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第20話 それぞれの変化

「飾音―! 長期出張お疲れさん」 やたら機嫌のいい雅人に、俺と飾音は視線とジョッキを合わせる。 「本当にお疲れ、飾音。ホテル暮らしで大変だったろ」 「ん、ありがと、二人とも。週一の楽しみがあったから何とか頑張れた」 俺のことではないだろうに、自意識過剰だと思いつつ週一という言葉に反応して、つい俯いてしまう。 「やっぱり息抜きは大事だよな」 能天気に明るくうんうんと頷く雅人。 「それより、飾音がそっち側だとなんか変な感じするな」 「あ、俺もそう思ってた」 雅人の言葉に頷く飾音。 普段は四人席に座る時、飾音と雅人は横に座って向かいに俺が座る。 今日は俺と飾音が横に座って、向かいに雅人が座っていた。 「ま、今日は何やらご機嫌な雅人の話を聞いてやろうかと思って」 飾音はそう言いながら、テーブルの下で俺の手に触れた。 「ふっふっふ。聞いてくれるか、そうかそうか」 「つい三カ月前まで、死にそうな顔してたのに。新しい春でも来た?」 どうせお姉さん絡みだろうと思いながらもそう話を振り、俺の太腿にまで出張してくる飾音の手の甲を軽くつねる。 目の前に雅人がいるっていうのに、何考えてるんだ。 堪え性がないのではなくドMの俺を喜ばせようとしているのはわかるが、雅人がいる時は親友でいたい。 どうせこの後、ご主人様の時間も予定しているんだから……と考えて、お尻が疼いた。 「俺の片思い歴を舐めないでくれ。そんなに早く新しい春が来るわけないだろ」 「それじゃあ、お姉さん?」 「そうなんだよ! ねーちゃんが実家に帰って来たんだよ!」 「……早すぎない?」 「もう離婚したのか?」 飾音の切り込んだ台詞に、成田離婚という古い言葉が頭を掠める。 式を挙げたのならご祝儀とか沢山貰ったのだろうに、と考えてしまうのは最近友人が続けて結婚して金欠気味だからなのであって、狭量なわけではない、と思いたい。 「いや、離婚はまだみたい。ねーちゃん、俺には伝えるなって言ってるみたいなんだけど、かーちゃんが心配してその日中に俺に連絡来たんだよね。ほら俺、かーちゃんには良い顔してたから信用あんの。ねーちゃんの話を聞いてくれないかって。だから、俺もしばらく実家に戻ろうかと思って」 「なるほど」 「離婚前にやらかすなよ。お前の大切な人が訴えられるからな」 飾音にそう言われて、ぐっと詰まる雅人。 まさか、身体から堕とすつもりだったとか? 「……我慢する」 「ああ、そうしろ」 「でもさあ、俺、ねーちゃんに手を出しそうで怖くて大学から一人暮らしをしてたのに」 その時、テーブルの上に置いていた雅人のスマホが震えた。 「……ごめん、ちょっと離席」 「おう」 「ゆっくり話して来い。なんなら戻って来なくてもいいぞ」 「さんきゅ」 恐らく、「ねーちゃん」からだったのだろう。 俺たちと飲んでる時、飾音は誰からの連絡も取らない。 俺は仕事場の連絡だけ出る。 そして、雅人は「ねーちゃん」からの連絡だけ出るのだ。 「ねーちゃん?  今ちょっと友達と飲んでて、ああ違う、今店の外に出るから、ちょっとこのまま待ってて」 雅人は嬉しそうな声でスマホに話し掛けながら、いそいそと店の外へと出て行った。 二人きりになった途端、何故か俺は緊張する。 今まで、飾音相手に緊張なんてしたことはなかったのに。 「……今日、イれてきたの?」 テーブルの下で俺の手の甲に指先でトントンとちょっかいを出しながら、飾音は俺に尋ねる。 「いや、仕事忙しくて……そこまで準備、出来なかった」 「ふーん。そっか」 飾音は俺の手の甲の上に、自分の手を重ねる。 そのままきゅっと優しく握り締められ、俺の心臓も同時にきゅう、と握り締められた気がした。 「か、飾音さ、急に席変えたから雅人が訝しがってただろ」 「ん?でもあっさり納得してたと思うけど」 「まあ、それが雅人だからね。でも、なんで急に席変えたんだ?」 「今までは彬良の顔を見たくて正面にいただけ。それ以上出来るなら、傍にいたくなるもんでしょ」 「ちょ、ちょっと……バカザネ!!」 飾音の手が再び不埒な動きをしだして、俺の内腿をまさぐりだした。 馬鹿と飾音を合わせて呼べば、飾音は一度動きを止める。 「でも、好きでしょ? こういうの」 ふっと耳元で息を吹き掛けられながら、そう囁かれる。 好き、かも。 色々性癖バレてる。 でもやっぱり、雅人がいる時は親友でいたい。 「うん、わかった。じゃあ今はトモダチね」 飾音が目を細めて、テーブルに突っ伏しつつこちらを見上げる。 う……なんだろう、この後滅茶苦茶苛められそう。 苛めて、くれそう。 ドキドキしながらレモンサワーを空にした時、雅人が席に戻って来た。 「あれ?飾音は潰れたのか?」 「まだ大丈夫だと思うけど」 単に拗ねてるだけだ。 「いや、出張から戻ってきたばかりだから結構辛い」 飾音がそう雅人に言うので、俺は目を見開いた。 俺に言わなかっただけで、実は辛かったのか。 お開きの後を楽しみにしている場合じゃなかったな、と俺は反省する。 「そっか。彬良、悪いんだけど、飾音を任せていいか? 俺ちょっと……」 雅人が申し訳なさそうな顔をする。 恐らくねーちゃんのところに行きたいのだろう。 「勿論、いいよ。長い片思いが成就することを祈ってる」 「ありがとな!! じゃあ俺、行ってくるわ」 途端に顔を輝かせた雅人は、会計の半額をテーブルの上に置き、荷物を抱えてあっという間に去って行った。 「うーん、恋する男だな」 俺は頬杖をつきながら呟いた。 彼女がいた頃、こんなふうにスマホで呼ばれて駆け付けたことなんてあっただろうか。 いや、ないな。 二人といた時の方が楽しかったし……と思いながら、飾音をチラリと見る。 「……彬良、俺たちも早く帰ろ」 辛さなんて微塵も感じさせないレアな笑顔を浮かべて、起き上がった飾音は俺の腕をひいた。

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