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ガラス越しの午後

午前中の業務が滞りなく終わったところで、肉体的というよりも精神的な疲労を感じた。午後の予定をいくつか思い出しながら、少し気分を切り替えようと軽く伸びをする。 昼食もそこそこに席を立ち、静かに過ごせるところへと向かった。昔から気分転換のために人がいないところへ行くことが度々ある。部下たちもそれを知っており、有難いことに緊急時を除いて探すことはしないようにしてくれていた。 僕が行くのは大体生物たちの収容部屋を監視する部屋だ。お昼に設けられている休憩時間は職員たちのものでもあり、生物たちのものでもあるため、彼らも同様に昼食をとっている。食事の最中は皆等しく静かになり、監視カメラが設置されているため職員たちも離れていた。 「突然ごめんね、驚かせてしまった」 一杯のコーヒーと小さな文庫本を片手に訪れたのは、未だに名前のない大きな大きな生物の監視部屋。 僕が部屋へ入ってくると食事中だったのにも関わらず、すぐに中断してきゅうきゅうと鳴き始めた。どこか驚いた様子でありながら慌ただしく近付いてくる姿は犬が尻尾を振って喜んでいるようにも見える。 「僕はしばらくここにいるからお食べ。それとも、あまり好みじゃないかな」 防護ガラス越しに白くつるりとした頭部の辺りに触れると、ゆっくり後退して食事を再開した。その間も僕がいなくならないかどうかを確認していたいのか、こちらからは視線を逸らさないようにしている。目に該当する部分があるかどうかはまだ分からないのだけど。 「うん、いい子だ」 僕もデスクにコーヒーを置いて、持ってきた読みかけの文庫本を開く。文字をゆっくりと目で追い始め……ふと、気が付けば、休憩時間終了間近になっていた。 顔を上げるとガラスの向こうではとっくに食事を終えていて、自分の方を向いたのが分かると掠れた声できゅ~……と鳴く。 「もしかして読書の邪魔をしないようにしてくれていたのかい」 返事はなかったが、顔の正面はじっとこちらに向けられたままだ。 僕がガラスの前まで行くと、中で足を器用に折りたたんで座る生物もゆっくりと頭を近付けてくる。ごつん、と鈍い音がした。この、香箱座りのような体制になれば比較的人間と近い位置にいられるようになると分かっているらしい。 「ありがとう。お陰でゆっくりできたよ」 返事をするように一鳴きする声はご機嫌だ。 だけど、僕が出ていこうとするのが分かると名残惜しそうに、きゅうきゅうと鳴き始めた。多少後ろ髪を引かれる思いはあれど、僕自身も仕事があるし、部下たちも困らせてしまう。「また夜にね」と声をかけて部屋を出れば、やはり廊下の外まで鳴き声が聞こえてきていた。

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