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第5話
初弾の花火が散り、一瞬暗闇が広がる。益子は慌てて空を見上げた。脳裏に郡山の真摯な瞳が焼き付いて離れない。ドキドキと鼓動が高鳴る。何か話そうと思うが、言葉が浮かばない。そこへ二発目の花火が打ちあがり、そこから連続で空に花が咲き誇る。
「花火、きれいだな」
隣に座る郡山の声が微かに聞こえた。チラリ、と隣を盗み見れば、郡山は空を見上げていて安堵の息を吐く。そして花火に照らされる整った郡山の横顔から強引に視線を逸らし再び空を見上げた。
何度も打ち上げられ、花びらが散っていくようにパラパラ、キラキラと名残気に消えていく花火。確かにキレイだと思う。だが、益子は寂しく切ない気持ちになり、唇を噛んだ。
郡山へのこの想いも、いつか消える日がくるのだろうか。この、咲いて散る花火のように。そう思い、益子は自分の胸元をギュッと握る。
「……益子」
ドンッドンッチラチラパラパラ、と花火の音が鳴る中で、思いの外近くで今度はハッキリと郡山の声を聞いた。ビクリッと益子の肩が小さく跳ねる。急になんだよびっくりするだろ、と言おうとして振り向くと郡山の瞳が目の前にあり、益子の目が大きく開いた。
うるさいくらいに聞こえていた花火の音も、かき消されないように大きくした周囲の話し声も聞こえなくなり、何もない空間に二人だけになったような錯覚に陥る。
チュ、と軽く吸う音がして、益子の瞳に郡山が映った。何が起きたのか分からない。唯一理解できたのは、郡山の匂い。
「甘いな」
郡山の低く甘い腰に響くような声。ゾクリ、と背中に何かが走る。
「益子、舌見せて」
何も考えられないまま、益子は郡山に言われるまま小さく口を開け舌先を出した。無意識の行動だった。
「赤くなってる。りんご飴だな……おいしそう」
再び郡山の顔が近付いてくる。益子は花火も郡山の気持ちも、これから先のことも何もかも放棄してゆっくりと瞼を閉じた。
何度も何度も唇を重ねているうちに、益子の手はりんご飴を手放し、無意識に郡山の袖を掴んでいた。熱い。体も、触れ合った唇も、何もかもが熱い。夏だからじゃない。きっと、そうじゃない。これまでで一番ドキドキが大きくなって、心臓が胸を叩いている。郡山の腕が、益子の背に回る。距離がさらに近くなり、益子は縋るように郡山の背中にしがみついた。
隠そうと抑えていた気持ちが溢れ出し、思わず益子も自ら舌を絡め、郡山の爽やかな香りに包まれてその甘い口付けを味わう。
もう二度と味わえないかもしれない幸福感。例え、花火のように咲いてすぐに散る儚い想いだとしても、今だけはこの幸福を味わっていたい。きっとずっと、忘れないから。郡山の笑顔も、優しさも、この高鳴る鼓動も甘い熱も、脳裏に、心に焼き付いているから。いつか今日が思い出になる日が、懐かしく思う日がくるかもしれない。辛い恋だったと思うこともあるかもしれない。それでも、今この瞬間は、幸せだと思えるから。だから、もう少しだけ。せめて、この花火が終わるまではこうしていたい。
益子は郡山に求められることに喜び、応え、もっと求めてほしいと強請るように抱き着いた。そして郡山はその益子の意図を汲み取り、力強く腕に閉じ込めるように抱き締め、求めた。限られた時間。一度しかない瞬間。郡山と益子は花火が見守る中で、たった二人の世界で、暗闇が戻るまで抱き合って口付け合った。
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