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3.召命

 兵営のサウナ風呂で汗を流していると、同輩の兵士らに取り囲まれた。ヴァイス、イーゲル、オスター、そして首領格のハンス・メントである。  「よう、アドルフ。ラマース隊長のヌードモデルさんよ。芸術家気取りで俺たちを見下して楽しいかい?」  正面に立つメントが嘲笑った。  「何か用?」  アドルフは碧い目を巡らせ、素っ気なく尋ねた。  「わかってるくせに」  とメントが言って、そのまま、獣じみた歓声と共に四人がかりで担ぎ上げられ、奥に連れて行かれてマットの上に仰向けに横たえられた。  「やめろ・・・・!」  アドルフは抵抗するが、腰を覆ったタオルを剥ぎ取られ、全裸にされる。男たちが口笛を吹く。  「きれいだぜ、モデルさん。本当は嬉しいんだろ?」  メントが自分のタオルを叩きつけるように放って、勃起したペニスを誇示しつつ、アドルフに伸しかかる。  「風呂でずっと誘ってたんだろ?マワされたくてしょうがないって顔してるぜ」  淫靡に笑いながら、長い指で両の乳首を弄ぶ。必死に首を振って否定するアドルフの両腕をヴァイスが頭の上で交差させて押さえ、イーゲルやオスターの好色な手が彼の体を這い回り、誰彼ともなく口や手、太腿に充血したペニスを擦りつけてくる。  「あっ、こいつ、おっ勃ててびしょびしょに濡らしてやんの」  メントが殊更に声を張り上げた。メントの指さした先と、羞恥に赤らめたアドルフの顔を見比べ、後の三人が大笑いして、口々に言った。  「この澄まし顔で隊長の前でチンポコまで晒して、エロいポーズ取って絵に描かれるんだぜ。よくやるよなあ」  「そんなに奴と乳繰りあって気持ちいいかい、ビッチなお嬢さん(フロイライン)?」  「あのドスケベなラマースにたっぷり仕込まれたその体、あいつばっかいい思いするのむかつくから俺らにも味わわせろよ」  「おら、しゃぶれって」  ヴァイスがアドルフの髪を掴んで引き寄せ、口元に押し当てる。アドルフは目に涙を滲ませ、頑として拒む。  「アドルフ、おまえの肌、女みたいにきめが細かくて柔らかいな。これは隊長もハマるわ」  イーゲルが首筋に唇を這いずらせながら息を弾ませる。  男の肩の向こう、湯気の立ちこめる天井を見つめるアドルフの目から涙が流れ、照明の光を受けて星屑のようにきらめいた。ラマースさん・・・・グストル・・・・。  「泣いてもおまえを助けにくる奴は誰もいないぜ。今日この風呂場は俺らの貸切だってパンとチョコレート一枚で買収してあるからな」  メントが首に下げた小瓶から葉っぱのようなものを取り出し、噛みながら言う。  「泣くなって、かわい子ちゃん。天国にイカせてやるから」  「嫌・・・・!」  アドルフは懸命に顔を背けようとしたが、複数人がかりで仰向かせられた。メントが口移しに何かを含ませてくる。催淫作用のあるハーブ、つまり媚薬だと悟った時には、彼の唾液と一緒に思わず嚥下した後だった。  「すぐ効いてくるぜ」  メントが微笑んで、アドルフの体の脇に屈み、舌を長く出して乳首を舐め回した。オスターももう一方の乳首にしゃぶりつき、二人してぴちゃぴちゃ舐め、ちゅうちゅう吸った。  「どうだアドルフ。よくなってきたか?」  メントが身を起こし、汁の滴る亀頭を乳首に押しつけながら言う。  「チンチンで乳をつつかれてる内にエッチな気分になってきた?」  オスターも同様にしながらヘラヘラ笑う。  「あ・・・・いいっ」  元々感じやすい双の乳首を二人同時に責め苛まれて、媚薬の効き始めたアドルフの体が反応する。彼の花芯も露に濡れそぼって戦慄き、肝心のそこには触れてもらえない、自ら触れようにも両手はヴァイスに押さえられていて触れられないもどかしさに、桃色に染まった裸身が湯気の中であられもなく悶え、屈辱と快楽の間で揺れる甲高い嬌声が風呂場の壁に響く。  「うわ、たまんねえ」  足元の方で見ていたイーゲルが生唾を呑み、跪いてアドルフの太腿にペニスを擦りつけ、一瞬で果てた。  「おまえが先にイッてどうすんだよ。次、俺な」  メントが爆笑しながら、イーゲルと位置を交代した。  「ほら、股開けって。勲章欲しさに上官にケツ貸した淫売」  「嫌・・・・嫌・・・・」  媚薬の絶望的な効力にも関わらず、彼の理性は最後の抵抗を試みたが、他の者の手に押さえつけられ、メントの指先に彼自身の先走りを塗られ、あえなく侵入を許した。  「ラマース隊長の時みたいに感じろよ」  アドルフの両脚を肩に抱えて容赦なく突き上げながら、メントが囁く。  激しく泣きじゃくり、為す術なくメントに犯されながら、アドルフの碧い瞳に狂気の光が宿る。  「許さない。おまえたち全員・・・・殺してやる」  聞いていた者たちが笑い転げる中、アドルフは精を放ち、同時に、意識を失った。  ある晴れた日の午後、アドルフは上官の許を訪れた。  「ラマースさん、いえ、隊長。もう、モデルはやれません」  凍るような声で、絞り出されるように告げられた言葉に、この楽天的な男はいつになく顔を曇らせたが、静かに言った。  「そうか。理由を聞かせてほしいが、言いたくないならいいよ。実は私にも異動命令が出た。素行の悪さが軍上層部に伝わったみたいで、爺さんばかりの部隊にな。まあ、身から出た錆だよ。君のせいじゃない」  「そう・・・・なんですか」  アドルフは唇を噛んだ。ラマースが微笑む。  「アドルフ、もうおまえには会えないかもしれないから、最後の思い出に、今夜辺り、どうだ?」  アドルフは少しだけ考えて、答えた。  「やめておきます。却って悲しくなるから」  ラマースはまだ笑みの余韻を残したまま、瞬いた。  「そうか」  「アドルフ、おまえのいい人が異動になって寂しいね」  ヴァイスが首を巡らし、声高に言う。兵営でイーゲル、オスターの二人を相手に賭けポーカーに興じる最中である。  「その分、俺たちがまたかわいがってやるさ」  「こないだの風呂場は最高だったな。アドルフ、おまえきゃんきゃん言ってよぉ。何回イッた?」  イーゲルとオスターもこちらを見返って口々に冷やかす。  「黙れ」  膝にまとわりつく犬の相手をしながら、アドルフは一喝する。フクスルと名付けたその犬は、戦場を彷徨っているのを彼が拾ってきたものである。彼に一番懐いていた。  フクスルの温かな体を撫でながら、彼は後悔していた。あの夜、やはりラマースの所に行っておけば、最後に抱かれておけばよかったと。  三人はどっと笑って、またゲームに専念した。  フクスルがしばらく、じっとアドルフを見つめたかと思うと、俄に彼から離れ、出入り口から表へと走り出した。  「フクスル」  アドルフは思わず、犬を追って外へ出た。犬はどこまでも走って行く。アドルフも従った。  突如として、背後で爆音が轟いた。アドルフが振り向くと、今さっきまで自分とフクスルがいた兵営の建物が敵軍の砲撃によって壊滅し、火の手が上がっていた。中にいた者は恐らく全員、生きてはいまい。  犬は立ち止まってアドルフを見ていた。アドルフはその光景とフクスルの濡れたように輝く円らな瞳とを見比べる。  「なんてことだ。兵営が・・・・みんなが・・・・。フクスル、君が助けてくれたのか?」  その時、アドルフの心に声が響いた。  「そうよアドルフ。わたしはあなたを選びました。あなたはドイツ最大、二十世紀最大、いいえ人類史上最大の画家になる。世界という巨大なキャンバスに誰もが永遠に忘れられない血染めの絵を描き上げるのよ。あの日サウナで誰にも言えない辱めを受けたあなたは、この世界に復讐するの。あなたの身にどれほどの爆風、凶弾が迫ろうとも、あなたは掠り傷で済むか、それすら負わない。時が来るまでは」  危うく地面に腰を抜かすところだった。  「何だって!?フクスルの姿を借りて話してるあなたは誰だ!?」  「名乗るほどの者ではないわ。ちょっとした気紛れなの。間もなく戦争は終わり、あなたはミュンヘンに戻る。やがてベルリンで足の不自由な小男に出会う。その男の名前はPで始まる。あなたは彼と共に生き、彼と共に死ぬ。これからわたしが『はい』と言うと、あなたは今わたしと話したことを全て忘れる」  驚きながらも、素早く頭が働き、アドルフは思わず叫んだ。  「それじゃ意味ないじゃないか」  フクスルの目が禍々しく光った。  「はい」  「この広い世界で誰かがぼくを待ってる。ぼくには大きな使命がある。いつか、ぼくの言葉が、ぼくのアイデアが人類の歴史を変える。そんな気がするんだ」  夜空にきらめく(まが)つ赤い星の下、青年は誰にともなく呟いた。その名はパウル・ヨーゼフ・ゲッベルス。                                         Ende

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