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第10話
「……ま、しこ……?」
郡山は優しく頬に触れる手に驚いた表情で再び益子に視線を向けた。郡山の黒い瞳に自分が映り、益子は泣きながら微笑んだ。
「もう……いなくなるな……っ、俺を、一人にする、な……っ」
言い終わらないうちに郡山に抱き着いた。空白の時間が長すぎた。諦めて、期待して、また諦めた。何度もそれを繰り返した。でも、諦める必要はないんだって。郡山が、そう言ってるから。夢なら覚めないでほしい。ずっと眠ったままでもいいから。これからずっと、一緒にいたいから。
「益子……っ、本当に? 傍に、いていいのか……?」
信じられないといったような声でまた益子を抱き締める。昔と変わらず、否、昔より細くなった体ですっぽりと腕の中に収まる益子。今度こそ傍にいて大切にしたい。もう、何もできない子供じゃない。
「傍に、いろよ……っ、もう、離すなっ」
「益子……一緒にいよう。ずっと。もう二度と離れない」
益子と郡山は二人して泣きながら、抱き合った。何度も何度も確かめ合うように。もう二度と離れない、離さない、と何度も口にして、抱き合って、そして互いを大切に労わるように守るように、その日は一緒に眠った。
***
朝、目が覚めると郡山の腕の中にいた。益子は夢じゃなかったんだと安心して、また泣いた。昨日の事を何度も思い返し、恥ずかしいとも思うけれど困惑もあるけれど、嬉しい気持ちが一番大きかった。
「……益子、おはよう。泣いてるの?」
郡山を起こしてしまった、と思いながらも、その声も、見つめてくる瞳も、優しい声も、全部が嬉しい。
「お前の顔みたら、夢じゃないんだって思って……」
「益子……可愛い。本当に、変わらない。昔から、ずっと可愛い」
ぎゅうっと抱き締められる。昔から、可愛いと思ってたなんて知らなかった。そんなこと、一度だって言われたことなかったはず。いい歳して、可愛いだなんてと思わなくもないが、郡山に言われるとただただ嬉しい。
「俺はもう、オジサンなのに」
「それは俺も同じだろ? それに、そんなことは問題じゃない。益子は今も昔も、ずっと可愛い」
優しく愛おし気に見つめられ、顔に熱が集まってくる。きっと、赤くなっているに違いない。恥ずかしい。
「照れてるの? でも、慣れてよ。俺はもうお前を離すつもりはないし、離れるつもりもないからさ」
「うるさい……絶対、絶対……離れない……?」
不安を湛えた瞳で見つめてくる益子に、郡山の心は痛む。本当に、ずっと傷つけていた現実に情けなくなる。しかし、もう益子を守れる男になった。自信もついた。これからは、益子だけを大切にしていく。
「離れないし離さない。益子を大切にする」
「っ、そ、れは……俺に、いう言葉じゃ、ないと思うけど……」
益子は郡山を好きだが、郡山から好きだと言われたことはない。どんなに記憶を遡っても。
「なんで? 俺は益子にしか言わない。益子だけが大切だし益子だけ大事にしたい」
「う、れしいけど……俺は、お前の家庭を壊す気は、ない……」
自分で言って辛くなる。どうしたって、郡山の一番にはなれないのだ。それでもこうして会えたことで満足しなければと自分に言い聞かせる。
「……? 家庭? 俺、結婚してないよ」
「……え?」
郡山の言葉に純粋に驚いた。だって、郡山は昔から優しくて気が利いて、誠実で。女性が放っておくわけがないのに。
「ん? 結婚、してないよ。お前の事しか考えてなかったし」
「い、いや……でもそれは……え? 本当に?」
困惑する益子が可愛くて、郡山は噴き出して笑う。気持ちが伝わっていなかったことには驚いたけれど。それはこれから知ってもらえばいいだろう。
「本当に。俺は昔も今も、そしてこれからも、お前の事しか考えてないよ」
笑いながらそう言う郡山に胸が熱くなる。好きでいてもいいのかと、諦めなくていいのだと改めてそう思えてまた涙が出た。
「益子はいつからこんなに泣き虫になったんだ? 泣いてる益子も可愛いけど、笑ってほしいな」
益子を抱き寄せて益子を感じる。可愛い俺の益子。これからはずっと一緒だ。郡山は微笑んで益子を抱き締める。
「俺を、泣かすのも、笑わせるのも、怒らせるのも昔から、お前だけだろ……っ」
「っ! うん。そうだな。お前を幸せにできるのも、俺だけだ。だから、これから先は幸せしか待ってないよ」
プロポーズかよ、と思ったけど口にはしなかった。口にすると勿体ないような気がしたから。冗談か本音か分からない。でも、幸せしか待っていないのは本当なんだろうと思う。だって、郡山が戻ってきてくれただけで、こんなにも幸せなのだから。
終わり
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