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第6話 残されたもの

 拍手が静まると同時に、広間のシャンデリアがふわりと揺れ、静けさが場を包み込んだ。 音楽も、ざわめきも、まるで最初から存在しなかったかのように、跡形もなく消えていた。  史狼は胸の奥に、不思議なざわめきを感じていた。  耳を澄ませば、ドレスが擦れる音や誰かの笑い声が、まだ耳の奥でくすぶっているような気がする。  ――この場所には、誰かの“夜”が、まだ残っている。  執事が音もなく歩み出る。 「今宵の舞踏会にご列席いただいた記念に、こちらをお納めくださいませ」  うやうやしい手つきで差し出されたのは、小ぶりな銀の小箱だった。  海都がそれを受け取り、そっと蓋を開ける。中には、一本の銀の鍵が静かに横たわっていた。  それは驚くほど冷たく、確かな重みをもって、現実の幕を静かに切り裂くような存在感を放っていた。 「……鍵?」  横から覗き込んだ史狼が不思議そうに呟く。海都は静かに頷き、深々と礼をする。 「大切にします。この夜のことも、決して忘れません」  その言葉に、執事の瞳がかすかに揺れた。  それは安堵か、惜別か、それとも別の想いか―― 「お客様にお喜びいただけたのなら、何よりでございます」  静かな声だった。けれどそれはまるで、自分自身に言い聞かせるような響きだった。 「……長らく灯りの消えていた館に、ようやく光を戻すことが叶いました。我が主の命、拝命のままに……これで、ようやく」  その続きを語ることなく、彼は静かに微笑んだ。  そして次の瞬間。  広間の光も、人影も、残された音さえも、まるで霧が晴れるようにふっと掻き消えた。  ◇  気づけば、二人は北野の石畳の上に立っていた。  街は静まり返り、朝靄がうっすらと路地を包み込む。昨夜の喧騒は、最初からなかったように、跡形もない。 「……帰ってきた、のか」  史狼がぽつりと呟く。  海都の手のひらには、銀の鍵のひんやりとした重みが、確かな実感として残っていた。  幻だったはずの夜の証が、こうして今も、彼の掌の中にある。  鍵を見つめ、海都はゆるやかに言葉を漏らす。 「夢にしては、惜しすぎる時間だったね」 「ああ……でも、こうして戻ってこられて、正直、ほっとしてる」  二人は視線を交わし、静かに歩き出す。  その歩調はゆるやかで、どこか優しさをにじませていた。  懐の奥で、銀の鍵がかすかに揺れた。  まるで、まだ終わっていない物語の続きを、そっと告げるかのように――。

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