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第27話 自己分析
「でさぁ、本当にねーちゃんが離婚するっぽいんだよな。まあ、ねーちゃんと結婚する前に二股してた女が子供ができたって新居に乗り込んできたら、そうなるよなあ」
「良かったのか悪かったのか……傷が浅いうちで良かったな」
「うーん、でもねーちゃん鈍感だから、全く気付かなかったらしい。さっさとそんな男忘れりゃいいのに、一人にするとまだ思い出して泣いてるんだよ。だからなかなか飲みに来れなかった、悪い」
雅人はテーブルに腕を広げて両手をつくと、頭を下げる。
雅人がさっさと飲みを切り上げた前回から、さらに三カ月が経過していた。
俺たち三人が六カ月で二回しか会わないなんて、初めてのことだ。
俺が声を掛けなかった訳ではなく、雅人からしばらく無理、という連絡が来たので集まらなかっただけだ。
とはいえ、俺は飾音とほぼ毎週会っているのだが。
歴代の彼女と比べても、飾音と会うことのほうが多いのではないかと思うほどだ。
「いや、問題ないよ。お姉さんが大変な時に言い方悪いけど、雅人にとっては大事なチャンスが目の前に転がってるってことだろ?むしろそんな大事な時に、俺たちと会ってる場合なのか?」
いかんせん十年以上の片思いだ。
雅人は女だけじゃなく男の俺から見ても良い奴だし、是非見る目のないそのお姉さんには灯台下暗しであることに気づいて貰いたい。
「いやー……俺もいい加減限界でさ。これ以上一緒にいると本当に襲いそうだから、今日は頭を冷やしに来た。俺までねーちゃんの頭を悩ませる原因にはなりたくねぇし」
「えらいな、雅人は本当に我慢してるのか」
「おう、前回飾音に言われた通り……ん? 飾音、お前、もしかして……」
ジョッキを口にしようとした雅人がその手を下ろして、飾音の顔をじっと見る。
飾音は雅人の視線を避けるように、すーっと顔を逸らした。
「ん? なんの話?」
俺が目をしばたきながら二人に尋ねると、今度は雅人は俺の方を見る。
「何って……飾音が、えーっと、告白とか、それ以上したのかって話……?」
「え?」
俺は思わず、パッと飾音を見た。
胸に走った痛みに気づかないふりをして、隣にいた飾音の肩を抱いて引き寄せ、笑みを浮かべて尋ねる。
「なんだよ飾音、好きな人とどうなったのか、俺にも教えてよ」
ずっと聞きたくて、でも後回しにしていた問題。
飾音に進捗があるならば、俺は飾音とこんなふしだらな関係を続けるわけにはいかないだろう。
その時は、きちんと笑顔で、ただの親友として一緒に祝ってあげないと。
俺がそう言うと、飾音と雅人はお互いを見て肩を竦めた。
「どうって……全く意識されてない、かな」
「なんだよ、お前が意味深な発言するから、とうとう我慢できなくなったのかと思ったよ」
飾音が意識されてないと聞いて、まだ俺たちの契約は続くらしいと心の奥底でほんの少し安堵する。
それと同時に、同性との愛を実らせることは本当に大変なんだな、と飾音に強く同情した。
飾音の想い人がもし女性だったのなら、とっくに付き合っていてもおかしくはないだろう。
昔からモテる奴だったし。
「意識されてないのかぁ……因みにどれくらいの頻度で会ってる? デートとか、もっと色々誘ってみたら?」
飾音が昔から片思いしているなら、会社の人間ではないのだろう。
しかし、社会人になると同僚と会う機会はあっても、学生時代の同級生や先輩後輩と会う機会は減ってしまうものだ。
お互いに会おうという努力をしないと。
俺ら三人みたいに。
「……デートか。わかった、誘ってみる」
「そうだな、それがいい。俺もねーちゃんを気分転換に誘おうかな。ねーちゃんとデートか、最高だ……」
飾音が頷き、雅人も頷く。
アドバイスをしたはずの俺は、飾音が他の男と二人でデートをしているところを思い浮かべて、なぜか軽く凹んだ。
なぜ俺は、飾音の恋の行方を心から応援出来ないのだろう、と不思議に思う。
単に、自分にとって都合が悪くなるから?
いや、そもそも俺達の関係は、俺に彼女が出来ても終わるんだ。
レモンサワーをグビグビと飲み干しながらタコワサをつまんだ時、気付いた。
……そうだ、俺は飾音に置いて行かれる気がしているんだ。
だから、こんなに寂しく感じてしまうのだ。
それなら、俺が先にドSな彼女を作ればいいのでは?
俺を性的に満たしてくれる、可愛くて素敵な彼女を。
こうして騒がしい居酒屋で俺のナカに埋まっているアナルバイブを勝手に振動させて、羞恥心と被虐心を煽ってくれる、飾音みたいなドSの彼女を。
「彬良、彬良なら何処にデート行きたい?」
「……ん?」
ボーッと自己分析をしている最中、急に話題を振られて俺は飾音のほうを見た。
まだ誰とも付き合ったことのない飾音は、まだ誰ともデートをしたことがないのかもしれない。
ということは、アドバイスが欲しいのか。
「デートねぇ……俺はベタだけど、元カノとかと映画館以外は行ったかな。遊園地とか、動物園とか、水族館とか? あとは、クリスマスシーズンにはイルミ見に行ったり正月はお詣り行ったり?」
過去のデートを思い出しながら話す。
しかし、今思い出して気付いたのだが、よくよく考えてみれば、自分からデートに誘ったことはないかもしれない。
男三人での企画はしょっちゅうしたが、彼女が行きたいと言うから連れて行っただけで。
でも、男と付き合ったことはないから好ましいデート先はわからないよと続けると、飾音はムスッとした表情を浮かべ、雅人は頭を抱えていた。
「……え、なに、どした?」
首を傾げた俺の前で、雅人は飾音に「頑張れ」とエールを送る。
飾音ならスマートにデートくらい簡単に誘えると思うんだけどな。
「彬良が行きたいところを聞いたんだけど」
「あー、デートには向かないけど、俺は家具屋かホームセンターかな」
特に、家具屋に漂う新しい家具の香りが好きだ。
家具が好きで家具屋に勤めてはいるが、営業でも販売でもなく新商品開発の部署に勤めているので趣味も実益も兼ねている。
因みに、誰かと一緒に行ったことはない。
相手を放ったらかしにしてしまいそうだし、逆に話を合わせてくれようものなら俺が興奮して相手がドン引きするまでマシンガントークをぶつけてしまうかもしれないからだ。
「じゃあ彬良、今度家具屋とホームセンターにデートに行こう」
「へっ……あ、ああ、いいよ」
雅人のいる前で、急に何を言い出すんだ……と一瞬思ったが、よくよく考えてみれば飾音は初デートで失敗したくないのだろう。
なら彼女が途切れなかった親友として、協力するのもやぶさかではない。
「わかった、俺が色々アドバイスしてやるよ」
任せろ、と笑顔を向けた先で、飾音は苦笑いを浮かべながらもこくりと頷き、雅人は謎に腹を抱えて笑い転げていた。
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