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「やべ、大丈夫か!?」 そして、体を起こした男の顔を見て、正幸はきょとんとした。変質者と思われる男は、自分を抱えたままの状態でソファーに飛び込んだのに、目の前の男の顔が、記憶の中にある愛しいその人の姿と重なった。その顔が少し若くなる、結っていた髪も長くなって、着ているものも黒い着流し姿、間違いなく、あの日のトガクの姿だ。 「…え?トガクさん…?」 一体、自分は何を見ているのか、まさか夢でも見ているのかと、正幸は何が現実なのか、目の前のことが全く理解出来ていない状況だ。そんな正幸に対し、目の前に現れたトガクは、困ったような溜め息を吐いて、それでも愛おしそうに正幸の前髪をそっと撫でた。 「そうだよ…ったく、急に暴れるから、驚いて変化が解けちまったよ」 「…え?え?どういうこと…?本当にトガクさん?変質者じゃないの…?」 混乱の極みにいる正幸の言葉に、トガクは「は!?」と驚愕したが、少し考えた様子を見せ、気まずそうに頭を掻いた。 「さっきの姿は、今の俺が年取ったように見えなかったか?」 「え?うん、そう見えはしたけど…でも、見た目は年取らないって言ってたから」 正幸がそう言えば、トガクはそういうことかと頭を抱え、それから気を取り直して「ちょっと見てろよ」と、咳払いをした。それから、パンと手を叩くと、その姿は先程の男のものに変わり、正幸はあんぐりと口を開けた。 「え、え?じゃあ、さっきの、」 「俺だよ。だって、お前の隣に居るには、本来のこの姿のままじゃ若すぎるだろ?だから、単に人に見えるように化けるだけじゃなく、見た目を変える力も習得する事にしたんだ。だから、余計に時間がかかっちまったんだよ」 「…じゃあ、あの、僕をつけてたのって、」 「あー、バレてたか。いや、つけてたっていうか、見守ってたっていうか、探ってたっていうか…。人の姿への変化が安定してきたから、ようやく真正面からお前に会いに行けるって思ったら、お前の周り、やけに人間がいるし、なんか、男やら女やら、お前のこと狙ってそうな奴がわんさかいるから、気になるだろ」 「…何だよそれ、そんな訳ないだろ…」 「いや!気のある奴ばっかりだろ!ここに入り浸る大男や女も然りだ!お前は、もうちょっと危機感をだな、」 トガクはそこで、はたとして言葉を切った。正幸がトガクに抱きついていたからだ。予想外の接触に、トガクはかっと頬を赤くして、思わずホールドアップしたが、抱きついたその肩が微かに震えていることに気づいたのか、トガクはそっとその頭を撫でた。 その腕の温かさに、優しく触れる手の平に、正幸はどうしたって胸がいっぱいになる。目の前にトガクがいる、それだけでもう苦しいくらいなのに、ちゃんとこの体を心ごと受け止めてくれるのだ、思いが溢れて止まらなくなる。 妖にとっての二十年は、もしかしたらそんなに長い時間ではないのかもしれない。でも正幸にとっての二十年は、諦めかけた二十年は、途方もない時間で。 それなのに、出会ってしまえば、一瞬にして時間の差も埋まってしまうようで。 こんな風に胸がぎゅっとして苦しいのに、先程までの苦しさとは全然違う。トガクはもしかしたら、妖ではなく魔法使いなのではないだろうか。時も超えて、苦しいも嬉しいに変えて、悲しいも優しさに包んでしまう。 正幸の全てを変えてしまう、愛おしさに涙が止まらない。 「…悪い、待たせた」 「…本当だよ、もう僕なんかに興味がなくなったと思った」 「そんな訳ないだろ、どれだけ頑張ってきたと思ってるんだ」 「だって、僕はもうオジサンだし、あの頃と全然変わっちゃったし」 トガクの胸に顔を埋めて、ぽつりぽつりと鼻をすすりながら呟く正幸は、その弱々しい言葉とは裏腹に、トガクの体にしがみつく腕にぎゅっと力を込める。トガクは、その様に微笑みを深め、その体を大きな腕でいっそう抱きしめた。 「俺からしたら、それすらも愛おしいよ」 「…え?」 正幸が顔を上げれば、涙に濡れた頬をトガクは優しくその手で拭って、それから盛大に眉を顰めた。 「お前、いつから熱あるんだよ!とにかく、横になれ」 「え、でも、」 「大丈夫だ。あの親子は、暫くは店で手一杯で、邪魔しにこないだろう。俺も人の生活はちゃんと予習してきてるから、」 そう言いながら動き出そうとするトガクに、正幸は咄嗟にその着物の袖を掴んだ。トガクが何を話しているのか咄嗟には理解出来なかったが、それより何より、ちゃんと確かめなくてはいけない事がある。 「帰らない?ここにいる?どこにも行かない?」 もしかしたら、まだ夢を見ている可能性もある。このままトガクがどこかへ行ってしまったら、今度はいつまで待てば良いのだろう。そんな不安に頭がいっぱいになってしまう正幸だが、トガクはその言葉に眉を下げ、それから袖を掴んだ正幸の手を握った。

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