親指が動いている。 「だ、め……それ……!」 そこだけを集中的に弄られると、りぃかは大きな声が出そうになり、慌てて自分の口を押さえた。 「ン、ンン……んん!」 「声、頑張らないと誰か来ちゃいますよ?」 「ん、んく……ふっ……!」 りぃかが息をするような小さな声で震えながら声を洩らすと、凛斗はりぃかの耳元に唇を寄せる。 「気持ちいい?」 その問いに、りぃかは自然に頷いていた。 りぃか自身に熱が集まりすぎてポーとしてくる。 「りぃか……もっとして欲しかったら、おねだりして。」 (なんだろ……逆らえない。) こんなところで、ぐずぐずにされるような感覚を味わいたいと思ったことは、一度もなかった。 そのはずなのに、今は心の底から、りぃかはそれを求めてしまっていた。 「凛斗さん、の、欲しい……。」 するり、とりぃかの手が、うしろの空間をさまよい、凛斗の足に触れた。 ぐっと腰を凛斗に押し付ければ、服の上からもわかる凛斗の硬い熱が、りぃかの臀部に触れた。 (興奮して、くれてる。) りぃかには、その事実が素直に嬉しかった。 (なんで……でも、やっぱり、幸せ……。) ただのセフレのはずなのに、自分に興奮してくれるだけで、りぃかは幸福感を覚えていた。 「りぃか……こっち向いて?」 「……?」 りぃかはてっきり、このままボトムスを脱がされ、下着も中途半端なまま行為に及ぶと思っていた。 ただ、この時は違った。 振り返ると、凛斗の掠めるような切ない目が見えた。 「舐めたい。」 「え……。」 「嫌?」 「嫌、じゃない……。」 りぃかは、ゴクリと息を飲み込むと嫌じゃないというのを示すように、ゆっくりボトムスの前を開ける。 凛斗は、するりとりぃかの頬、そして首、腹をなぞっていく。 触れそうで触れない感覚に、りぃかは背中にザワザワしたものを感じる。 「舐めて……。」 りぃか自身から、凛斗にも言われず強請ることは少ない。 りぃかは、凛斗の好きなようにしたらいいと思っていたからだ。 でも、今は違った。 純粋に、凛斗の熱が欲しかった。 ちゅっと足の付け根に口付けられ、びくんと腰が跳ねたのと、凛斗がりぃか自身を咥えたのは同時だった。 「ん、ぅ……あ……。」 声を押し殺さないといけないのに、知らないうちに声が漏れそうになる。 思わず、手の平を口に寄せて、声を飲み込んだ。 くちゅ……ちゅ、じゅぷ…… 凛斗から、イヤらしい音が響いてきて、りぃかの足が小刻みに震えた。 「ん、く……ん……。」 されたことがない訳でもないのに、初めてされたように気持ちが良い。 こんな場所なのに。 いや、こんな場所で、こっそりしているからか? 「は、あ……凛、斗、さん……。」 りぃかが、凛斗を見下ろし、目が合うと、凛斗は目を細めて笑った。 その、表情に、りぃかの心臓が跳ねた。 まじまじと見ては行けないと思ったのに、そのウルみながら細められる目や、開けられた口元、厭らしく動く舌や絡む指ひとつひとつを見ていると、ドクっと胸が締め付けられた。 「あっ、っ……!あっ!」 我慢しようと思っていたのに、まだ見ていたいと思っていたのに、りぃかは直ぐに絶頂を迎えてしまった。 「はや……興奮しました?」 「うるさ……。」 「したんですか?してないんですか?」 「……した。」 凛斗は、躊躇いもなく、りぃかの白濁を飲み込むと、りぃかの腰に口付けた。 「可愛いですね……あとでまたご褒美沢山あげますから。」 凛斗がりぃかの服装を直しながらいうと、もうりぃかには頷く以外の選択肢はなかったのだった。

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