7 / 7

エピローグ

 あの夜から、いくつか日が過ぎた。  銀の鍵は小箱にしまわれ、時折取り出しては二人で眺める宝物になっていた。 「……やっぱ、夢だったみたいだよな」  史狼がぽつりと呟いたのは、何気ない夕暮れの室内。  海都は窓から差し込む光に鍵をかざし、銀色の反射を指先で追いながら、ゆるやかに微笑む。 「でも、夢にしてはずいぶん具体的じゃない? ……ねえ、シロ君。新居の玄関にこの鍵を使えるようにしたらどうかなと思ってるんだけど」 「なっ……!」  声が裏返り、史狼は盛大にむせた。  赤くなった顔を隠すように手を振り、慌てて言葉を繋ぐ。 「早ぇだろ! オレまだ、何の準備も……心の整理とか、手続きとか……!」 「ほら、例の占い覚えてる? 指輪は“一年以内の結婚”だった」 「っ、あれは余興だって! 占いとか、そういうノリだろ!」  史狼の声は、焦りと照れがないまぜになって少し裏返っていた。  顔はみるみる赤くなり、視線の逃げ場を探しては、海都の笑みとぶつかるたびにまた逸らす。  その不器用さが、どこか愛しくて、海都はそっと息を漏らした。 「……ほんと、そういうとこ、かわいいよね」  小さく言って、海都はゆるやかに手を伸ばした。  指先が史狼の頬に触れた瞬間、びくりと肩が跳ねる。  けれど逃げるより早く、海都の指が彼の頬をなぞり、唇が、ためらいのないやわらかさで重なった。  空気がふっと溶けて、世界が遠のいた。  史狼の呼吸の音だけが、静かに二人のあいだを流れていく。  胸の奥の鼓動が伝わるたびに、言葉にならない熱が広がった。  ゆっくりと唇を離した海都は、彼の額にそっと触れ、囁くように言った。 「……ねえ、シロ君。焦らなくていいよ。そうやって照れてくれるの、嬉しいから」  その声は、春の夜風みたいにやさしくて、あたたかかった。  史狼は俯いたまま、どうにか言葉を探そうとするが、うまく出てこない。  ただ、手の中の銀の鍵を強く握りしめ、掠れた声で呟いた。 「……こんなの、慣れるわけないだろ……」  海都は笑いながら、その言葉ごと受け止めるように史狼の手を包み込む。  確かな約束ではない。ただの夢の延長のような会話と口づけ。  けれど二人にとって、今はそれだけで十分だった。  小箱の中の銀の鍵は、まだ見ぬ扉を開く日を静かに待ちわびているように輝いていた。

ともだちにシェアしよう!