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第8話 多分キス魔 *

そのあと、俺たちは普通に身体を洗って湯船に浸かった。 いや、俺の身体は飾音が洗ったから、普通ではないか。 「彬良の顔が赤いから、残念だけどさっさと普通に洗うよ」 そう言いながらも、飾音は俺の身体の隅々まで丁寧に洗い流す。 女の子の細い指とは違う、飾音の太くてごつごつとした男らしい存在感のある指が俺の身体を撫でるだけで、なぜかぞくぞくとした。 飾音が身体を洗っている隙に、俺は湯船にひとりでゆっくり浸かって目を瞑る。 途端にまぶたの裏が暗くなったかと思えば、ぽたり、ぽたり、と水滴が数滴顔に落ちてきて、飾音にキスをされていた。 一度開いた目を再び閉じて、何も言わずに舌を絡ませ合う。 やがて名残惜しそうにちゅう、と舌を吸われると、まぶたの裏が明るく戻った。 「……キスが好きなのか?」 飾音は自分のことをドSだと言っていたけど、甘やかし系でもあるようだ。 「んー、そうだね。そうだったみたい」 ファーストキスを好きな奴とするのに取っておかなくて良かったんだろうか。 今さらながら思うが、本当に今さらだ。 「彬良の顔見ると、キスしたくなるんだよね」 「なんだそれ」 湯船のお湯で、ぱしゃぱしゃと顔を洗う。 にやけそうになった顔を、飾音に見られなかっただろうか。 てか、今日の俺はやっぱりどこかおかしい。 親友にキスしたくなると言われて、喜ぶなんて変だ。 「俺も入る」 「じゃあ先に出てるよ」 「駄目。一緒に入って」 「狭いって」 男二人でなんでこんなにじゃれ合ってるんだと思いながら、飾音に手首を掴まれ再び湯船に引き戻される。 向き合うのが恥ずかしくて飾音に背中を向けたのに、飾音の厚い胸板に背中が触れ、両腕を回されてゆったりと抱き締められ、お尻には再び元気を取り戻したらしい飾音の息子が当たって、なんだか落ち着かない。 「彬良……」 「ちょ、飾音、くすぐったいって」 ちゅ、ちゅ、と首筋から肩にかけてキスを落とされる。 じんわりと滲んでいるであろう汗を下から上に向かって舐められ、耳たぶをぱくりと優しく噛まれた。 「んんっ……」 耳の中に舌を差し込まれ、ぐちゅ、ぐちゅ、と弄られる。 腰に回っていた飾音の片手が離れ、水中を漂っていた俺の息子をやんわりと掴む。 「もう元気になってる」 「飾音も、だろ……ああッ♡」 一体何回イかせるつもりなのか、飾音の指が俺の弱点のカリをすりすり、と撫で擦る。 「も、のぼせるって……!」 飾音の手首を掴んで浴槽の縁に持っていくと、ザパリ、と音を立てながら立ち上がった。 「……ッ」 自覚症状はなかったが、本当にのぼせかけていたらしい。 くらり、と視界が回った俺の肩を、飾音が腕を伸ばして慌てたように支えてくれた。 「ごめん、大丈夫か?直ぐに出よう」 「ん」 飾音は「水持ってくるから、風呂イスに座って待ってて」と言うと、あっという間に消えて、そして水の入ったコップを握りしめて戻って来た。 「ゆっくりでいいから、たくさん飲んで」 「うん、ありがとう」 冷水が、俺の喉を流れていく。 ただの水なのに、美味しい。 そんな美味しい水を何回かに分けて飲めば、眩暈がすることもなく普通に立ち上がれるようになった。 「もう大丈夫そう」 「そっか、良かった。悪かった、浮かれすぎてた。今日はもうやめて、ゆっくり休もう」 「え?」 残念な気持ちが、胸を占領する。 しかし、飾音の表情を見る限り、絶対に意見を変えるつもりはないだろう。 普段は俺や雅人の意見に反対することもなく大抵のことは「いいよ」と言ってくれる飾音だが、実は一番頑固なところがあるのも飾音だと俺たち二人は知っている。 「わかった。心配かけてごめん、寝ようか」 俺が笑って答えると、飾音はホッとしたような表情で柔らかく微笑んだ。 風呂から上がり、俺は湯上り後のレモンサワーを楽しもうとしたのだが、飾音に「脱水するからダメ」と取り上げられてしまう。 仕方がないので、歯磨きをして寝る準備をした。 「布団、出してもいい?」 飾音の家に泊まる時、自称寝相の悪い雅人が一人で客用布団を使い、俺は飾音のセミダブルベッドに二人で寝る。 しかし今日は雅人がいないので、布団を出してもいいか飾音に聞くと、飾音はうーん、と首を傾げた。 「え……ヤダ」 飾音がヤダって言うの、初めて聞いたかも。 「雅人の真似かよ」 飾音の口から子供っぽい言葉を聞いて、俺は吹きだす。 「急だから布団干してないんだよね。だから、一緒に寝よ」 「ん、わかった」 俺は素直に頷いた。 家主の言うことには逆らえない。 いつも一旦寝ると起きない俺が壁側に寝て、飾音が外側に寝る。 だから、俺は先にもそもそと布団に潜り込み、いつも通り壁のほうを向いて寝転がる。 「おやすみ、飾音」 「おやすみ、彬良」 俺の後からベッドに上がった飾音は、上を向いて寝に入るか外側を向くことが多かったが、今日は俺を背中側から抱き締める。 「……なあ、飾音」 「……んー?」 「お前の腕、重たいんだけど」 「うん」 「退かしてくんない?」 「こっち向いてくれるならいいよ」 横にさえ向ければ、どっちを向いても俺は寝られる人間だ。 仕方なく、飾音のほうを向く。 「キスしていい?」 「駄目」 「なんで?」 勃ちそうだからだよ。 「眠たいから」 「そっか、残念。でも、確かにキスしたらまた我慢できなくなりそうだから、今日は諦める」 「そうして」 それにしても、飾音は本当にキス魔のようだ。 一見クールとしか見えないのに、利害関係が一致しただけの俺にですら、態度が甘い。 恋人でもできたらしょっちゅうキスしてそうだなと思いながら、俺はゆったりとやって来た睡魔に身を任せる。 眠りに落ちる寸前、俺の唇に柔らかい何かが触れた気がした。

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