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第4話
「益子、足見せてみろ」
結局手を繋ぐことなく花火が始まる時間になるまで会場を歩いて回った。郡山はそうでもなかったようだが、益子はりんご飴が気に入ってしまって二本目を買った。それからマイナーな歌手のステージを見たり、金魚すくいをしたり。何だかんだで楽しい時間を過ごしていた。途中、下駄の鼻緒で指の間が擦り切れているのは分かっていたが、一緒にいる時間を無駄にしたくなかったのだ。それに、郡山は過剰に心配するから。上手く隠していたつもりだったが、どうにも郡山は目敏く気付いてしまう。
「……なんで?」
バレていることは分かっていても、つい癖で誤魔化そうとしてしまうのは、やはり郡山の過剰な心配のせいだと思う。
「足、痛いんだろ。隠そうとするな」
郡山に手首を掴まれて、休憩スペースになっているベンチがある広場へと連れていかれる。少し離れた場所には家族連れや年配の夫婦が休んでいる。ベンチに座らされて、郡山は益子の前に膝をついた。
「ちょ、何やってんだよっ! こっちに座れよっ」
焦った益子は辺りに視線を巡らせる。やはり、何事かとこちらを興味有り気に見る人々。だが、郡山は気にする様子もなく、徐に益子の足を取って下駄を脱がせた。
「……結構ひどいな……早く気付いてあげられなくてごめん」
痛いのは俺なのに、益子はそう思う。郡山は俯いて顔はよく見えないが、声が震えていて心配してくれているのが伝わってくる。
「別にお前のせいじゃねーし。お前が痛いわけでもないだろ……大袈裟だな」
「俺のせいだよ……俺が浴衣着ようって言ったから……ごめん」
靴擦れができる原因を作ってしまったと落ち込む郡山に少し笑ってしまう。浴衣を着ようと提案した郡山に、同意したのは他でもない益子で。それなのに自分が悪いと謝る郡山の人の良さがとても愛しい。
下駄を履いたのは自分だし、擦れていると分かっていて放置していたのも自分だ。郡山が気にする必要などないというのに。郡山は本当に、優しい。
「いいよ別に。お前のせいじゃないし」
「……益子、ちょっと待ってて」
郡山は益子の言葉にグッと感情を堪えたような表情をして立ち上がると、そう言って益子を置いてどこかへ走って行ってしまった。ポツンと一人残された益子は周囲からの視線にいたたまれない気持ちになる。しかし、郡山を追いかけるのも憚られ、溜め息を吐くとベンチの背凭れに寄り掛かった。痛いものは痛いが、そこまで郡山が気にすることではない。優しくて誠実で正義感の強い郡山には酷なことをしてしまったな、と思う反面、郡山が気にかけてくれることが嬉しい。このまま、この関係でいられれば、それが幸せなことなのではないかと思う。自分の気持ちに蓋をして、親友でいればずっと一緒にいられるかもしれない。そんな思いが強くなる。不安も嫉妬も隠し通すだけだ。今まで通り、この気持ちに蓋をして鍵をかけて笑っていればいいんだ。益子はそう思い、また溜め息を吐く。もっと上手く立ち回れたらいいのに。手にしていたりんご飴を見つめる。半分くらい齧って、郡山に買ってもらったから大事に食べたいと、また小さく齧る。
「益子っ、ごめん。お待たせ」
名前を呼ばれ、声がする方を見れば息を切らしながら郡山が走って戻ってくる。その手には、布、否。タオルのようなものと、何か。なんだろう、と郡山の手元を見続ける。
「一人にしてごめん。管理事務所から絆創膏もらってきた」
濡れたタオルと絆創膏を益子の目の前に出して見せると、呼吸を整えながら郡山はまた益子の前で膝をついた。
「ちょ、またそっちかよっ」
「当たり前だろ。こうしないとできない」
言いながら郡山は益子の足と指の間を丁寧に優しく拭いていく。痛みはあるが、それよりも羞恥がすごい。益子は慌てて体を屈めると郡山の肩に手を置いた。
「じ、自分でできるからっ」
「いいからジッとしてて」
郡山の肩を押しても微動だにしない。体格の差が大きいことを実感させられる。益子は仕方なく、周囲の視線を感じながらも郡山に任せることにした。郡山の優しさが怖くなる。素直に言葉にできるはずもない想い。図々しくも期待しそうになる自分が嫌になる。何度この想いを隠してしまおうと思っても、郡山の優しさについ蓋を開けてしまいそうになる。
「よし、できた」
郡山はそう言うと立ち上がり、ようやく益子の隣に腰を落ち着けた。そして益子を見つめる。
「益子……また、一緒に」
意を決したように話された郡山の言葉が、体の中にまで響くような大きな音でかき消された。
そして、夜空に特大の花が咲き、郡山と益子の顔が打ち上げられた花火に照らされた刹那、郡山の真摯な瞳が明るみになり益子は息を飲んだ。
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