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1年・秋(1)

俺さぁ、と切り出した暁音に一抹の不安を覚える。 なんでもないように返事をする悠に暁音は平然と答えた。 「来週からガソスタでバイトはじめんねん!」 ふぅん、と興味なさげに返事はしたものの心中穏やかではない。 悠も親の仕送りで生活している身として尊敬はある。 ただ悠の親は『バイトするくらいなら勉強しなさい』というタイプで、アルバイトを頑として認めない。 勝手にしてしまえばいいとは思いながら、確かにそれで勉学が疎かになってしまっては意味がない。 そう思うとなかなかバイト探しはできずにいた。 「どんくらい働くん?」 「んー、どやろ。週3~5とか?」 きゅっと暁音の服をつまむと暁音が頭をくしゃっと一撫でする。 「なに…?」 「悠との時間は確保するし、心配せんでも大丈夫やで?」 「それもやけど違くて…!……女の子いてるんちゃん。  暁音かっこええし、優しいしモテるんちゃうの」 不平不満ならいくらでも出てくる。 男の悠に振り向いてくれたことが奇跡みたいなもので、女性と恋愛できる暁音はいつかそっちに気持ちが向いてしまうかもしれない。 疑っているわけでも信じていないわけでもないのに、付き合ってから不安がどうしてもいつもついて回る。 嫉妬深くて嫌な性格だと悠自身が一番理解をしているのに、嫌な言葉を浴びせてしまう。 暁音がもう一度くしゃくしゃと悠の髪を撫でるとポケットから何かを取り出す。 「はい、これ俺の部屋の合鍵。いつでも来てな?」 チリンと紫の鈴が小さく鳴って掌に転がる。 暁音を見上げるといつもと同じように優しく笑いかけられて、胸が痛くなる。 「ハルに隠すことなんもないし、GPSのアプリやって不安なるならいれよや。  バイト終わったらLINEやなくて電話もする。  シフトも毎月送るからなんも心配せぇへんで?」 「…なんで俺のためにそこまでするん?  わ…別れた方が…うぇ、なにすんの!」 話してる途中で悠の口を手で押さえる。 眉間に皺を寄せてあからさまに苛ついた表情を悠に向ける。 「別れたくないからここまでしとんのやけど?  嫌な気分なんの分かるし、悠の不安やって分かるからしとんのに  別れるとかアホなこと抜かすなや。さすがに今のんはイラっとした。」 「…ん、ごめん……  やけどさ、バイトする前に相談くらいあってもよかったんちゃう?  怒ってへんけどなんの相談もないのは寂しいで?」 お互いに謝り合ってその日は終わり。 暁音からの要望でGPSアプリは結局いれることになり、お互いの場所をきちんと把握することになった。 暁音がバイトを初めて1ヶ月、歓迎会を開くだとかで帰りが遅くなると悠の携帯に連絡が入る。 ――ほら、こういうことあんねんやん。嫌やなぁ。 暁音の部屋で待ちながらぎゅぅ、と膝を抱える。 暁音のにおいのするベッドへ移動して目をつぶっても眠れそうにない。 GPSなんていれてしまったせいで余計気になって眠れなくなる。 GPSは駅のそばの繁華街で点滅していて、まだ帰ってこないことを嫌でも理解させられて余計に苦しい。 半袖で寝るには少し肌寒くて、暁音のクローゼットから薄手のパーカーを拝借する。 部屋の中よりも濃く香る暁音の匂いにどうしようもなく身体が火照りはじめて、つい下半身に手を伸ばす。 暁音と帰ってきたらするかもしれないと準備までして待っていたのに、触られないことが切なくて自分で少し触る。 「…っ、ん…、はぁ…、んんっ」 セックスしているときの暁音の表情と声が頭をちらついて、一気に上り詰めていく。 「ぁ、やば…むり、イく…っ」 ティッシュに自分のものを吐き出すとぐしゃぐしゃと丸めてゴミ箱へ捨てた。 それから5分くらい経ったあと、軽快な音楽が鳴り響いて携帯を耳に当てる。 まだざわざわとする後ろの音に暁音の大きな声。 『二次会行くらしくてまだ帰れへんから先寝とって。  ごめんなぁ。寝とるやろし、帰るときLINEいれるわ』 「ん、分かった…、おやすみぃ。」 『ちゃんと寝ぇよ、おやす…『ねーぇ暁音くん誰と話してるのぉ?早く行こぉ!』 『ちょ、変なとこ触らんといてくださいよ』 それで通話が切れた。 「はぁ…?変なとこってなんやねん。  てかなに女に触られとんねん腹立つなぁ  暁音くんってなに、仕事やん名字で呼べや」 長い独り言をつぶやいて、ぼふ、とベッドへ突っ伏す。 バイトとはいえ仕事だから仕方ない、その気持ちと歓迎会の二次会なんて抜けてこればいいのに、その二つの気持ちがぐるぐると頭をまわる。 自分の知らない交友関係を築いていく暁音。 全部知りたいなんて無理なのはわかっている。 それでも自分の知らないところで楽しんでいて、何かをしている暁音を想像するだけでもやもやとする。 「こんなん寝れるわけないやん…」 LINEとGPSを繰り返し見ながら何度もため息が出た。

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