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第6話

 別れは突然だった。卒業と同時に、郡山は親の急な転勤で海外へ引っ越すことになってしまった。 「益子……俺、嫌だよ……外国なんか行きたくない……もっと、お前と一緒にバカやって、今まで通りに過ごしたい……」  そう言った初めて見る郡山の泣きそうな表情に、胸が締め付けられる。もっと早く知っていればどうにかなったのだろうか。そう考えても、もう遅い。どのみち、親の庇護下にある子供には選択肢はない。それでも郡山は最後までここに残ると粘ったが、高校を卒業したといってもまだ未成年で。心配した両親は頑として郡山の意見を認めず、結局は為す術もなく引っ越してしまったのだった。  郡山に引っ越しを告げられた時、益子はどうすることもできない事実と、所詮は子供でしかない自分に唇を噛むしかなく。一緒に過ごす時間を持つこともできずに郡山は旅立ってしまった。 「……郡山……」  郡山が旅立ってしまった後も、現実が受け入れられず益子は部屋に閉じ籠り人知れず泣いた。こんなにも突然離れることになるのなら、この気持ちを伝えた方がよかったのか。そう自問自答しながらもう逢えないかもしれないという恐怖に眠れない日々が続いた。  離れてからは郡山から頻繁に手紙が送られてきた。郡山から手紙が届くたびに、涙が溢れた。どうして、こうなってしまったのか。ずっと一緒にいられると思っていたのに。そのために、気持ちに蓋をして親友でいようと決心したのに。  郡山からの手紙には外国の大学に行き始めたこと、新しい友達ができたこと等の近況が書かれていた。そして、最後にはいつも”お前に逢いたい”という文字。 「……それでもお前は、前に進んでいるんだな……」  郡山の手紙を読むたびに、自分だけがあの夏祭りの夜に取り残されているような気持ちになる。寂しい。逢いたい。また、涙が溢れる。郡山から送られてくる手紙が、唯一の繋がりで。返事も必ず書いた。これが途切れてしまえば、きっと郡山との関係は終わってしまう。離れれば、気持ちは薄れていくと思っていたのに。寧ろどんどん膨れ上がっていく。親友でいたいなどとは言えないほどに。  そうして手紙のやり取りをして、益子は郡山への想いを抱えたままだったが部屋に閉じ籠るのをやめた。前に進んでいる郡山にいつか会えた時、胸を張っていられるように。もう二度と会えないかもしれない。でも、希望を捨てることができなくて、いつか会えると信じて。大人になれば、きっと。そう、信じて。 ***  郡山と会えなくなって半年が過ぎた。益子は未だに郡山の事ばかりを考えていた。それでも今は引き籠ることもなく、人間らしい生活を送っている。  大学に行くかどうか迷ったが、悩みに悩んで、やめた。就活をして、高校時代の成績は優秀とはいえなかったが、運よく就職もできた。一流企業とまではいかないが、それなりに知名度のある会社だ。  大学に行けば、郡山を忘れられない気がした。新しい友達ができ、一緒に勉強して、遊んで、楽しい時間はあったのかもしれない。しかし益子は友達といると郡山との時間を思い出して、比べてしまいそうで怖かった。思い出を思い出として心に留めておくには、まだ時間が足りない。それならば、就職して社会勉強をしながら必死に働く方がいいと思った。  郡山からは月に二度ほど手紙が届く。それを楽しみにしながらも、自分が知らない新天地での郡山を知るのは辛かった。知らない友達が増え、きっとどんどん容姿も変わっていくのだろう。手紙には書かれていないが、恋人だってできたかもしれない。あれほどモテていた郡山だ。俺がいない分、気楽になっているかもしれない。きっと、色恋に全く縁がない俺に気を遣っていただろうから。  益子は手紙を読むたびにネガティブになっていった。それでも、この手紙は郡山と繋がっている唯一の糸だ。この糸が切れてしまったら、もう終わりだ。そんなことは耐えられない。益子はこの糸を守るために、必ず返事を書いた。辛くても、苦しくても、郡山に覚えていてほしいから。  しかし、それから年月を重ね一年、二年と時が経つにつれ、郡山からの手紙は徐々に減っていった。手紙のやり取りを初めて五年目になったころには無事大学を卒業し、就職して忙しくなると書かれていたから、充実した日々を過ごしているのだろう。  こちらから手紙を出せばよかったのかもしれない。だが、益子にそんな勇気はなかった。しつこい奴だと思われたくなかった。もう、お前との関係は終わったんだと言われるのが怖かった。忙しくなると言われた頃から手紙は年に一度も届かなくなった。ふと思い出したかのように数年に一度送られてきた。しかし益子は、いつからか手紙を読むことをやめてしまった。当然返事も出していない。それでも思い出したかのように送られてくる手紙を受け取ると、涙がでるほど嬉しかった。そしてその手紙は封が切られることなく机の一番下の引き出しにそっと大切に仕舞われるのだ。もう引き出しは一杯になってしまったが、きっとこれでしばらくは届かないだろうからと、手紙を愛おし気に撫でて静かに引き出しを閉めた。  

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