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1年・秋(2)
うるさい店内に辟易しながらウーロン茶をのんでいると、横にバイト先の二つ歳上の金本 渚 が座る。
鼻につく甘い香水の匂いに眉間に皺が一瞬だけ寄った。
――なんで飯屋行くって分かっとんのにきっつい香水つけてくんねん。
相手がその寄ったしわに気付くことはなくにこっと笑いかけてきて、苦笑いで返す。
「暁音くんの隣とーった。ねぇ暁音くん彼女いるのぉ?」
「彼女…んー、彼氏ならいてますよ。今も家で待っとってくれとるんで。」
そう渚に伝えると一瞬驚いた様子を見せたあと、にこっと笑う。
つられて笑う暁音の腕にぎゅっと腕を絡めて「男なんてやめて私にしたらいいのに」と上目遣いで暁音をみてきた。
バイト先の人間な以上、振り払うこともできず優しく腕を外す。
ウーロン茶に手を伸ばして一口飲むと、渚の手が暁音のウーロン茶に触れる。
「一口もらってもいーい?」
「金本さんはお酒飲んどるやないですか。僕のんはウーロン茶やから物足らへんでしょ。」
いくら苦笑いで返そうと相手がそれに気付かない限りグイグイとくる。
言葉でしっかりと恋人がいると伝えてこの態度なら、もっとはっきり迷惑だと言うべきなのか考えあぐねていると肩にもたれかかってきた。
「ちょ、金本さん酔うてんすか?」
「んー、暁音くんかっこいいなぁって」
小首を傾げる仕草にどきっとすることもなく、暁音が座りなおす。
「かっこいいとか嬉しいすけど、僕のこと好きちゃうでしょ。
好きな男以外に言うてたら期待させるんちゃいます?」
「期待…、暁音くんは?期待してくれるの?」
「えぇ僕すか?彼氏いてるって言うたやないすか
酔うてんのやったら水とかいります?」
んーん、と首を振る仕草は悠と同じなのに、なにも感じることはなく店員を呼ぶ。
「すんません、水ひとつもろてええですか」
はーい!と元気よく返ってきてすぐに水が運ばれてきて、それをそのまま渚に渡す。
「もぉ、酔ってないって言ってるのにぃ。
優しくしたら期待しちゃうよ?」
はは、と乾いた笑いが出る。
興味の欠片もない相手から向けられる好意ほど鬱陶しいものはない。
歓迎会なんていうのは名前だけで、誰も暁音と渚のやり取りに気付くことはなく、何度もしつこくあからさまな好意、というよりは下心を向けられて少しずつ苛立つ。
「金本さん、何度も言うてるように僕恋人いてるんすよ。
期待するだけ時間の無駄やし、他当たってや。」
むぅ、と頬を膨らませるその姿を見ても可愛いとも可愛くないとも何も思わず、ただひたすらにしつこい、鬱陶しい。それだけしか浮かばない。
「すんません、僕帰りますー。
あとは大人の時間ってことで。
ほんならご馳走様っした、お疲れ様でーす。」
ノリが悪いだなんだと言われようと、これ以上渚のそばにいたくない。
色々言われると嫌な事しか言えなくなりそうで、それはそれでこれからのバイト生活に差し支える。
おつかれーと周りから口々に聞こえて、頭を下げてから個室のドアを閉めた。
――だっる。はよ帰ってハルとえっちしーよぉ。
終電ギリギリの電車に乗って家まで戻る途中、悠へLINEを打つ。
既読がつかないことに少し寂しさを覚えながら電車を降りて家へ早歩きで向かう。
早歩きだったはずが気付けば走り出していて、早く会いたい気持ちが募っていく。
家まで5分の距離が遠い。
***
もやもやと苛立つ気持ちと寂しい気持ちが重なって涙にかわる頃、暁音から<まだ起きとる?>とLINEが届いた。
時間は0時をまわった頃。
ガチャリと鍵が回る音がして暁音が静かに入ってくると、ぱたぱたと悠が駆け寄って抱きつく。
ただいまぁ、と抱き返してくる暁音から甘ったるい香水の匂いがしてむっとする。
抱きしめられても匂いが邪魔して素直に嬉しい気持ちになれない。
「なぁさっきの電話なに?どこ触られたん?
なんでこんな香水の匂いするん、も、嫌やぁ、なんでぇ…?」
泣きたいわけじゃないのに涙が溢れてきて面倒くさい女のように思ったことが全部口を衝く。
「ちょちょ、悠落ち着き?
飲み会んとき隣に女の子いてたから匂いついたんちゃうかな…
あー、もう泣かへんで、遅なったもんな。ごめんな?」
悠の涙を拭いながら少し慌てた様子で弁明する。
さすがに腕を組まれたことはこんな様子の悠には言えない。
暁音がした弁明の中にどこを触られたのか入ってなくて更に不安になって涙が溢れる。
「なんでどこ触られたか言わへんの…?言われへんとこ触られたん…?
なんで暁音のこと名字やなくて下の名前で呼んでんのん、それも嫌やったぁ…」
「触られたんは脇腹やって!名前呼びなんは俺もしらんけど…
なぁ泣かへんで、不安にさせてごめんなぁ」
「俺やって泣きたくて泣いてんちゃうもん…っ
こんな好きなん暁音がはじめてで自分でもよぉ分からん…っ」
ぐすぐすと子供のように泣きじゃくる悠を見てどうしようもなく愛しい気持ちになる。
悠の額から頬、唇と順に触れていってもう一度しっかりと抱きしめると、少し落ち着いた様子で強めに抱きしめ返された。
悠の頭を撫でながら抱きしめていると腕の中から悠が見上げる。
「なぁこの匂い嫌やぁ、暁音の匂いせえへん…
……これつけとる人かわええ…?」
「んー?ハルちゃんのがかわえぇで?不安なって泣いちゃうとこも
顔も声もなんもかんもハルちゃんがいっちゃんかわええ。
俺女に興味なくしてもぉたんかな、はよ帰って悠とえっちなことしたいなぁ
ってそればっか考えてんもん。なーぁ、今からしてもええ?」
「いやや、準備もしてへんし、さっき抜いてもぉたし。」
えー、と口をとがらせる暁音に笑いかけると暁音も同じように笑う。
何度もキスをしているうちにそういう雰囲気になって二人でベッドへ倒れこむ。
「なぁほんまに準備してへんの?」
「…しとるけど先シャワーしてきて。その匂いのまますんの嫌や。」
「やった、ほなはよ入ってこよぉ。んふふ、ハルちゃん愛してんで」
立ち上がってタオルを引っ掴むとシャワーへ向かう。
浴室から聞こえるシャワーの水音が心地よくて、悠の瞼が落ちかけて頭を振る。
それでも抗いきれずに睡魔に負けて瞼が落ちた。
顔の近くのシーツが少し沈む感覚で悠の瞳が開く。
上にはシーツに手をつく暁音がいて首にしがみついた。
「ん、暁音の匂いんなったぁ。ふふ、すきぃ」
ちゅぅ、と首筋を吸うと暁音がくすぐったそうに首をすくめる。
それでもやめずに位置を変えながら何度も首にキスをした。
「くすぐったいって、ハルちゃんから触れてくんの珍しなぁ」
「寂しかってんもん。なぁ、ちゅ…んん…」
して、という前に触れる唇と入ってくる舌に応えながら、ぐいと暁音を引き寄せる。
首に手をまわして暁音の手が下半身に伸びるのを止めた。
「暁音はなんもせんとって?疲れとるやろし俺にやらせて」
「んー?えらい積極的やん、ええけど」
暁音の服を脱がせて暁音自身をはじめて口に含む。
「ちょお待って!そんなんせんでええって!」
「気持ちよぉない…?」
上目遣いで見上げてくる悠の顔が少し赤くてそれにつられて赤くなる。
首を横に振って気持ちいいことはきちんと伝えると嬉しそうに微笑む。
「…っは、ちょ待ち、ハルあかん、口離して…っ」
「やぁや、こんまま出して?」
「咥えたまま喋んなて、なぁほんまにええの?ほんまに?」
ゆっくりとする瞬きで返事をして、奥まで咥えてそのまま暁音のを受け止める。
ケホ、と少しむせたあと「うがいしてくるー」とぺたぺたと洗面台へ歩いていった。
戻ってきた悠を抱きしめたあと暁音がため息をつく。
「なーぁー、気持ちよかってんけどさ、俺一回しか勃たへんってぇ…
一回出したったら終わりやのにイッてもたやん、もーハルちゃんの中いれたかったぁ…」
「お口ん中入ったやん?気持ちよさそにしとる暁音可愛かったで?」
「ついイッてもぉたけど俺がいれたいのん下のお口やん
ハルちゃんのきっついとこ」
ぺちっと暁音を叩いてベッドへ潜る。
隣に寝転がる暁音の頬にキスをして寝る準備をはじめると暁音が起き上がって、下へ下へと潜り込んでいく。
「ちょい兄さん、何してんのん…ちょ、や…っ」
悠の下着越しに口へ含むとじわりと染みがひろがる。
下着をずらして直接舐めて、悠が身を捩ろうとしても腰を掴まれて動くに動けない。
「ハルやって抜いとかんと授業中勃ってしもたらあかんやん?」
「俺もう抜いたってゆったや…んっ、
てかあかん、俺風呂入ったんだいぶ前やってぇ…っ
なぁ暁音聞いてぇ、んんぅ…、も、ほんっまに…あかんってぇ!」
がばっと起き上がって無理に暁音の口を離す。
不服そうな暁音の顔をさっきと同じように軽く叩いて、布団をかぶる。
「もー暁音には布団やらへん、そんまま寝て風邪でもひいたらええ!
俺のんは舐めへんでええの!そんなんしたことないやろ?
そんなん覚えたらあかんの!もう!ほんまに!はよ寝ぇよ!」
「怒らへんでよぉ、一緒に布団入ろやぁ
俺やってハルちゃんに気持ちよぉなってもらいたかったんやもん…
そんな嫌やったぁ?でもやらしい声でとったよなぁ」
「~~うるっさい!布団入ってええから黙って寝ぇや!
んむ、ん…」
悠にキスをして近所迷惑、と頭を撫でると静かになる。
同じ布団で抱き合っていると悠が呟く。
「暁音のん苦かったぁ。
でもアレ付き合うてる俺だけしか飲めへんのよなぁ、ふふ」
「俺もハルちゃんのやったら飲みたいけど?」
あかん、と呟いて目を閉じる。
あっという間に二人の寝息が混ざり合う。
どちらの家で寝ても結局シングルベッドで、せせこましく二人で寄り添って眠る他ない。
今のふたりにはそれが幸せで、ずっとそんな幸せが続くと互いに疑わずにいた――。
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